覚えておきたい有名な俳句・短歌

【 俳句 】   
俳句について
赤い椿(つばき) 白い椿と 落ちにけり
(正岡子規)
 
 
●おもな俳人 ↓↓↓
 
飯田蛇笏
1885〜1962
山梨県出身。早大に学ぶ。高浜虚子の指導を受けた。
句集
『山廬(さんろ)集』『山響(こだま)集』など
 
河東碧梧桐
1873〜1937
愛媛県出身。中学時代、同級の虚子とともに正岡子規の指導を受ける。「ルビ俳句」をつくった。

 
小林一茶
1763〜1827
信濃国の農民の長男として生まれる。『おらが春』
※詳しくは→古典に親しむ
 
高浜虚子
1874〜1959
同郷の先輩・正岡子規に傾倒、子規没後、雑誌『ホトトギス』編集。
 
中村草田男
1901〜1983
高浜虚子に入門。句集『長子』『火の鳥』『万緑』など。
 
松尾芭蕉
1644〜1694
伊賀上野(三重県)の下級武士の次男として生まれる。
『笈の小文』『更科紀行』『奥の細道』など。
※詳しくは→古典に親しむ
 
水原秋桜子
1892〜1981
東京都出身。東大医学部卒・医学博士。高浜虚子に師事。はじめ『ホトトギス』の中堅。のちに俳誌『馬酔木』を主宰。
 
村上鬼城
1865〜1938
鳥取藩江戸藩邸で生まれる。正岡子規の指導を受ける。一茶以後の”境涯の俳人”。
 
山口誓子
1901〜1994
京都府出身。高浜虚子に入門。
句集『凍港』『黄旗』など
 
与謝蕪村
1716〜1783
摂津国に生まれる。
※詳しくは→古典に親しむ
 
 
●おもな俳人↑↑↑
 
 
 

啓明舎が紡ぐ 小学国語 名作ではじめる中学受験の記述(小学校低学年より)
 
 

声に出して読みたい日本語
 
 

理想の国語教科書

 
俳句について
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(石川啄木)
 
 
●おもな歌人↓↓↓
 
石川啄木
1886〜1912
岩手県出身。三行書きの表現法と、「生活」を歌う題材の新鮮さとによって天才詩人の名声を得る。歌集『一握の砂』『悲しき玩具』。
 
伊藤左千夫
1864〜1913
千葉県出身。「明星」派と対立、『馬酔木』を創刊。小説『野菊の墓』。
 
木下利玄
1886〜1925
岡山県出身。志賀直哉らと『白樺』創刊。
 
斉藤茂吉
1882〜1953
山形県出身。伊藤左千夫に師事。『アララギ』創刊。歌集『赤光』『あらたま』。
 
佐佐木信綱
1872〜1963
三重県出身。童謡『夏は来ぬ』を作詞。
 
島木赤彦
1876〜1926
長野県出身。伊藤左千夫に師事、のち『アララギ』の編集の指導的地位に。
 
俵万智
1962〜
大阪府出身。『サラダ記念日』『チョコレート革命』など。
 
藤原定家
1162〜1241
鎌倉時代初期の公家。代表的な新古今調の歌人。『小倉百人一首』を撰集。
 
与謝野晶子
1878〜1942
大阪の商家に生まれる。明治30年代の浪漫的詩歌の中心「明星派」をリード。歌集『みだれ髪』『舞姫』など。
 
若山牧水
1885〜1928
宮崎県出身。歌集『海の声』『別離』『路上』。
 
万葉時代の歌人
 大伴家持
 柿本人麻呂
 山上憶良
 山部赤人
 
 
●おもな歌人↑↑↑

 
 
 

一握の砂,悲しき玩具
(岩波少年文庫 540)

 
 

万葉集ハンドブック―『万葉集』のすべてがわかる小事典
 
 

サラダ記念日 (河出文庫―BUNGEI Collection)

 
 
古典に親しむ
万葉集に親しむ
とっておきの詩と歌と

 
 
 

(俵万智さん)
 
