〔古典に親しむ〕
 伊勢物語
作者不詳  
 
 

 
 
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◆「伊勢物語」について
 
 平安前期に成った歌物語の最初の作品。125の短い章段からなる。作者は不明で、数十年の歳月をへて複数の作者によって成立したと考えられる。
 
 多くの章段が「昔、男ありけり」と書き出され、この「男」とは多くは六歌仙の一人・在原業平がモデルとされ、業平の実事と虚構が入り交じっている。このため、平安時代には「在五(ざいご)が物語」「在五中将の日記」ともよばれたらしい。
 
 作品は主人公の元服の段に始まり、その死で終えるという一代記風にまとめられている。
 
 
◆在原業平(825〜880年)
 
 阿保(あぼ)親王の5男で、行平の弟、妻は紀有常(きのありつね)の娘。「古今集」の代表的歌人で、六歌仙の一人。官位には恵まれなかったが、右馬頭、蔵人頭などを歴任。容姿端麗な風流人だったとされる。
 
 


竹取物語 伊勢物語
(新日本古典文学大系)

 
 

伊勢物語絵巻絵本大成
 
 

伊勢物語―付現代語訳
(角川ソフィア文庫 (SP5))

 
 
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伊勢物語 (ビジュアル版 日本の古典に親しむ)
 
 

竹取物語・伊勢物語 (21世紀によむ日本の古典 3)
 
 

伊勢物語 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)
 
 

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11
15
19

 
 
しのぶみだれ
ながめくらしつ
むぐらの宿に
月やあらぬ
わが通ひ路の
白玉か
から衣
忘るなよ
しのぶ山
あまぐもの
23
24
32
37
41
60
69
71
75
82
筒井つの
あらたまの
しづのをだまき
下紐とくな
紫の
五月まつ
君や来し
ちはやぶる
大淀の
春の心は
83
84
85
90
94
95
99
105
123
125
草ひき結ぶ
さらぬ別れの
雪のつもるぞ
桜花
秋の夜は
彦星に
見ずもあらず
白露は
年を経て
つひにゆく
一 しのぶみだれ
 
 昔、男初冠(うひかうぶり)して、平城(なら)の京春日の里に、しるよしして、狩にいにけり。その里に、いとなまめいたる女はらから住みにけり。この男かいまみてけり。おもほえずふるさとにいとはしたなくてありければ、心地まどひにけり。男の着たりける狩衣(かりぎぬ)の裾(すそ)を切りて、歌を書きてやる。その男、しのぶ摺(ずり)の狩衣をなむ着たりける。
 
  
春日野の若紫のすり衣(ごろも)しのぶのみだれかぎり知られず
 
となむおひつきていひやりける。ついでおもしろきことともや思ひけむ。

  
 
【現代語訳】
 昔、ある男が元服して、奈良の都の春日の里に領地がある関係で、狩りに出かけた。その里に、たいそう優美な姉妹が住んでいた。男は、この女性たちを物のすき間から覗き見した。思いがけずも、荒れ果てた旧都に似つかわしくない美しいようすだったので、男の心は乱れた。男は、着ていた狩装束の裾を切って、それに歌を書いて贈った。男は、しのぶずりの狩衣を着ていた。
 <春日野の若紫草で染めたすり衣の模様のように、私の忍ぶ恋心の乱れは、限りも知れないほどです。>
と、すぐに詠んで贈った。その場にかなった趣深いことと思ったからであろうか。

 
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二 ながめくらしつ
 
 昔、男有りけり。ならの京は離れ、この京は人の家まださだまらざりける時に、西の京に女ありけり。その女、世人(よひと)にはまされりけり。その人、かたちよりは心なむまさりたりける。ひとりのみもあらざりけらし。それを、かのまめ男うち物語らひて、帰り来て、いかが思ひけむ。時はやよひのついたち、雨そほふるにやりける、
 
