はぁ〜こりゃいんこの歩み
〜あの頃を振り返って〜
始まり
1998年12月、相方冬神ポチと結成したインコラブサークル「はぁ〜こりゃいんこ」。結成8年を迎えるにあたってちょっと足跡を振り返ってみたいと思います。

ポチとはもともと古いインコ+マンガ友達でした。
私の方は高校以来同人誌とは縁がなかったのですが、彼女が偶然発見したペット同人誌をきっかけに'95頃からいっしょにコミケに通うようになりました。
同時に鳥アンソロジー本も市場に出回り始め一気に鳥マンガの虜に。
仕事の合い間にちまちまインコのイラストを描きつつ、
「いつか自分の鳥さんを漫画にしたいわネェ〜でも技量がねぇ〜」
なんて他所様の素敵な作品を眺めておりました。

決定的な出会いは、とあるコミケで突然やって来ました。

それまで見たこともないインコモチーフのブローチやアクセサリーが
コルクボード一杯に飾られ、それが瞬く間に消えてゆく!
そう、「ピヨピヨ(『インコ城の秘密』作者)」さんとの出会いでした。


ピヨピヨさんのインコブローチ。このかわいらしさに悩殺されました。

■ピヨピヨさんは「ねこのめ企画」という猫のサークルで『チビの日記帳』という
オリジナル漫画を描かれていました。その当時猫サークルではオリジナルグッズが
大盛況でしたが鳥はまだ少なく、「猫はあるのにインコが少ない。ないなら自分で
作る!」と一念発起しインコグッズを製作されたそうです。
ピヨピヨさんの作るインコたちは表情がとても愛らしく、市販のちょいと怖いインコの顔とは全く違った新しいものでした。

「私も参加したい!」
神の啓示(笑)

何かに落ちたような、いや、何かが落ちたような衝撃がびりびり走ったのを覚えています。この時本気で「何かを作りたい!」と思ったのです。

ずーずーしい私はピヨピヨさんに近づき、
「何で作ってらっしゃるのですか?」と質問。
今考えると非常に突拍子もなく、失礼な質問でした。
けれどピヨピヨさんは「オーブン粘土です」とさらっと答えて下さいました。
「オオー粘土か!」ここで私の粘土道も開かれることとなったのです。

サークル活動スタート
けれどコミケに参加するのはまだ先の話。
先ず始めにしたのがサークル名を決めること。
私が出したのは「楽ちん丸」(これにしないでよかった...)最終的にポチが
今の名前を出してくれました。

最初に参加したイベントは地元の画材屋が開催する参加費500円のコミケ。
この日に合わせ「ラミカしおり」「びんせん」「シール」を作成。
ラミカは機械を持っていなかったので知り合いにラミネートしてもらい、
便箋も同知り合いに印刷所を紹介してもらって便乗作成し、シールも同様...。
つくづく人の世話になっているなぁ。
そして、記念すべき粘土グッズ第1号がこの時できたのです。
インコキーホルダーでした。
インコキーホルダーができるまで
「オーブン粘土」を教えてもらったのはいいけれど家にオーブンがありませんでした。
そこでクラフト店で粘土本を立ち読みしまくり、自分に使える粘土がないか探し回りました。
この時本に載っていたのは高級感のある「樹脂粘土」と
素朴な風合いの「石粉粘土」が多く、自分の知識にあった「紙粘土」と
「油粘土」は小学校の工作レベルだったことがわかりました。
しかもどこにも鳥モチーフのお手本はなく、一体どの材料でどんな風にしたらいいのか
皆目見当つきません。そこで最初に購入した粘土はわりと安価な石粉粘土でした。
お手本のムック本(子供向けの入門書でした)を参考に、「横向きのインコ」で
形を作り、裏にマグネットをはめこんで乾燥させ、ヒビが入り(笑)
水で溶いた粘土を付け足して色塗り。画材はコピック(爆)。当然アルコールインクが
にじんで台無しに。次に使った画材は水彩絵の具。これもニス塗りの時に流れて
台無しに。
耐水性のアクリルカラーでないとダメだと分ったのは散々失敗したあとでした。