 
●俵万智さんの歌集から
 ↓↓↓
 
「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
 
たっぷりと君に抱かれているようなグリンのセーター着て冬になる
 
いつもより一分早く駅に着く
一分君のこと考える
 
「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの
 
手紙には愛あふれたりその愛は消印の日のそのときの愛
 
万智ちゃんがほしいと言われ心だけついていきたい花いちもんめ
 
親は子を育ててきたと言うけれど勝手に赤い畑のトマト
 
「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
 
なんでもない会話なんでもない笑顔なんでもないからふるさとが好き
 
自転車のカゴからわんとはみ出してなにか嬉しいセロリの葉っぱ
 
明治屋に初めて二人で行きし日の苺のジャムの一瓶終わる
 
折りたたみ傘をたたんでゆくように汽車のりかえてふるさとに着く
 
定期券を持たぬ暮らしを始めれば持たぬ人また多しと気づく
 
資本主義のとある街角必要に応じて受けとるティッシュペーパー
 
年下の男に「おまえ」と呼ばれていてぬるきミルクのような幸せ
 
二週間先の約束嬉しくてそれまで会えないことを忘れる
 
まっさきに気がついている君からの手紙いちばん最後にあける
 
「今いちばん行きたいところを言ってごらん」行きたいところはあなたのところ
 
 ↑↑↑
●俵万智さんの歌集から

 
 

 
 
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河東碧梧桐
赤い椿の木の下には赤い椿が、白い椿の下には白い椿が落ちているよ。 
季語:椿(春)
 
秋深き 隣(となり)は何を する人ぞ
松尾芭蕉
秋が深まり、野山がどことなくさびしく感じられるようになると、人恋しくなり、隣人のことなどが気になってくる。
「・・・ぞ」は疑問。季語:秋深き(秋)
 
赤とんぼ 筑波(つくば)に雲も なかりけり
正岡子規
空は秋晴れで、遠くに見える筑波山の上には一片の雲もない。そんな空を一匹の赤とんぼがゆうゆうと飛んでいる。 
季語:赤とんぼ(秋)
 
秋空を 二つに断てり 椎大樹(しいたいじゅ)
高浜虚子
真っ青にすみきった秋空を、椎の大木は、その空を断ってしまうかのような勢いでそびえている。
「断てり」=切断する。季語:秋空(秋)
 
朝顔に つるべとられて もらい水
加賀千代
朝、井戸に水をくみに来てみると、朝顔のつるがつるべに巻きついていて水がくめない。切ってしまうのもかわいそうなので、近所に水をもらいに行くことにした。 
「つるべ」=つなの先におけを取りつけて、水をくむようにしたもの。季語:朝顔(秋)
 
朝立(あさだち)や 馬のかしらの 天の川
内藤鳴雪
まだ夜が明けぬうちに馬に乗って旅に出る。見上げる空にはまだうっすらと、天の川が見える。
季語:天の川(秋)
 
荒海や 佐渡(さど)に横とう 天の川
松尾芭蕉
荒れ狂う日本海の荒波の向こうには佐渡ケ島がある。空を見上げると、白く美しい天の川が、佐渡の方までのびて横たわっていて、とても雄大だ。
季語:天の川(秋)
 
海に出て 木枯らし帰る ところなし
山口誓子
木枯らしは、地上を吹き荒れて海へ出ていくと、行き場を失ってもどることができない。
木枯らしのあわれさを人間になぞらえている。季語:木枯らし(冬)
 
(うめ)一輪(いちりん) 一輪ほどの あたたかさ
服部嵐雪
早春、庭の梅がぼつぼつ咲き始めて、その梅が一輪ずつ咲くごとに、気候も日に日にあたたかくなっていく。
「ほどの」=ぐらいの。季語:梅(春)
 
梅が香に のっと日の出る 山路かな
松尾芭蕉
早春の山道を歩いていると、梅の香りにさそわれるかのように、太陽がのっという感じで顔を出した。 
春の喜びを味わっている。季語:梅(春)
 
(おの)入れて 香(か)におどろくや 冬木立(ふゆこだち)
与謝蕪村
冬枯れの林で、木を斧で切ってみると、木の香りがただよってきた。表面は枯れているようでも、木の中では生命が活動していたんだ。
季語:冬木立(冬)
 
おりとりて はらりとおもき すすきかな
飯田蛇笏
ススキの穂は、見た目には軽そうだが、折り取って手に持つと、思いがけない重さだ。
見た目には感じない、生命の重さに感動している。季語:すすき(秋)
 
街道を キチキチととぶ ばったかな
村上鬼城
静かな秋の日差しを浴びた、人通りのない街道を、一匹のばったが急に飛び上がった。キチキチと鳴いて、飛んでは落ち、飛んでは落ちしていく。 
季語:ばった(秋)
 
(かき)くえば 鐘(かね)がなるなり 法隆寺
正岡子規
法隆寺の門前の茶店で休んだ。そこで柿を食べていると、寺から鐘の音がひびいてきた。あたりの静けさとあいまって、秋ののどかさが感じられる。
「法隆寺」=聖徳太子が建立した、現存する世界最古の木造建築物。 季語:柿(秋)
 