  
起きもせず寝もせで夜をあかしては春のものとてながめくらしつ
 
 
【現代語訳】
 昔、一人の男がいた。都はすでに奈良の地から離れ、この今の都は人家がまだ定着していなかったころ、西の京にある女が住んでいた。その女は世間並みの人よりは美しく。さらにその容貌よりも心がすぐれていた。そして、一人身というわけではなかったらしい。それなのに、かの生真面目な男は、長い間いろいろと話し込んで帰ってきて、どういうつもりだったのだろうか。時は三月一日、雨がしとしと降っている折に贈ったのは次の歌だった。
 <昨夜は、起きるでもなく寝るでもなく、何となく夜を明かして、その挙句、春につきもののそぼ降る雨をぼんやり眺めて、物思いにふけっています。>

 
 
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三 むぐらの宿に
 
 昔、男ありけり。懸想(けさう)じける女のもとに、ひじき藻といふ物をやるとて、
 
  
思ひあらば葎(むぐら)の宿に寝もしなむひじきものには袖をしつつも
 
 
【現代語訳】
 昔、ある男がいた。恋をした女のもとに、ひじき藻というものを贈るというので、このような歌をつけて贈った。
 <もしあなたに私を思う気持ちがあるのなら、むぐらの生い茂るあばら家ででもいっしょに寝ましょう。たとえちゃんとした引敷物(ひきしきもの)がなくても、袖を敷きながらでも。>
(注)ひじきもの ・・・海藻の「ひじきも」と夜具の「引敷物」の掛詞。

 
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四 月やあらぬ
 
 昔、東の五条に大后(おほきさい)の宮おはしましける西の対(たい)に住む人ありけり。それを本意(ほい)にはあらで、心ざしふかかりける人、行きとぶらひけるを、む月の十日ばかりのほどに、ほかにかくれにけり。ありどころは聞けど、人の行き通ふべき所にもあらざりければ、なほ憂(う)しと思ひつつなむありける。
 
 又の年のむ月に、梅の花ざかりに、去年
(こぞ)を恋ひて、行きて、立ちて見、ゐて見、見れど、去年に似るべくもあらず。うち泣きて、あばらなる板敷に月のかたぶくまでふせりて、去年を思ひいでてよめる、
 
  
月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして
 
とよみて、夜のほのぼのとあくるに、泣く泣く帰りにけり。

 
 
【現代語訳】
 昔、東の京の五条通りに面したお邸に皇太后の宮がいらっしゃり、そのお邸の西の対の屋に住む女がいた。その女との関係が望ましくないとは分かっていながら、どうしても愛する心が深かった男が尋ねて行ってはいたが、正月十日ころに、女は他の場所に姿を隠してしまった。居場所は聞いたものの、そこは普通の身分の人が行き来できる場所ではなかったので、いっそう辛く思い続けていた。
 翌年の正月、梅の花が盛りのころ、男は去年を恋しく思い、同じ場所に行って、立ったりかがんだりして見るけれども、去年とは似ても似つかないありさまだった。男は泣いて、すだれも障子もないがらんとした板敷の部屋に夜中過ぎまで横たわり、去年のことを思い出して詠んだ歌、
 <この月はちがう月なのか。この春は過ぎた年の春ではないのか。私の身だけはもとのままなのに、私以外のものはみんな変わってしまったのか。>
と詠んで、夜がほのぼの明けるころ、涙しながら帰っていった。

 
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五 わが通ひ路(ぢ)の
 
 昔、男ありけり。東の五条わたりにいと忍びていきけり。みそかなる所なれば、門(かど)よりもえ入(い)らで、童(わらは)べの踏みあけたる築地(ついひぢ)のくづれより通ひけり。人しげくもあらねど、度かさなりければ、あるじ聞きつけて、その通ひ路に、夜ごとに人をすゑてまもらせければ、行けどもえ逢はで帰りけり。さてよめる、
 
