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GAW展閉会式 2000,8,20
皆さまからのメッセージがございましたら、こちらにお願い致します。ホームページに追加掲載させていただきます。
shouji@d3.dion.ne.jp 鯛の里

ただし、運営に関することは、GAW展公式サイトにお願い致します。
 http://GAW2.tripod.co.jp/
挨拶する山口事務局 藤木律子さん。お疲れ様。
開会式の会場に戻る
みんなで乾杯!お疲れ様。
これは誰? そう、例のときの久絽さんです。
新山住職の読経とみんなに見守られながら点火された西井さんの想いの詰まった家具。
大阪岩永さんとお嬢さん。またこの島で会いましょう。
挨拶をする西井一夫さん
海人くんの「G3」。西井さんとマリリンのアツ〜イ・・・・!? ウソウソ。影を演出しているのです。奥さまご心配なく。
多摩美の宇田川海人くん(左)。右は西藤さん。
会場を沸かせた美音(ビオ〜ン)パフォーマンスの豊島さん
盆口説きを踊る浜田まゆみさん(写りが悪くてゴメン)
一本締めをする西藤さん
嶋田さんの作品
司馬牛仁さんの作品
森岡純さんの作品
岡山から参加された谷道彦さん
地元実行委員会を代表して挨拶する新山住職
8月20日閉会式に再び集まった作家の皆さん
久絽代表の挨拶
ホームページ更新最終号にあたり


沖家室 鯛の里 松本です。

7月30日から開催されたGAW展も、8月20日で幕を閉じました。本当に皆さん、お疲れ様でした。本当に大変でしたね。この沖家室から少しでも生の情報をお伝え出来ればと思い、ホームページ「よう来たのんた沖家室」で掲載させていただきました。

この「GAW展パート2in沖家室」の評価なり総括につきましては、実行委員会から改めて報告されると思いますので、そのことは別にいたしまして、このホームページの内容について、不充分な点やあるいは励ましのことばをかけてくださった皆さんに、お詫びとお礼を申し上げる次第です。

当初は沖家室島からのリアルタイム情報として大きなことを言い、GAW展公式サイトを管理されているノモスデザインの三木さんに、リンクを貼っていただいたものの、実際にはホームページ更新もママならなくて、大変申し訳無く思っております。

また作品紹介にしましても、一部しか紹介できなくて、おまけに勝手な解釈のコメントを載せて、作家の皆さんで不快な思いをされたとすれば、すべてこのぼくの責任です。結果的に造形作品中心になりましたが、写真作品もとても素晴らしかったですが、やはり実際にこの島に来て見てほしい。そんな思いでした。

幸いに、「ホームページを見て、ぜひ来ようと思いました」と、わざわざプリントアウトをして、見学に訪れた方もいましたから、とてもうれしかったです。

高齢化日本一のこの沖家室で、前衛的な現代アートの展示は、対照的でもありながら、タイトルにあります「路地から路地へ」というコンセプトはピッタリあてはまっていたと思います。

振りかえれば、つい数日前のことが、遠い昔のように懐かしい感じがします。いろんなことが一杯あり過ぎて、ぜ〜んぶ忘れてしまいました(オ〜イ!コラコラ)。

この島は単に高齢化率が高いというだけではなくて、篤い信仰心に包まれたお年寄りの暮らす姿は、古臭いように見えて、実は前衛的でもあります。あの世とこの世が互いに交信しあっているのではないかとは、「大往生の島」を書いた佐野眞一さんの言葉ですが、そんな背景をも写し込んだ岡山の谷さんの「本浦楽土」は見事でした。一見たいへんオーソドックスに見えますが、世の中が開発だ、効率化だと右へ右へを流れる中、忘れられた生活や土地の中にこそ大切なものがあると訴えかける作品は、まさに前衛的と感じました。また、同じように、中国出身の氾さんの作品も、この島のそんな特色を色濃く反映させていた作品だと感じました。谷さんは、ゆくゆくは奥様とお遍路の旅に出るそうですが、どうか、お元気で、各地でいい出会いがあることをお祈りしています。また、氾さんはご縁にも広島のぼくの友人が氾さん中国語教室の生徒でした、またお会いする機会がありそうです。氾さんの笑顔は最高でしたね。

この島に渡り、小学校の前を通り過ぎると、真っ先に森岡純さんの作品が飛び込んできます。都会のビルに設営された大型スクリーンをそっくりそのまま持ってきたような大型写真パネルは、ひとつひとつが微妙にずれていて、この島が一つの心のように見えても、一人として同じではなくて構成されていることと重なって見えました。そして、そのスケールの大きさは、このGAW展が面白そうだと予感させるものでした。そういえば閉会式に出席するために、19日の真夜中に沖家室入りし、ウチで飲んで、そのまま座布団を敷き詰めて寝ていた姿を朝発見したときには、「どうしてここで寝てるんだ」と笑ってしまいました。