(きく)の香(か)や 奈良には古き 仏たち
松尾芭蕉
菊の香がただよう奈良のまち。その香りの中に古い仏像たちがひっそりとたたずんでいる。 
季語:菊の香(秋)
 
きつつきや 落ち葉をいそぐ 牧の木々
水原秋桜子
きつつきがこつこつと木をつつく音が聞こえる。それに合わせるかのように、牧場の木々がしきりに葉を落としている。 
季語:きつつき(秋)
 
君が手も まじるなるべし 花すすき
向井去来
秋の野は、一面にすすきが風にゆれている。友人が別れを惜しんで手をふっているが、その手がすすきの穂にまじって、いつまでも見送ってくれているようだ。
「花すすき」=白い穂が出たすすき。季語:花すすき(秋)
 
行水(ぎょうずい)の 捨てどころなし 虫の声
上島鬼貫
行水に使った水を捨てようと思うと、あそこにもここにも、いい声で虫が鳴いているので、水を捨てる場所がない。捨てれば虫の音を止めてしまうから。
「行水」=たらいに水を張って浴びること。季語:虫の声(秋)
 
(きり)一葉 日当たりながら 落ちにけり
高浜虚子
初秋の明るい静けさの中を、大きなきりの葉が一枚、日の光を受けながらひらひらと落ちていった。 
秋の深まりをしみじみと感じている句。季語:きり一葉(秋)
 
くろがねの 秋の風鈴(ふうりん) 鳴りにけり
飯田蛇笏
夏からつるされたままの鉄製の風鈴が、秋風に吹かれてとつぜんチリリリンと鳴り響いた。ああ、もう秋だなあ。
季語:秋(秋)。「風鈴」は夏の季語だが、「秋の風鈴」と表現しているところに、ユーモアがある。
 
こがらしや 海に夕日を 吹き落とす
夏目漱石
こがらしがすさまじい勢いで吹き荒れている。そのさまは、西に傾いた冬の夕日を海に吹き落とすかと思われるくらいだ。 
季語:こがらし(冬)
 
小春日(こはるび)や 石をかみいる 赤とんぼ
村上鬼城
初冬の、春のように暖かな日ざしの一日、道ばたの石に、秋から生き残った赤とんぼが、まるで石をかんでいるかのようにじっととまっている。 
「小春」=旧暦の10月で、現在の11月ごろ。季語:小春日(冬)。赤とんぼ(秋)も季語だが、切れ字「や」をふくむ方をとる。
 
これがまあ 終(つい)のすみかか 雪五尺
小林一茶
五尺も降り積もった雪にうずもれたこのみすぼらしい家が、自分の生涯を終える最後の住まいとなるのか。何とわびしいことか。 
「五尺」=一尺は約30センチメートル。季語:雪(冬)
 
咲きみちて 庭盛り上がる 桜草
山口青邨
桜草が、いっせいに咲いて、庭全体が盛り上がっているように見える。
春まっさかりのすばらしいようすに感動している。季語:桜草(春)
 
さじなめて 童(わらべ)たのしも 夏氷(なつごおり)
山口誓子
夏の暑い日に、一口すくってはさじをなめ、また一口すすってはさじをなめして、子供がかき氷を食べている。そのようすがほんとうに楽しそうだ。 
「わらべ」=幼い子のこと。季語:夏氷(夏)
 
五月雨(さみだれ)や 大河(たいが)を前に 家二軒
与謝蕪村
五月雨が降り続いて水かさを増した大河がごうごうと流れている。その大河の前に家が二軒建っているが、水の勢いに今にもおし流されてしまいそうだ。 
季語:五月雨(夏)
 
五月雨を 集めてはやし 最上(もがみ)
松尾芭蕉
降り続く五月雨を集めて、最上川はまんまんと水をたたえ、ものすごい勢いで流れていることだ。 
最上川は、山形県にあり、富士川・球磨川とともに日本三大急流の一つ。季語:五月雨(夏)
 
残雪や ごうごうと吹く 松の風
村上鬼城
松に当たる風がごうごうと音をたてている。その背景には、残雪をいただいた山が春を待っているようだ。
「残雪」=春になっても消えずに残っている雪。季語:残雪(春)
 
(しず)かさや 岩にしみ入る 蝉(せみ)の声
松尾芭蕉
あたりは、ひっそりと静まり返って物音一つしない。その静かさの中で鳴き出したせみの声は、岩にしみ入るように感じられることだ。 
「静かさ」ではなく、「閑かさ」と表現して、さびしく物静かな情景を強調している。季語:蝉の声(夏)
 