  
人知れぬわが通ひ路の関守はよひよひごとにうちも寝ななむ
 
とよめりければ、いといたう心やみけり。あるじゆるしてけり。
 
 二条の后
(きさき)にしのびてまゐりけるを、世の聞えありければ、兄人(せうと)たちのまもらせ給ひけるとぞ。
 
 
【現代語訳】
 昔、ある男がいた。東の京の五条通りあたりに住む女に、たいそう人目を忍んで逢いに行っていた。人に見つからないように、門からは入れず、子どもたちが踏みあけて通路にしていた土塀のくずれた所を出入りしていた。ここは人が始終いるわけではなかったが、男が通ってくるのが度重なったので、邸の主人が聞きつけて、その通り道に毎晩見張り番をおいた、そのため、男は訪ねていっても女に逢うことができずに帰ってしまった。そして詠んだ歌、
 <人に知られないように通う私の通り道で見張りをしている番人よ、毎晩毎晩よく寝てほしいなあ。>
と詠んだので、女はたいそう心を痛め悲しんだ。それで邸の主人は、男が通ってくるのを許した。
 このお話は、二条の后高子に人目を忍んで訪ねていったのを、世間の評判を気にして、后の兄たちが防衛おさせになったということだ。

 
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六 白玉か
 
 昔、男ありけり。女のえ得(う)まじかりけるを、年を経てよばひわたりけるを、からうじて盗み出でて、いと暗きに来(き)けり。芥川(あくたがは)といふ河を率(ゐ)ていきければ、草の上に置きたりける露(つゆ)を、「かれは何ぞ」となむ男に問ひける。
 
 ゆくさき多く、夜もふけにければ、鬼ある所とも知らで、神さへいといみじう鳴り、雨もいたう降りければ、あばらなる蔵に、女をば奥におし入れて、男、弓・胡
(やな)ぐひを負ひて戸口に居(を)り。はや夜も明けなむと思ひつつゐたりけるに、鬼はや一口に食ひてけり。「あなや」といひけれど、神鳴るさわぎに、え聞かざりけり。やうやう夜も明けゆくに、見ればゐて来(こ)し女もなし。足ずりをして泣けどもかひなし。
 
  
白玉かなにぞと人の問ひし時露と答へて消えなましものを
 
 
【現代語訳】
 昔、ある男がいた。とても自分の愛人にはできそうもなかった女を、何年も求婚し続け、やっとのことで盗み出して、ずいぶん暗い時分に逃げてやってきた。芥川という河辺を連れていったとき、女は草の葉の上にあった露を見て、「あれは何ですか」と男に尋ねた。
 行く先は遠く、夜も更けてきたので、男はそこが鬼の棲む所とも知らずに、雷までひどく鳴り雨も強く降ってきたため、荒れ果てた蔵の奥に女を押し入れて、男は弓や、矢の入れ物を背負って蔵の戸口にいた。早く夜が明けないかと思いつつ腰を下ろしていたところが、鬼は女をたちまちに一口で食べてしまった。「あれーっ」と女は叫んだが、雷の音がはげしくて、男は女の悲鳴が聞こえなかった。だんだん夜が明けてきて、見ると連れてきた女もいない。地団太踏んで悔し泣きしたが、何の役にも立たない。
 <真珠かしら何かしらとあの人が尋ねたとき、あれは露だよと答えて、私は消えてしまえばよかった。ならば、こんなに嘆かなくてもすんだのに。>

  
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九 から衣(ころも)
 
 昔、男ありけり。その男身をえうなきものに思ひなして、「京にはあらじ、あづまの方(かた)に住むべき国求めに」とて行きけり。もとより友とする人ひとりふたりしていきけり。道知れる人もなくてまどひいきけり。三河の国八橋といふ所にいたりぬ。そこを八橋といひけるは、水ゆく河の蜘蛛手(くもで)なれば、橋を八つわたせるによりてなむ八橋といひける。その沢のほとりの木の陰におりゐて、乾飯(かれいひ)食ひけり。その沢にかきつばたいとおもしろく咲きたり。それを見て、ある人のいはく、「かきつばたといふ五(いつ)文字を句の上(かみ)にすゑて、旅の心をよめ」といひければ、よめる、
 
  
から衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ
 
と詠めりければ、みな人、乾飯の上に涙おとしてほとびにけり。

 
 
