月の山紀行

2000年10月、私は写真家水越武氏のアシスタントとして、
アフリカ、ウガンダの月の山脈ルウェンゾリ山へと向かった。
6年ぶりのアフリカであった。
その時のことを含め、アフリカへの私の思いを、ここに記す。

1 憧憬の地

 ルウェンゾリ。伝説の月の山脈。
 そこは、かつてナイル河の源と目され、多くの探検家達の憧憬の地であった。
 霧に包まれた山々は、かつてほどではないにしろ、簡単に人が近づくことを、拒む。
 今回、縁あって、かの地を訪れることになった。
 ルウェンゾリは、現在、ウガンダ共和国の国立公園として、世界自然遺産の指定も受けている。
 この月の山のことを、今までのアフリカ行を含めて、書き連ねていこうと、思う。
 「やくしま日記」とはいささか、趣の違ったものになるかもしれんが、それも一興か。

 アフリカには、「毒」があるという。
 その「毒」にあたった者は、アフリカを想わずには、いられない。
 その「毒」はまた、しばし「水」に置き換えて、語られることもある。
 アフリカの水を飲んだ者は、アフリカに帰る、と。
 屋久島とは、違う水が、アフリカに流れている。
 久々に、それを飲みにいこうか。



2 未知なる獣

 アフリカと私との付き合いも、思えば随分と、ながくなった。
 しかし考えてみると、別に子供のころから、アフリカに憧れていた訳でもないようだ。
 なんとなく、でも、不思議と離れられない、そんなものかもしれない。

 最初に行ったのは、1986年。
 就職も、まったく考えず、大学の卒業式にも出ず、のアフリカ行であった。
 何しに行ったか?と言うと、ジャングルの奥地に潜む怪獣を探しに行ったのである。
 2回にわたる探査の末、結局それは、見つからなかった。
 でも、今でも、何かが、いたのではないか、と、想っている。
 怪獣と言うと変だけど、人の手がまだ触れない、未知の何かがいても、おかしくはない。

 奥深い森林も、環境は激変している。

 時々、変な妄想に陥る。
 最後の怪獣が今まさに、死に絶えているのでは、ないかって。
 もう、遅いのかもしれない。
 チャンスが残されているのなら、再び、かの地に行って、いや、帰ってみたい。



3 幻の山

 
ルウェンゾリは、やはり幻の山なのかもしれない。

 今、アフリカにいる知人より、「ルウェンゾリは危ない」という、メールをもらった。
 ゲリラが出没している、そうだ。

 ルウェンゾリ国立公園は一時期、ブルンジ、ルワンダの難民が大挙してなだれ込み、
 樹木は薪となり、動物は食べ物と、なった。
 彼らだけが悪いわけでは、むろんない。
 アフリカの国々はどこもかしこも、荒廃している。

 遠因は、ソ連崩壊にまで、遡れる。
 大国同士の勝手な思惑。
 その微妙なバランスの中で、アフリカの社会と経済は成り立っていたのだ。
 現在のその混乱は、繰り返すが、そこに住む人々のせいだけ、ではありえない。

 とにかく、ルウェンゾリが危険なのは現実。
 どうするか?
 今回の事は、すべて水越氏の判断に任せている。
 雇い主なのだから、当然のこと。
 私はリスクは覚悟している。
 現場で働くのが私の仕事。

 怖くない、と言ったら嘘になる。
 最悪の事態を、望んで行く者はいまい。
 でも、チャンスがあるのなら「月の山脈」に挑みたい。

 オレは、バカだ、と思う。



4 チャドの子

 私はアフリカに子供がいる。
 
 むろん、実の子ではない。

 「緑のサヘル」というNGOで、チャドに行った時のこと。
 プロジェクトの立ち上げであったので、宿舎や事務所の建設から、手がけなければならない。
 仕事をしていると、ガードマンのカドルがやってきた。
 「ムッシューNONO、頼みがあるんだ」
 夜間の動物進入を防ぐために、ガードマンの一家は、我々と同じ敷地に住む事になっている。
 ただ、もし強盗が入ったら、手向かわず、逃げろ、と言ってある。危険だから。
 「なんだ、カドル」
 「昨日、子供が生まれた。男の子だ」
 「そりゃ、よかったな」
 「それで、あなたの名前を付けたい。ノノにしたい」
 「えぇ、ああ、いいよ」
 というワケで、アフリカにはノノがいる。
 同じ敷地で暮らしているので、ノノとは生まれた時から、一緒だった。
 私の申し子だ。

 ノノも8歳。
 さぞや賢く育っているかと、思いきや、洟垂らして、裸で遊びまわっているという。
 名前負けしたな。
 また、会いに行ってやるか。


 


                            


                           
月の山紀行2 

                           
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ノノとオレ