しずかなる 力満ちゆき ばったとぶ
加藤楸邨
何かの気配を感じたのか、草の葉にとまったばったの手足に静かに力が満ちてきて、今にも飛ぶかと思う瞬間、ぱっと勢いよく飛んだ。 
「力満ちゆき」=力がみなぎって。季語:ばった(秋)
 
島々に 灯(ひ)をともしけり 春の海
正岡子規
おぼろにかすむ春の海に夕やみがせまり、沖の島かげも黒くなり、やがて見えなくなろうとするとき、島々でともす灯火(ともしび)が見え、それが波にゆれていっそう美しい。 
季語:春の海(春)
 
涼風(すずかぜ)の 曲がりくねって 来たりけり
小林一茶
路地のおくのつきあたりの長屋に住んでいる。気がつくと、こんな所にもすずしい風がふきこんできた。曲がりくねってやってきたのだなあ。
季語:涼風(夏)
 
すずめの子 そこのけそこのけ お馬が通る
小林一茶
道に遊んでいるすずめの子よ、そこを早くのけよ。お馬が通るからあぶない。 
季語:すずめの子(春)
 
大根(だいこ)引き 大根で道を 教えけり
小林一茶
大根を引きぬいている農夫が、道をたずねられて、大根で方角を教えている。
おかしくてほのぼのとした光景をよんだ句。季語:大根引き(冬)
 
たたかれて 昼の蚊(か)をはく 木魚(もくぎょ)かな
夏目漱石
うす暗く静まりかえった寺の本堂。お坊さんが木魚をたたけば、昼だというのにあわてて蚊がとび出してきた。 
「木魚」=お経をあげるときに、調子をとるためにたたく道具。季語:蚊(夏)
 
旅に病(や)んで 夢は枯(か)れ野を かけめぐる
松尾芭蕉
旅の途中、病気でたおれて床にふしていても、夢の中で心は枯れ野をかけめぐっている。 
季語:枯れ野(冬)
 
玉のごとき 小春日和(こはるびより)を 授かりし
松本たかし
冬の初めの小春日和を、貴重な宝石のように大事に思って、喜びにひたっている。
「小春日和」=冬の初めのころ、春のように暖かくておだやかな日。季語:小春日和(冬)

 
遠山に 日のあたりたる 枯野(かれの)かな
高浜虚子
あたりは日がかげって、寒寒とした枯野であるが、遠い山にだけ冬日があたっていて明るい。 
「遠山」=遠くに見える山。季語:枯野(冬)
 
長々と 川ひとすじや 雪野原(ゆきのはら)
野沢凡兆
雪の朝、野も畑も道もすべて雪の原になってしまっている。その中をひとすじ、川だけが長々とうねり続いている。 
季語:雪野原(冬)
 
夏川を こすうれしさよ 手にぞうり
与謝蕪村
ぞうりをぬいで手に持ち、素足のまま夏の川をわたる。何ともうれしく、気持ちのよいことだ。 
季語:夏川(夏)
 
夏草や つわものどもが 夢の跡(あと)
松尾芭蕉
かつて戦場だったこの地に来てみると、功名を競った義経や藤原氏一族の夢のあともなく、ただ夏草がしげっているばかりだ。 
「つわものども」は、勇ましい武士たちのこと。季語:夏草(夏)
 
菜の花や 月は東に 日は西に
与謝蕪村
菜の花畑が見わたすかぎり広がっている。今まさに春の一日がくれようとして、月が東の空にのぼり、日は西の空にしずもうとしている。
季語:菜の花(春)
 
初時雨(はつしぐれ) 猿(さる)も小蓑(こみの)を ほしげなり
松尾芭蕉
山中で時雨が降ってきた。冷たい時雨にぬれる猿のすがたは、小さい蓑をほしがっているようだ。
「小蓑」は、今で言うかっぱのこと。季語:初時雨(冬)
 
花散るや 耳ふって馬の おとなしき
村上鬼城
満開のサクラの木の下に馬がつながれている。散る花びらが耳にふりかかるのを気にすることもなく、おとなしくしている馬のようすがのどかだ。
季語:花散る(春)
 
春の海 ひねもすのたり のたりかな
与謝蕪村
春の海は、一日中ゆったりとうねっていて、まことにのどかなことだ。 
「ひねもす」=一日中。季語:春の海(春)
 
万緑の 中や吾子(あこ)の歯 生え初(そ)むる
中村草田男
草木がしげって緑いっぱいの中で、わが子がにっこり笑ったひょうしに白い歯がのぞいた。
子どもの成長ぶりを喜んでいる句。季語:万緑(夏)
 