【現代語訳】
 昔、ある男がいた。その男は、自分をつまらない人間だと思い込んで、「京都には住むまい、東国の方に住める所をさがしに行こう」と思って出立した。以前から友人としてつきあっていた人一人二人と連れ立って行った。道を知っている人もいなくて、迷いながら行った。三河の国の八橋という所に行きついた。その場所を八橋といったのは、水が流れる川筋が蜘蛛の手足のように八方に分かれていて、橋を八つ渡してあるので、そのために八橋といったのだった。その川のほとりの木陰に馬から下りて腰を下ろし、持ってきた弁当の乾飯を食べた。その沢にかきつばたの花がたいそう美しく咲いている。それを見て一行のなかのある人が言うには、「『かきつばた』の五文字を、それぞれ句の頭において、旅の風情を歌に詠みなさい」と言ったので、詠んだ歌、
 <唐衣を着続けていると柔らかくなって身になじむようになった。それと同じに、いつも身近にいて親しく思う妻が都に住んでいるので、その都をあとにはるばるやって来た旅路をしみじみと思う。>
と詠んだので、一行はみな胸がいっぱいになって、乾飯の上に涙を落とし、乾飯がふやけてしまった。

 
↑ 上へ
十一 忘るなよ
 
 昔、男あづまへ行きたるに、友だちどもにみちより言ひおこせける、
 
  
忘るなよほどは雲ゐになりぬとも空ゆく月のめぐり逢ふまで
 
 
【現代語訳】
 昔、ある男が東国に行った折に、旅の途中から友人たちに詠んで贈った歌、
 <お互い遠くに離れてしまったが、空を行く月が見えなくなっても、まためぐって来て元の姿を見せるように、再会のときまで私を決して忘れないでくれよ。>

 
↑ 上へ
十五 しのぶ山
 
 昔、みちの国にて、なでふことなき人の妻(め)に通ひけるに、あやしうさやうにてあるべき女ともあらず見えければ、
 
  
しのぶ山忍びて通ふ道もがな人の心のおくも見るべく
 
 女、かぎりなくめでたしと思へど、さるさがなきえびす心を見ては、いかがはせむは。

 
 
【現代語訳】
 昔、奥州の地で、男が、ごく平凡な人の妻のところへ通っていたが、不思議と、そのような辺鄙な地で平凡な人の妻として暮らしているような女ではないように見えたので、次の歌を贈ってみた。
 <近くにある信夫山(しのぶやま)の名ではないが、人目につかずこっそり中に忍び込む道があるといいのに。そのような暮らしがふさわしくなく見えるあなたの本心をものぞき見ることができるように。>
 女は、自分を高く評価してくれる男の気持ちを知り、このうえなくうれしく思ったけれども、人妻でありながら他の男を通わせ、その男が関心を示してくれるのを喜ぶような、無分別で粗野な心を見てしまっては、男もどうにもしようがないことだろうと思った。

 
↑ 上へ
十九 あまぐもの
 
 昔、男、宮仕へしける女の方(かた)に御達(ごたち)なりける人をあひ知りたりける、ほどもなくかれにけり。同じところなれば、女の目には見ゆるものから、男はあるものかとも思ひたらず。女、
 
  
天雲のよそにも人のなりゆくかさすがに目には見ゆるものから
とよめりければ、男返し、
 
  
天雲のよそにのみしてふることはわがゐる山の風はやみなり
とよめりけるは、又男ある人となむいひける。

 
 
【現代語訳】
 昔、ある男が出仕していた所に女房として仕えていた人と、親しくなり情を交わしていたが、ほどなく別れてしまった。しかし、同じ出仕先なので、女の目にはいつも男の姿が見えるものの、男のほうはその女がまったく眼中にないかのようだった。女が、
 <まるで空の雲のように、あの人は遠くて関係ないものになってしまうのかしら。そうは言っても、やはり私の目には姿が見えますのに。>
と詠んだところ、男は返し、
 <私が空の雲のように遠く離れてばかりいるのは、あなたがいる山の風が早く吹いて、私を寄せつけてくれないからです。>
と詠んだが、それというのも、他に関係のある男がいる人だと、噂されていたからだった。

 
↑ 上へ
二十三 筒井つの
 
(一)
 昔、田舎
(いなか)わたらひしける人の子ども、井のもとにいでて遊びけるを、大人になりにければ、男も女も恥じ交はしてありけれど、男はこの女をこそ得むと思ふ。女はこの男をと思ひつつ、親のあはすれども、聞かでなむありけり。さて、この隣の男よりかくなむ、
 