完成したインコマグネット第1号はやたら大作りで鳥には見えない代物でした。
それでもわが子めめぴょんをモデルにしたものですからそりゃぁもう、
出来上がったのが嬉しくて嬉しくてさっそく冷蔵庫に貼り付けました。
ところが。
「ずずず...」
落ちるじゃないか!
そう、マグネットのパワーに対し粘土がでかすぎたので重みでずり落ちてしまったの
です。がーん。「マグネットを2つにする」荒業で次の作品にチャレンジしましたが、
メモを間にはさむとやっぱりずり落ちてしまい、実用品にはなりませんでした。

次に思い切って樹脂粘土に挑戦しました。
ACアダプター1個ほどの大きさで1000円近くし、「もったいない、失敗できね〜」と
ビクビクしながらの製作でした。
が、この粘土、今まで使った石粉粘土よりもやわらかく形成が楽なのです。(高い材料はそれなりなんだな〜)と感動。子どもの頃、粘土を細くのばすことが出来ず「うんこ!」といじめられた事を思い出しながら、粘土いじりにしばし時間を忘れました。
乾燥後、頭に9ピンを刺しボールチェーンをつなげてキーホルダー完成!やったー!

「スポン!」

・・・ピンからインコが脱落。
ピンを刺してボンドでとめただけではダメでした(^_^;)
ここで母のお知恵を借りて試行錯誤し、振っても落ちないレベルに改良されて何とか完成〜!!
インコキーホルダー第1号でした。

それからコミケに出るまでの半年間は関東近郊のイベントに月1で出て修行しました。
中でも親バカONLY、COMITIAは思い出のあるイベントです。

親バカONLY
はぁ〜こりゃいんこがたくさんのことを学び、育ててもらったのが親バカONLYです。
先のイベントの後、ついに私とポチは同人誌を出しました。
『はぁ〜こりゃいんこ』創刊号。
漫画は全くの素人でしたから、「本にして出す」ことはとぉ〜っても度胸がいりました。
でもうちの子を自由に描いて、セリフをつけて漫画に創り上げる喜びは何とも言えなかったです〜。
1999年1月、新刊をひっさげて浦和コルソホールにて親バカONLY初参加。
周りにはコミケでずらーっと鳥スペースを固める常連サークルさんばかり!
うひょぉ〜ヾ(≧∇≦*)〃ヾ(*≧∇≦)〃
そして、恥ずかしげもなくこの新刊を...鉄面皮インコ組、葵先生に差し出し...
スケブをお願いしたのです!!
お菓子を差し入れしてスケブをお願いするならともかく、てめーの本かよ!
(イベント後、葵先生よりカードを頂戴いたしました。嬉しかったです。
 ありがとうございます。)
このときのグッズ新作はインコキーホルダーにマグネット。
ちょうど作りかけの写真があったので...


目がでかい〜コザクラのくちばしが黄色い〜手が遅いからつくりがでこぼこしてる〜
けど基本的な所は今と変わってないなぁ。
作業台がお古のまな板なので汚いっす。

■親バカで多くの先輩方と交流することができました。専ら作品のことよりお互いの
インコ・亀情報を交換していましたね〜「うちの子がこうで」「うちはこんなことする」
「ご飯は何?」「病院にいったほうがいいかしら」などなど。結局みなさん鳥さんが大好きで、それが創作の原点なんだな〜ということを実感しました。
また、ここでは「広報活動・接客マナー・魅せるディスプレイ」という今の活動の下地になる事柄も学びました。
季節ごとにテーマを決めて花や什器をアレンジすることもここでの経験が元になっています。といっても最近はテーブルクロスの色を変えるくらいでちょっとサボってるなぁ〜ははは〜(^_^;)
COMITIA
創作同人誌イベントCOMITIAは以前から参加したいなと思っていたイベントでした。
当初「大きなイベントに出れば少しは本も売れてくれるかも」といったいやらしい気持もあったのですがCOMITIAはそんなに甘くない!つーかしょっぱい!