冬の浅間(あさま)は 胸を張れよと 父のごと
加藤楸邨
冬の浅間山が、寒風が吹きすさぶ中、たくましく立っている。まるで、父が励ましてくれているようだ。
「・・・のごと」=・・・のようだ。季語:冬(冬)
 
富士ひとつ うずみ残して 若葉かな
与謝蕪村
あたり一面、見わたすかぎり若葉にうずめられている中に、まだ雪の残る富士山だけがうずめ残されて、ぽっかりと顔を出している。 
「うずみ」は「埋み」で、うずもれるという意味。季語:若葉(夏)
 
古池や 蛙(かわず)とびこむ 水の音
松尾芭蕉
古池にとつぜんかえるが飛びこんだ。その水音が一瞬あたりの静けさを破ったが、またすぐもとの静けさにもどった。ほんとうに静かだ。 
「かわず」=かえるの古い言い方。季語:蛙(春)
 
ぼたん散って うち重なりぬ ニ三片(にさんぺん)
与謝蕪村
さきほこっていたボタンの花も散り始め、黒い土の上にニ、三片の花びらが散り落ちて重なっている。 
季語:ぼたん(夏)
 
ほろほろと 山吹(やまぶき)散るか 滝(たき)の音
松尾芭蕉
ごうごうと音をたてて落ちる滝のひびきにさそわれるかのように、山吹の花びらがほろほろと散り落ちることだ。 季語:山吹(春)
 
名月や 池をめぐりて 夜もすがら
松尾芭蕉
空には名月があり、池にも月影がうつっている。その美しさに心を奪われて、池のまわりを歩きながらながめているうちに、つい一夜を過ごしてしまった。 
季語:名月(秋)
 
名月を とってくれろと 泣く子かな
小林一茶
名月を取ってくれとわが子が泣いてねだる。それにこたえてやれない親のじれったさと、子どものかわいらしさがうかがえる。
「くれろ」は、・・・・・・してほしい、の意味。季語:名月(秋)
 
目には青葉 山ほととぎす 初がつお
山口素堂
夏が近づくと、周囲が若葉の青い色にそまり、山ではほととぎすが鳴きだす。初がつおからみずみずしさも伝わってくる。
季語:青葉・ほととぎす・初がつお(夏)・・・季語がいくつもあり、「季重なり」という。
 
やせ蛙(がえる) 負けるな一茶 これにあり
小林一茶
かえるがけんかをしている。やせたカエルよ、がんばれ負けるな。おれ(一茶)がここについているぞ。 
一茶はかえるを自分に見立ててはげましている。季語:蛙(春)
 
山路(やまじ)きて 何やらゆかし すみれ草
松尾芭蕉
春の山道を歩いてきて、ふと道のかたわらに目をやると、小さなすみれの花がさいている。その色・形がつつましく何とも心ひかれることだ。 
「ゆかし」=心が引かれる、おくゆかしい、という意味。季語:すみれ草(春)
 
やれ打つな はえが手をする 足をする
小林一茶
あれあのようにはえが手足を合わせて、命乞いをしている。かわいそうだから打たないでやっておくれ。 
季語:はえ(夏)
 
夕立や 草葉をつかむ むら雀(すずめ)
与謝蕪村
夏の午後、急に夕立が降ってきた。雀たちはこまって草葉のかげにかくれて、ちぢこまっている。
夕立のすさまじさを詠んでいる。「むら雀」=雀の群れ。季語:夕立(夏)
 
雪だるま 星のおしゃべり ぺちゃくちゃと
松本たかし
寒い冬の夜の、さびしそうな雪だるま。しかし、晴れた夜空には星がちかちかとおしゃべりをしているようで、雪だるまもそれを聞いているみたいだ。
季語:雪だるま(冬)
 
雪とけて 村一ぱいの 子どもかな
小林一茶
春になり、雪がとけて外に出られるようになると、家々から子どもたちがいっせいに飛び出してきて、ゆかいに遊び回る。 
春になったことの喜びを感じている句。季語:雪とけて(春)
 
六月や 峰(みね)に雲置く 嵐山(あらしやま)
松尾芭蕉
夏、嵐山の上に入道雲がもくもくと立ち上がっている。力強さを感じる嵐山の夏景色もいいものだ。
季語:六月(夏)
 
(わか)あゆの 二手(ふたて)になりて のぼりけり
正岡子規
流れの速い瀬を、はつらつとした若あゆが二手に分かれて、列を作ってのぼっていくよ。 
季語:若あゆ(春)
 