  
筒井つの井筒にかけしまろがたけ過ぎにけらしな妹見ざる間に
 
女、返し、 
  
くらべこし振り分け髪も肩過ぎぬ君ならずしてたれか上ぐべき
 
など言ひ言ひて、つひに本意
(ほい)のごとくあひにけり。
 
 
【現代語訳】
 昔、田舎まわりの行商をしていた人の子どもたち二人は、井戸のそばに出て遊んでいたが、大人になって、男も女もお互いに恥ずかしがって遊ばなくなっていた、けれども、男はこの女こそを自分の妻にしたいと思っていた。女もこの男を夫にしたいと思い続け、親が他の男と結婚させようとするものの、言うことを聞かずに過ごしていた。そんななか、その女の隣りに住むその男から、このように歌を詠んで贈ってきた。
 <幼いころは、井戸の上に組んである井戸枠の高さに及ばなかった私の背丈も、ずっと高くなってしまいましたよ、あなたに逢わないでいるうちに。>
女は、こう返事を贈った。
 <あなたと比べっこをしていた私のおかっぱの髪も、今では肩を過ぎてずっと長くなってしまいました。でも、あなたでなくて誰がこの私の髪を上げて成人のしるしとできましょうか。>
などと幾度も詠み合って、とうとうかねての望みどおり、結婚した。

 

 
(二)
 さて年ごろ経
(ふ)るほどに、女、親なくたよりなくなるままに、もろともにいふかひなくてあらむやはとて、河内の国高安の郡(こほり)にいきかよふ所出できにけり。さりけれど、このもとの女、悪(あ)しと思へるけしきもなくて出(いだ)しやりければ、男異心ありてかかるにやあらむと思ひうたがひて、前栽(せんざい)の中にかくれゐて、河内へいぬる顔にて見れば、この女いとよう仮粧(けさう)じてうちながめて、
 
  
風吹けば沖つ白浪たつた山 夜半(よは)にや君がひとりこゆらむ
 
とよみけるをききて、限りなくかなしと思ひて河内へもいかずなりにけり。

 
 
【現代語訳】
 そうして何年か経つ間に、女は親を亡くし、暮らしの拠り所がなく貧しくなるにつれて、男は、この女といっしょにいてみすぼらしい生活を送るわけにはいかないと、河内の国の高安の郡に新しく通う妻の家ができた。けれども、この元の女は、それに嫉妬するようすもなく男を新しい女の所へ送り出してやるので、男は、妻が別の男に思いを寄せていてこんなに機嫌よく自分を送り出すのではと疑い、庭先の植え込みの中に身を隠して、河内へ行ったかのようにとりつくろって見ていると、この女はたいそうていねいにお化粧をして、遠くをぼんやり見つめながら、
 <風が吹くと沖の白波が立つように、何となく不安で心細い竜田山。その山を夜中にあの人は一人で越えていらっしゃるのでしょう。とても心配です。>
と詠んだのを聞いて、男はこの女をたまらなく愛しく思い、それからは河内の女のもとへは行かなくなった。
 
↑ 上へ
二十四 あらたまの
 
 昔、男片田舎にすみけり。男宮づかへしにとて、別れ惜しみてゆきけるままに、三年(みとせ)(こ)ざりければ、待ちわびたりけるに、いとねむごろにいひける人に今宵(こよひ)あはむとちぎりたりけるに、この男来たりけり。「この戸あけたまへ」とたたきけれど、あけで歌をなむよみて出(いだ)したりける。
 
  
あらたまの年の三年を待ちわびてただ今宵こそ新枕(にひまくら)すれ
といひだしたりければ、
 
  
梓弓(あずさゆみ)ま弓(まゆみ)槻弓(つきゆみ)
                 年をへてわがせしがごとうるはしみせよ

といひて去
(い)なむとしければ、女、
 
  
梓弓引けど引かねど昔より心は君によりにしものを
 
といひけれど、男かへりにけり。女いとかなしくて、しりにたちておひゆけど、えおひつかで清水
(しみず)のある所に伏しにけり。そこなりける岩におよびの血して書きつけける、
 
