ゲームの著作権者を捜索
〜ファミコン20年の回顧展で〜
初めに初めに、朝日新聞の2003年11月19日の朝刊の25面の文化総合欄(記者は西田氏)に、興味深い記事が載っていたので転載させて頂きます(詳しい文は次項以降参照)。 記事では、色々なメーカーやゲーム名が出て来ますし、ゲームアナリストの平林久和氏はファミコン必勝本の編集者のヒラ坊だったりして懐かしく、且つ面白く思うのですが、それ以上に一番興味深いのは、やはりゲームの著作権の話です。 …とは言っても、具体的に例えば民法の第何条とかは出て来ませんのでご安心下さい。 ゲームの著作権の話と言うとエミュレータなどをイメージされるかもしれませんが、当サイトの様に攻略サイトをやっている人にとって、著作権は気になると思いますので、ここに書かせて頂く事にしました(記事の内容はアプローチが違いますけど)。 そう言う話も含めて色々著作権について考える機会になればと思い、この記事を転載させて頂こうと思った訳です。 ゲームの著作権者 どこに?任天堂のファミリーコンピュータ(ファミコン)用ゲームの回顧録を開く東京都写真美術館(東京・恵比寿)が、ゲームの著作権者を捜している。 文化は誰のもの?「レベルX」と名付けられた展覧会は、83年に発売が始まり、今年製造が中止されたファミコンを通して、テレビゲームを映像文化として振り返るのが目的だ。 ソフトは大部分を任天堂が保存していたため確保できたが、ゲームの許可を得る手続きで壁にぶつかった。 都写真美術館が6月、権利者の確認を始めると、約100社のうち23社について所在がわからなくなっていた。 人気ロール・プレイング・ゲームだった「ヘラクレスの栄光」シリーズやアドベンチャーゲーム「探偵・神宮寺三郎」シリーズを出したデータイースト(東京)は、販売不振で6月に破産した。 白い学ラン(学生服)を着た「くにおくん」が闘う「熱血硬派くにおくん」シリーズで知られるテクノスジャパン、釣りシュミレーションの「ブラックバス」シリーズを出したホット・ビィも倒産。
「テトリス」のビーピーエスは、日本法人が既になく、海外法人のみだった。 同美術館はコンピューターソフトウェア著作権協会(ACCS)と協力し、8月末からインターネットなどで情報を求めている。 ブームの時期には、教科書出版社やガス会社まで参入した。 倒産で権利の行方が分からなくなるケースも目立つ。 コンピューターのプログラムに著作権が認められたのは、ファミコン発売3年後の86年。 素朴なドット絵を使ったファミコンのゲームは今、携帯電話のゲームなどに形を変えて復活している。 ゲームアナリストの平林久和さんは「公共で展示する場合は、著作権侵害の例外にすべきだ」と指摘した上で 「業界団体や企業が、自分たちが作ってきたゲームを文化として残す仕組みを作らないと、今後、著作権の散逸はますます進むだろう」と心配している。 日程展覧会「レベルX」は2003年12月4日から2004年2月8日まで(月曜休館、祝日の場合は翌日)。250円。 電話03-3280-0099(美術館)。 |