われと来て 遊べや親の ないすずめ
小林一茶
親のない子すずめよ、私も親のないさびしさは、おまえと同じだ。こっちへ来て、さあいっしょに遊ぼうじゃないか。 
「われ」=わたし。季語:すずめ(春)
 
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【 短歌 】   短歌について                                    
 
あおによし 奈良の都は咲(さ)く花の におうがごとく 今さかりなり
小野 老
桜の花がさきにおっているように、奈良の都は繁栄をきわめていることだ。(万葉集)
 
秋来ぬと 目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる
藤原敏行
秋が来たと目にははっきりとは見えないけれど、吹く風の音で、もう秋なのだと、はっと気づかされる。(古今和歌集)
「来ぬ」=来た。「さやかに」=はっきりと。「おどろかれぬる」=はっと気づかされる。
 
朝あけて 船より鳴れるふとぶえの こだまは長し なみよろう山
斎藤茂吉
夜が明けて船の汽笛が港いっぱいにひびくと、そのひびきが港をとりまく山々にこだまして、長く長くひびきわたっていく。
 
(あま)の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に出(い)でし月かも
阿倍仲麻呂
大空をはるかにふり仰いで見ると、東の空に月が出ている。あれは春日の三笠の山に出ていた、あの月だなあ。
外国で、母国への思いをよんだ歌。「春日」は奈良あたりをさす。
 
幾山河 こえさりゆかば さびしさの はてなん国ぞ きょうも旅ゆく
若山牧水
いくつの山川をこえていけば、このさびしさが終わってしまう国があるのだろうか。わたしは、きょうもそんな国を求めて旅を続けている。
 
石がけに 子ども七人こしかけて ふぐをつりおり 夕焼け小焼け
北原白秋
海辺の石がけに、子どもが七人ならんでこしかけ、無心にふぐをつっている。ちょうど美しい夕焼けで空も海も赤くそまり、子どもたちも赤い光につつまれている。
 
妹の小さき歩み いそがせて 千代紙(ちよがみ)買いに 行く月夜かな
木下利玄
夕方おそく、妹と二人で千代紙を買いに家を出たが、妹はなかなか速く歩けないので、それをいそがせて月夜の道を歩いていった。
 
(いわ)ばしる たるみの上のさわらびの 萌(も)えいづる春になりにけるかも
志貴皇子
岩の上を音をたてて流れ落ちる水のほとりに、もうわらびが若芽をふき出している。春になったのだなあ。(万葉集)
 
うすべにに 葉はいちはやく萌(も)えいでて 咲かんとすなり 山ざくらの花
若山牧水
山ざくらは花よりも先に葉が出る。うすくれないの若葉が真っ先に芽吹いて、山ざくらは、今まさに花咲こうとしている。
 
遠足の 小学生徒うちょうてんに 大手ふりふり 往来(おうらい)とおる
木下利玄
遠足の小学生が、どの子も喜びで夢中になって、元気よく手を大きくふりながら、通りを歩いていく。
 
大海(おおうみ)の いそもとどろに 寄する波 われてくだけて さけて散るかも
源実朝
岸に打ち寄せてくる波が、岩にあたって大きな音をたて、白い水しぶきをたてて飛び散っていることよ。(金塊和歌集)
 
親馬の 道をいそげば きりにぬれて 子馬も走る いななきながら
橋田東声
朝、きりのたちこめた高原の道を親馬がいそぐと、そのあとを、しっとりときりにぬれた子馬が、待ってと言うかのようになきながら、おくれまいと着いていくよ。
 
おりたちて けさの寒さをおどろきぬ つゆしとしとと かきの落ち葉深く
伊藤左千夫
庭におり立って、けさの寒いことにおどろいてしまった。つゆがしっとりとおりて、深く重なり合ったかきの落ち葉をぬらしている。
 
かすみ立つ 長き春日(はるび)をこどもらと 手まりつきつつ きょうもくらしつ
良寛
春がすみの立つ、のどかな春の長い一日を、子どもらと手まりをつきながら、今日もくらしてしまったなあ。
 
かめにさす 藤の花ぶさ みじかければ たたみの上に とどかざりけり
正岡子規
かめにさしてある藤の花ぶさが短いので、たたみの上にはとどかない。
 
ガラス戸の 外のつきよをながむれど ランプのかげの うつりて見えず
正岡子規
外は美しい月夜である。ガラス戸ごしにその月夜の景色をながめようとしたのに、ガラス戸には室内のランプの光がうつるだけで何にも見えない。
 