  
あひ思はで離(か)れぬる人をとどめかねわが身は今ぞ消えはてぬめる
と書きて、そこにいたづらになりにけり。

 
 
【現代語訳】
 昔、ある男が、都から離れた片田舎に住んでいた。その男が宮廷に出仕するといって女に別れを惜しみつつ行ってしまったまま、三年間もやって来なかった、女は待ちあぐねて辛い思いをしていたので、たいそう熱心に求婚してきていた別の男と、「今夜結婚しよう」と約束した、そこへ、先に夫だった男がちょうどやって来た。「この戸を開けなさい」と言って叩いたが、女は戸を開けずに歌を詠んで外の男に差し出した。
 <三年もの間ずっとお待ちしましたが、待ちくたびれてしまい、よりによってまさに今夜、私は新しい人と結婚するのです。>
と詠んで差し出したところ、
 <いろいろなことがあった年月だったけれど、ずっと私があなたにしていたように、新しい夫を愛し仲良くしなさい。>
と男は言って、立ち去ろうとした。女は、
 <私の気持ちをあなたが引こうが引くまいが、私の心は昔からあなたにぴったり寄り添って離れないものでしたのに。>
と言ったが、男は帰ってしまった。女はたいそう悲しみ、男を追いかけたが追いつけず、美しい湧き水が出ている場所に、うつぶせに倒れてしまった。そこにあった岩に指から出た血で書きつけた歌は、
 <私はあなたを熱愛しているのに、同じように思ってはくれないで離れていくあなたをどうしても引きとめることができず、私は今にも消え果ててしまうようです。>
と書いて、そこでむなしく死んでしまった。

 
↑ 上へ
三十二 しづのをだまき
 
 昔、物いひける女に、年ごろありて、
 
  
いにしへのしづのをだまき繰りかへし昔を今になすよしもがな
 
といへりけれど、何とも思はずやありけむ。

 
 
【現代語訳】
 昔、親しく語らい関係をもったことのあった女に、何年か過ぎて男が、
 <昔の織物の麻糸をつむいで巻き取った糸玉から糸を繰り出すように、もう一度あのころに時をまきもどし、楽しかった過去の日々を今にする方法があればよいのに。>
と言ったけれども、女は何とも思わなかったのか、何の返事もしなかった。

 
↑ 上へ
三十七 下紐(したひも)とくな
 
 昔、男いろ好みなりける女に逢へりけり。うしろめたくや思ひけむ、
 
  
我ならで下紐とくな朝顔の夕かげまたぬ花にはありとも
 
返し、
  
二人して結びし紐をひとりしてあひ見るまでは解かじとぞ思ふ
 
 
【現代語訳】
 昔、ある男が、色好みな女に逢って情を交わした。男は、この多情な女が自分のいない間に浮気をするのではないかと不安に思ったのか、このような歌を贈った。
 <私以外の男に下裳の紐など解いてはいけない。たとえあなたが、朝顔のように夕陽を待たずに移ろってしまう浮気な美しい女であっても。>
女は返し、
 <あなたと二人で互いに結んだ下紐ですもの。あなたにお逢いするまで決して一人ではほどくまいと思っています。>

 
↑ 上へ
四十一 紫の
 
 昔、女はらから二人ありけり。一人はいやしき男の貧しき、一人はあてなる男もたりけり。いやしき男もたる、しはすのつごもりにうへのきぬを洗ひて手づから張りけり。心ざしはいたしけれど、さるいやしきわざもならはざりければ、うへのきぬの肩を張り破(や)りてけり。せむ方もなくてただ泣きに泣きけり。これをかのあてなる男ききて、いと心ぐるしかりければ、いときよらなる緑衫(ろうさう)のうへのきぬを見出でてやるとて、
 
  
紫の色こき時はめもはるに野なる草木ぞわかれざりける
 
武蔵野の心なるべし。

 
 
