行き当たりばったり、でたとこ勝負の探検記(?)です。バカばっかりしてきたもんだ。
                               地平線通信(地平線会議)掲載

 小さい頃から、人と違ったコトをするのが好きだった。大学には一応行ったけど、社会にでてからも
まっとうな仕事に就く気はサラサラなかったのである。そこで探検部に入った訳だが、そこにはオレ以
上に変わった、パワーのある奴らがウジャウジャおった。
 そんな仲間の一人、木村浩行がある時、途方もない話を持ち込んできた。アフリカのジャングルに
潜む怪獣を探しに行くというのだ。
 怪獣!オレは怪獣が大好きである。ワケのわからんでっかいヤツが町を破壊しまくるカタルシス、分
析すればそんな所なのだろうか。理屈はどうでもいいが、ガキのころからこよなく怪獣を愛し続け、結
局そこから卒業できずに大人になってしまったようだ。
 木村の話によるとアフリカ、コンゴの奥地の湖に、ヘビのように首が長く、太い4本の足とやはり長い
尻尾を持ったブロントザウルス(現在ではアパトサウルスと呼ばれている)タイプの恐竜が隠れ棲んで
いると言うのだ。
 そんなのいるわけねーだろ、と一笑にふされそうなものだが、怪獣マニアのオレとしては見逃す手は
ない。オレが行かなきゃ誰が行く。気分はもう「ロストワールド」のチャレンジャー教授である。
しかもそいつ、コンゴドラゴンは現地名で
モケーレ=ムベンベと呼ばれ、川の流れを
せき止めるもの、という意味らしいが、実際
にはゾウよりも小さく、カバよりちょっとでかい
位の大きさであるという。(右図参照)
それくらいのサイズなら現実にいたっておか
しくはあるまい。
 ところが、である。発案者である木村が
1984年、利根川水上で激流下りの訓練中
遭難し、亡くなってしまった。同じボートに乗り
組みながら、オレは彼を助けられず生き残
った。もとよりオレはその業を一生背負って
いかなければならないと思っている。
 でも怪獣コンゴドラゴンの計画は彼のため
というよりも、もはや自分自身の夢であった。
アフリカへ行きたい、怪獣を探したい。そんな思いの中、大学を出ると同時に後輩と2人でコンゴへと
飛び出すことになったのだ。
 コンゴという国、実は日本大使館もない。入国できるかどうかすらわからないのである。そこで最初
はとにかく行って見る現地調査というところであった。まあ、すったもんだはありながらも、様々な人の
助けを得て入国することはできた。そして以前その湖に行き怪獣を見たと言うコンゴ人動物学者
アニャーニャ博士に会うこともかない、充分な成果をあげたと思う。
                                                               




























明日できるコトは今日やらない

その1 どこに行くやら探検部

その2 集結!怪獣探検隊

 帰国後、本調査にむけてやる気はあるものの、いっこうに準備は進まない。意あまって力足りずということだろうか。しかしよくしたもので素晴らしい協力者が現れてくれた。
未知動物研究家の高林篤治氏である。
 未知動物というのは未だに人間に発見、確認されていない、あるいはすでに絶滅したとされながら、実はまだ生き残っている生物達を指している。つまりネッシーや雪男などのことで、またマンモスやタスマニアタイガーなどもこれに含まれる。
よく日本ではUMA(Unidentified Mysterious Animal)と称されるが、これは和製造語で、欧米ではHidden Animal、隠れた動物と呼ばれ、国際未知動物学協会というものまである。(現在活動停止中)怪獣と言えばなんとも眉唾くさいが、学問としてまじめに取り組んでいる学者も大勢いる。コンゴドラゴン=モケーレ・ムベンベはこの筋で最も可能性の高いもののひとつとされているのだ。高林氏はこの分野で日本最古参の第一人者といってもいい方だった。と言うより他にそんなコト研究する人あんまりいないよなあ。
また、早稲田大学探検部もコンゴドラゴン探査を計画しており、合同で遠征することになった。まあ実は綿密に計画を練り上げていた早大の高野秀行君達の隊に便乗させてもらったというのが本当のところだったが。
 かくして1988年2月、高林氏、高野君はじめ総勢11名にもなる、物好き怪獣探検隊はアフリカのジャングルにむけ出発したのであった。





当時の新聞記事  1988年2月18日 東京新聞夕刊

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