(くず)の花 踏みしだかれて色あたらし この山道を 行きし人あり
釈迢空
赤むらさき色の葛の花が、踏みにじられて、まだなまなましい色を見せている。こんな奥深い山道を、私のほかにも、すぐ前に通っていった人がいるのだなあ。
 
くれないの 二尺のびたるばらの芽の 針(はり)やわらかに 春雨の降る
正岡子規
真っ赤な色をしたバラの芽が二尺(約60センチ)ほどのびている。新芽でまだやわらかいとげを、春雨が静かにぬらしている。
 
心なき 身にもあわれは知られけり 鴫(しぎ)立つ沢の 秋の夕ぐれ
西行法師
俗世間のことを捨てた出家の身にも、このしみじみとしたおもむきは感じられることだ。鴫の飛び立つ沢の秋の夕ぐれのさまを見ていると。(新古今和歌集)
 
こどもらと 手まりつきつつ この里に あそぶ春日は くれずともよし
良寛
子どもらと手まりをつきながら遊んでいると楽しくて、この村里に春の日はくれなくてもよいと思われることだ。
 
(こま)とめて そでうちはらうかげもなし 佐野のわたりの 雪の夕ぐれ
藤原定家
馬をとめて、着物のそでに積もった雪をはらい落とす物かげもない。佐野のわたりの夕ぐれのさびしさよ。(新古今和歌集)
 
金色(こんじき)の 小さき鳥のかたちして いちょう散るなり 夕日の丘に
与謝野晶子
夕日がさす丘のいちょうの葉が散っていく。その葉は、夕日に照り映えて、金色の小さい鳥がいっせいに舞い降りるようだ。
 
死に近き 母にそい寝のしんしんと 遠田(とおだ)のかわず 天に聞こゆる
斎藤茂吉
死期のせまった母のそばでそい寝をしていると夜もしんしんとふけてきた。この静けさの中、遠くの田で鳴くかえるの声が、まるで天に鳴いているかのようにしみいって聞こえてくる。
 
しもやけの 小さき手して みかんむく わが子しのばゆ 風の寒きに
落合直文
しもやけのできた小さい手をして、みかんの皮をむくわが子のことがしみじみと思われる。風が冷たいこんな寒い日なので。
 
白鳥(しらとり)は かなしからずや 空の青 海のあおにも 染まずただよう
若山牧水
白鳥はひとりで悲しくないのだろうか。空の青さにも海の青さにも染まることなく、白い姿のままただよっている。
 
(しろがね)も 金(くがね)も玉も 何せんに まされる宝 子にしかめやも
山上憶良
銀や金、それに玉なども、どうして子どもというすばらしい宝におよぼうか、いやおよびはしない。(万葉集)
 
田子(たご)の浦ゆ うちいでて見れば真白(ましろ)にぞ 富士の高嶺(たかね)に 雪は降りける
山部赤人
田子の浦を通って、見晴らしのきく所に出てみると、真っ白に富士の高嶺に雪が降り積もっていることだ。(万葉集)
「田子の浦」=静岡県の駿河湾北西部の浜。「うちいでて」=急に見晴らしのよい所に出て。
 
たらちねの 母がつりたる青蚊帳(あおがや)を すがしといねつ たるみたれども
長塚 節
ふるさとのわが家へ帰った夜、年老いた母が青がやをつってくれた。たるんではいたが、すがすがしい気分で寝た。
「たらちね」は「母」にかかる枕詞。「すがし」=すがすがしい。
 
たわむれに 母を背負いてそのあまり 軽(かろ)きに泣きて 三歩あゆまず
石川啄木
じょうだん半分に母を背負ってみたが、あまりの軽さに、母が年をとったことを思い知らされ、悲しさで三歩と歩くことができなかった。
 
父君よ けさはいかにと 手をつきて 問う子を見れば 死なれざりけり
落合直文
お父様、けさはお体のぐあいはどうですか、とまくらもとに手をついてたずねる子を見ると、この子を残してどうして死なれようか。
 
東海の 小島の磯(いそ)の白砂(しらすな)に われ泣きぬれて 蟹(かに)とたわむる
石川啄木
さすらい暮らしのわが身の悲しさをかみしめながら、とある海岸で蟹とたわむれている。
啄木が北海道を転々としていたころに作った歌とされる。「たわむる」=たわむれる。遊ぶ。
 
箱根路(はこねじ)を わが越えくれば伊豆の海や 沖(おき)の小島に 波の寄る見ゆ
源実朝
箱根の山道をこえると、眼下に伊豆の海が広がり、沖の小島に波が打ち寄せるようすまでが見え、すばらしい景色だ。(金塊和歌集)
「わが」=わたしが。「見ゆ」=見える。
 