【現代語訳】
 昔、ある二人の姉妹がいた。一人は身分が低く貧乏な男を夫とし、もう一人は身分の高い男を夫としていた。身分の低い夫をもった女は、十二月の末に、夫が着る正装の上衣を洗って、自らの手で糊(のり)張りをした。注意深くしていたが、そのような雇い女がするような仕事になれていなかったので、上衣の肩の部分を張るときに破いてしまった。女はどうしようもなくてただ泣いていた。このことをあの高貴な男が聞き、たいそう切なく思い、とてもきれいな、六位の人が着る緑色の上衣を探し出して贈るとして、次の歌を詠んだ。
 <紫草の根の色が濃くて美しいときは、春の野を見渡すかぎり萌え出た草木がすべて緑一色に見えて区別がつかず、みんな紫草のように思われます。それと同じで、妻がいとしいと、その縁につながる人もすべて区別がつかないのですよ。>
これは、あの「紫の一本(ひともと)ゆゑに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る(一本の紫草を愛するがゆえに、武蔵野の草はみんな愛しい)」の歌の心と同じであろう。

 
↑ 上へ
六十 五月まつ
 
 昔、男ありけり。宮仕えいそがしく心もまめならざりけるほどの家刀自(いへとうじ)、まめに思はむといふ人につきて人の国へいにけり。この男宇佐の使にていきけるに、ある国の祇承(しぞう)の官人の妻(め)にてなむあるとききて、「女あるじにかはらけとらせよ。さらずは飲まじ」といひければ、かはらけとりて出(いだ)したりけるに、さかななりける橘(たちばな)をとりて、
 
  
五月(さつき)まつ花たちばなの香をかげば昔の人の袖(そで)の香ぞする
 
といひけるにぞ思ひ出でて、尼になりて山に入りてぞありける。

 
 
【現代語訳】
 昔、ある男がいた。宮廷の勤めが忙しくて、また誠実に妻に愛情をかけることをしないでいた。そのころに妻だった女が、「自分は誠意をもって、あなたを愛する」という人の言葉に従って、地方に行ってしまった。はじめに夫だった男が、宇佐神宮へ派遣される勅使になって赴いたとき、途中のある国の勅使接待の役人の妻に、もとの自分の妻がなっていると聞き、「ここの接待役人の妻である女主人に、私にすすめる素焼きの杯を出させなさい。さもなくば酒は飲みません」と言った。勅使の命にはさからえず、女主人が杯を持って差し出したところ、男は酒のさかなとして出されていた柑子蜜柑(こうじみかん)を取り上げて、
 <五月を待って咲き出す橘の花の香りをかぐと、昔の愛しかった人の袖の香りがまざまざと薫ってくるようだ。>
と言ったので、このかつての夫のもとを去ったころを思い出して、女はやりきれない気持ちになり、尼になって山に籠って暮らしたのだった。

 
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六十九 君や来し
 
 昔、男ありけり。その男伊勢の国に狩(かり)の使(つかひ)にいきけるに、かの伊勢の斎宮(さいぐう)なりける人の親、「つねの使よりは、この人よくいたはれ」といひやれりければ、親のことなりければ、いとねむごろにいたはりけり。朝(あした)には狩にいだしたててやり、夕さりは帰りつつそこに来させけり。かくてねむごろにいたつきけり。
 二日といふ夜、男われて「あはむ」といふ。女もはた、いとあはじとも思へらず。されど人目しげければえ逢はず。使ざねとある人なれば遠くも宿さず。女の閨
(ねや)近くありければ、女人をしづめて、子(ね)ひとつばかりに男のもとに来たりけり。男はた寝られざりければ、外(と)の方を見出だして臥(ふ)せるに、月のおぼろなるに小さき童(わらは)を先に立てて人立てり。男いとうれしくて、わが寝る所にゐて入りて、子一つより丑(うしみ)三つまであるに、まだ何事も語らはぬにかへりにけり。男いとかなしくて寝ずなりにけり。
 つとめていぶかしけれど、わが人をやるべきにしあらねば、いと心もとなくて待ちをれば、明けはなれてしばしあるに、女のもとより詞
(ことば)はなくて、
 