99年5月が初参加でした。会場はこれまでのイベントと雰囲気が違って女性客が
少なく、人は通り過ぎるばかりで誰も自分のスペースに立ち寄ってくれないのです。
漫画のレベルも非常に高い。(ああ、完全に場違いだわ)と身を縮めてスペースでの時間をやり過ごしました。

そんな時声をかけてくださったのがリルカさんでした。
私の漫画をパラパラと見た後なんと購入してださり、
「思い切った事描きますネェ〜」とコメントを下さったのです。
自分の描いたものを読んでくださる方がいた!地獄に仏ってこういうこと?!
スーッと光が差したように思ったのを今でも鮮明に覚えています。

この想い出がどんなにその後の創作活動の支えになったかわかりません。
COMITIAではひたすらに漫画を追い求めました。
子供の頃好きだった少年マンガ、中学ではまったファンタジー、最近好きな日常物、
ありとあらゆるものがここにはあって「やっぱりマンガが好き〜」ということを再認識し、行くたびに「マンガ描くぞ!」って気持を奮い立たせた気がします。

■COMITIAでは親馬鹿倶楽部さん、ピヨピヨ(ねこのめ企画)さんとの交流もありました。親馬鹿倶楽部さんからはオフセット印刷のマンガの描き方を教わったり鳥さんの愉快なお話を聞かせていただいたり。
ピヨピヨさんとはスペースがお隣になり、初めてじっくりお話することが出来ました。
私のグッズの原点となった方です。常に人の出入りが絶えない賑やかなスペースで、
ピヨピヨさんご自身もと〜っても気さくでユニークな方でした。
たいてい一人でイベント参加していたので、(仲間がいるっていいな〜)と思ったものです。
コミックマーケット
99年夏、ついにコミケデビューしました!もう後には引けねぇぞ〜ってかんじ。この時本格的に粘土細工を作り始めました。


粘土で作った巾着に木とインコを入れたミニオブジェ。何とな〜く今の原型が...


植木鉢に怪しい観葉植物とセキセイ。


ミニチュア家具とインコの取り合わせはこの頃から

マンガは新刊を含めて3種、全てコピー本ですが表紙をカラーコピーしてプラ板を貼ったり切り抜き加工をしたり...いろいろ遊びゴゴロがありましたネェ。
この初参加のコミケで本が売れたのです。売れた数は僅かですがそれはもう嬉しかったです。さらに粘土グッズもあの通りへっぽこだったのに手にとってくださる方がいらして、「お、お名前を〜!!」って叫びたいくらい心の中で心臓バフバフいっていました。
これで同人を続ける方向へ人生がぐいーんと傾き加速度がつきました。
このときの日記にこんなことが書いてあります。

―この年齢で同人を始めたわけだがいつまで続くのだろうか?でも、子供の頃の夢が実現された感じ。やりたかったことが今できている―

まだやってるよ(爆)

個人的に、コミケほどシビアなイベントはないです。
まず、何が売れるか読めない。前回本が足りなくなったから、次回多めに搬入しよう〜とがんばって製本すると、山ほど余る。うちの本なんて売れネェよ、と新刊がない時に
限って「新しい本は?」と聞かれる。てんこもりにグッズを搬入すると閑古鳥が鳴く。よくわかりません!!
さらにお客様の反応がダイレクトにわかります。
スペース内にいるとよく聞こえるんですよ...(というか聞き耳立ててるのよ♪)
「かわいい!」というありがたい声、「壊れそう」「大きくて飾れない」「...(溜息)」
でもこれがいい刺激になり、いい反省材料にもなり、客観的に自分自身を振り返る
ことができるのです。
私が小さい頃から飯も忘れるくらい夢中になっていたマンガや物作りへの思い...
「何かを作りたい!」という気持ちはどんなに年をとっても変わりません。
これからもどんなに下手くそでも作り続けたいと思っています。

その後〜


メモ立て・ミニオブジェ


ちっこい家具とお花にインコの取り合わせが好きでした。


ストラップもこの頃から製作…まだ市販品に随分頼っていました。
セキセイが今よりも鳥っぽい〜。

■ここから現在までは猛烈に走りぬけた感じです。
その頃の思い出話についてはまたの機会に♪

現在、粘土のひらめきをくれたピヨピヨさんは一緒に酒を飲み、時に人生について鋭い突っ込みを下さる師匠的存在に。親バカONLYに参加されていた先輩サークルさんにも本当にお世話になっておりまして、常に前でお手本を示して下さり、私がへこたれている時にはさりげな〜く後ろから力を添えて下さったりもします。
そして忘れてはいけないのがずっと支え続けてくださったお客様。側にいてくれた
相方ポチ。家族。ペットたち。
いつも感謝の気持を忘れずに、これからも前を向いて進んで行きたいな〜と思っています。

2006.4.1 Alex

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