花の色は うつりにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせし間に
小野小町
桜の花も色あせてしまった、春の長雨の間に。それと同じに、世を過ごし、物思いにふけっている間に、私の若さもおとろえてしまった。
「ふる」は「降る」と「経(ふ)る」、「ながめ」は「長雨」と「眺め」の、それぞれ掛詞になっている。
 
春過ぎて 夏来にけらし 白妙(しろたえ)の 衣ほすてふ 天(あま)の香具山(かぐやま)
持統天皇
春が過ぎて、もう夏が来たと見える。香具山のあたりには、あのように点々と衣がほしてある。(万葉集)
「白妙の」は「衣」にかかる枕詞。「天の香具山」は、奈良にある大和三山の一つ。
 
馬鈴薯(ばれいしょ)の うす紫の花に降る 雨を思えリ 都の雨に
石川啄木
東京のまちに、今雨がしとしとと降っている。ああ、ふるさとにいたとき、ちょうど今ごろは馬鈴薯の花に雨が降っていたなあ。
 
ひさかたの 光のどけき春の日に しず心なく 花の散るらむ
紀友則
日の光がのどかにさしている春の日に、どうして落ち着いた気持ちもなく、桜の花は散り急いでしまうのだろうか。(古今和歌集)
「ひさかたの」は、天地の現象(光・日・星・雨・雲)などにかかる枕詞。「散るらむ」=どうして散ってしまうのか。
 
(ひんがし)の 野にかぎろいの立つ見えて かえりみすれば 月かたぶきぬ
柿本人麻呂
夜が明け始めた東の方の野に、ほの白く光がさしており、ふり返って西の方を見ると、月はもうかたむいてしまっている。(万葉集)
「かぎろい」=明け方に地平線上に見えるあかつきの光。「かえりみすれば」=ふり返って見ると。
 
ふるさとの なまりなつかし 停車場の 人ごみの中に そを聴きに行く
石川啄木
ふるさとを遠くはなれて生活していると、ふるさとのなまりがなつかしい。ふるさとからの列車が着く駅の人ごみの中へ、それをわざわざ聴きに行ったことだ。
「なまり」=方言。「そ」=それ(なまりを指す)。
 
ふるさとの 山にむかいて言うことなし ふるさとの山はありがたきかな
石川啄木
久しぶりにふるさとに帰ってなつかしい山々をながめていると、心が満ち足りて何のことばも出てこない。ふるさとの山はしみじみとありがたいことだなあ。
 
水ぐるま 近きひびきにすこしゆれ すこしゆれいる こでまりの花
木下利玄
水車小屋のそばに咲いているこでまりの花が、水車の回るたびにそのひびきでかすかにゆれている。
 
みちのくの 母のいのちをひと目見ん ひと目見んとぞ ただにいそげる
斎藤茂吉
みちのくのふるさとにいる危篤(きとく)の母、その母の生きているうちにひと目見ておきたい。その一心にひたすら帰郷を急いだことだ。
「みちのく」=東北地方のこと。「ただに」=ひたすら。
 
見わたせば 花ももみじもなかりけり 浦のとまやの 秋の夕ぐれ
藤原定家
この海岸の景色を見わたすと、春の花、秋のもみじというおもむきのあるものは何もないことだ。海岸の漁師の仮小屋だけがある秋の夕ぐれのようすのものさびしさよ。(新古今和歌集)
 
山里は 秋こそことにわびしけれ 鹿の鳴く音(ね)に 目をさましつつ
壬生忠岑
山里では、秋がとりわけもの悲しいことだ。鹿の鳴く声で夜中に目をさましさましして。(古今和歌集)
 
ゆく秋の 大和の国の薬師寺の とうの上なる ひとひらの雲
佐々木信綱
秋も終わろうとするある日、大和の国の薬師寺をおとずれた。青い空を背景に美しい三重の塔が立ち、その塔の上に一片の白い雲が浮かんでいる。
 
和歌の浦に しおみちくれば かたをなみ あしべをさして たずなきわたる
山部赤人
和歌の浦に潮が満ちてくると、さっきまであった干潟がなくなってしまうので、鶴はアシのはえている陸の方へ鳴きながら飛んでいく。
 
わが宿の いささむら竹 吹く風の 音のかそけき この夕べかも
大伴家持
わが家の庭先に生えている少しばかりの竹に吹きつける風の音が、何とかすかなこの夕暮れであることよ。(万葉集)
 
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