  
君や来(こ)し我や行きけむおもほえず夢か現(うつつ)か寝てかさめてか
 
男いといたう泣きてよめる、
  
かきくらす心の闇(やみ)にまどひにき夢うつつとはこよひさだめよ
 
とよみてやりて狩に出
(い)でぬ。野にありけれど心は空(そら)にて、こよひだに人しづめていととく逢はむと思ふに、国の守(かみ)斎宮(いつきのみや)のかみかけたる、狩の使ありと聞きて、夜ひと夜酒飲みしければ、もはらあひごともえせで、明けば尾張の国へたちなむとすれば、男も人知れず血の涙を流せどえ逢はず。夜やうやう明けなむとするほどに、女がたより出(い)だす。杯(さかづき)の皿に歌を書きて出だしたり。とりて見れば、
 
  
かち人の渡れど濡れぬえにしあれば
 
と書きて末
(すゑ)はなし。その杯の皿に続松(ついまつ)の炭して歌の末を書きつぐ。
 
  
又あふ坂の関はこえなむ

とて明くれば尾張の国へ越えにけり。

 
 
【現代語訳】
 昔、ある男がいた。その男が伊勢の国に狩りの使いとして行ったおり、その伊勢神宮の斎宮だった人の親が、「いつもの勅使より大切にこの人をお世話しなさい」と言い送っていたので、親の言いつけであることから、斎宮はとても丁寧にお世話をした。朝には、狩りの準備を十分にととのえて送り出し、夕方に帰ってくると、自分の御殿に来させた。このようにして、心を込めた世話をした。
 男が来て二日目の夜、男が無理に「逢いたい」という。女も断固として逢わないとは思っていない。しかし、周りにお付きの者が多く人目が多いので、逢うことができない。男は狩りの使いの中心となる正使だったので、斎宮の居所から離れた場所には泊めていない。女の寝所に近かったので、女は侍女たちが寝静まるのを待って、夜中の十二時ごろに男の泊まっている部屋にやって来た。男もまた、女のことを思い続けて寝られなかったので、部屋から外を眺めながら横になっていると、おぼろ月夜のなか、小柄な童女を前に立たせてその人が立っている。男はたいそう喜び、女を自分の寝室に引き入れて、夜中の十二時ころから三時ころまでいっしょにいたが、まだ睦言(むつごと)を語り合わないうちに女は帰ってしまった。男はずいぶん悲しみ、寝ないまま夜を明かしてしまった。
 翌日の早朝、気にかかりつつも、自分の供の者を使いにやるわけにもいかず、ずっと待ち遠しく思いながら待っていると、夜がすっかり明けてしばらくして、女の所から、詞はなく歌だけ書いた手紙が来た。
 <昨夜は、あなたがいらっしゃったのか、私が伺ったのか、よく覚えていません。夢だったのでしょうか現実でしょうか、寝ていたのでしょうか、起きていたのでしょうか、ちっともはっきりしません。>
 男はひどく泣きながら詠んだ。
 <何がなんだか分からなくなって取り乱してしまいました。昨夜のことが夢か現実かは、今夜いらしてはっきりさせてください。>
と詠んで女におくって、狩りに出かけた。野原に出ても、気持ちは狩りのことから離れてしまってうつろで、せめて今夜だけでも皆が寝静まったら少しでも早く逢おうと思っていたのに、伊勢の国守で斎宮寮の長官を兼任していた人が、狩りの勅使が来ていると聞いて、一晩じゅう酒宴を催したので、まったく逢うことができない、夜が明けると尾張の国を目指して出立しなければならないので、女は悲しみ、男もひそかにひどく嘆き悲しんだが、逢うことができない。夜がしだいに明けようかというときに、女のほうから杯の受け皿に歌を書いてよこした。受け取ってみると、
 <この斎宮寮のところの入り江は、徒歩で渡っても裾が濡れないほど浅いのです。だからこの度は、わざわざ出かけて行っても契りを結ぶに至らない浅いご縁だったので・・・>
と、上の句だけ書いてあり、下の句がない。男はそこで、その受け皿に、たいまつの消え残りの炭で、下の句を続けて書いた。
 <ここではあきらめてお別れしますが、また逢坂の関を越えて都に帰りましょう。そうして、きっとまたお逢いしましょう。>
と書いて、夜明けとともに、尾張の国へ向かい、国境を越えて行ってしまった。

 


(注)現代語訳は、現代文としての不自然さをなくすため、必ずしも直訳ではない箇所があります。
 
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