石の彫刻の司馬牛さん。あったのっけから但馬牛さんなどと呼んでゴメンナサイ。同じ県内にこんな作家の方がいらしたことがとても嬉しかったです。ホームページに司馬牛さんの作品を掲載するときは、作品は作者に似るものだと本当に思いました。「QC」バンドの前で、曲に合わせてのパフォーマンス。徐々にかがんでゆき、手まで地面に突っ込み、突き指してしまいましたね、良くなられました? また、会えますよね。泊清寺境内の司馬牛さんの石仏の子どもたちは、すっかりあの場所に馴染んでいます。

同じ県内の島田さんともよく飲みました。結局島田さんの作品の意味がつかめないままになってしまいました。でも、耕した畑に石灰をまき、その上にガラスを敷いた作品は、山と土地と空と人全体で捉えると、何か新しいものが芽生えてくるのかな? と想像を膨らませてくれます。理論整然と語る島田さんのひとつひとつの鋭い洞察力は、見事でした。また、お話ししたいです。

大阪の岩永さん。最終日にお嬢さんとこの島に訪れ、「お友達ですか?」と聞いたら、「娘です」といわれて、その若さに驚きました。ふわふわしたあったかみのある作品はあなたそのものです。でも、実は、堅い。そんな芯の強さを感じます。鋼線をからめた作品はそのままあの場所に残っています。いつかまた、この島の、あの場所に帰ってきてほしいとあの作品は願っているようです。

富山から参加された西藤さん。あなたとは一番よく飲み、一番よくお話ししました。あなたほど純粋で真剣で明るいかたは、そうはいないでしょう。版画製の屏風作品は、町の広報の表紙を飾り、新聞などにも大きくとりあげられました。その作品を、「島の皆さんに迷惑をお掛けしたから、この作品を見て、皆さんの心がなごむことに役立てていただければ幸いです」と次回作品展まで、この鯛の里においてくださることになりました。いつかもう一度この島での展示活動をしなければ、ぼくのGAW展は終わらないときっぱり言ったあなたに心から敬意を表します。

パフォーマンスでは、浜田まゆみさんも面白かったですね。夜中の防波堤でのパフォーマンスは、暗くて見えにくかったですが、「ミャ−、ミャ−」と奇声をあげ、ロウソクの明かりの間を通り過ぎて行くあなたの表情は幻想的でした。つまり、あなたそのものがアートなんですね。あなたのその魅惑的な存在は、多くの人と出会うほどに花開くと信じています。

そして、パフォーマンスで忘れてはならないのが、広島の豊島さんの美音(ビオ〜ン)。奇怪なコスチュームと奇怪な宇宙音で会場を沸かせました。あなたがいるのといないのでは、このGAW展の盛り上がり方も違ったものになってただろうと思えるほど、楽しくて印象的でした。広島だから、またどこかの会場でお目にかかれますよね。

このほか、多摩美術大の海人くん。地元出身の民俗学者 故宮本常一先生が名付け親ということで、特に印象が強いわけですが、決してそれだけではなくて、あなた自身が強烈な個性をもった宇田川海人くんです。真夜中のコンピューターグラフィック G3は楽しかった。(当事者しかわからない話ですみません)。ぼくがお願いした寄せ書きに「ぼくのルーツ沖家室」と書いたように、人生に迷ったり、壁にぶつかったときには、ふたたびこの沖家室に戻って、宮本先生の足跡に触れながら、原点に戻ってください。連日のスタッフへの炊き出し、ご苦労様でした。そして、同じく、多摩美のマリリンさん。あなたの笑顔は宝です。夜おそくスパゲティーをわざわざ届けてくれてありがとう。おいしかったです。

毎日新聞の西井さんとの出会いも勉強になりました。6日から沖家室入りし、閉会式まで逗留されたわけですが、ご本人の意向とは裏腹に、事務局のお手伝いとなりましたが、このGAW展が無事終わったのも、西井さんという精神安定剤(失礼!)があったからとぼくは思っています。お墓の前で一升瓶を脇において、星を見上げながら深夜まで語り合ったことは忘れません。19日には、西井さんが幼いときから使っていた机、本棚などをこの沖家室の浜で燃やしました。住みなれた東京のマンションの立ち退きに伴って、処分する場所をこの沖家室に選んだわけですが、普通ですと粗大ゴミとして引きとってもらったほうが簡単にもかかわらず、大切な想いが一杯詰まった物に対する感謝の気持ちには、胸に込み上げるものがありました。めらめらと燃える炎の中、新山住職の読経の横で手を会わす西井さんの姿は、いまでも心に焼き付いています。これからフリーの作家人生が始まるそうですが、どうか、いつまでも鋭い視点で世の中の不条理をあぶり出し、未来への明かりをを照らし続けてください。

それから、現役高校生で作品作りに取り組んだ、奥津綾幻さん。作品が会期中に無事にできるのかやきもきもしましたが、連日の徹夜作業という頑張りは、地元の皆さんも見守っていました。閉会式の他の作家の方の挨拶のなかで、「最後までやりとげた姿は立派でした」とたたえてくださったのが、なにより救いでした。ちゃんとみなさんも温かく見守ってくれてるんだって。あなたはまだ若い。だから、結果をうんぬんするよりも、過程が大切です。どうか、これからも、このたびの頑張りを忘れないで、羽ばたいてください。

このほかにも、たくさんの方とお会いしたわけですが、書ききれません。多摩美術大の海老塚先生、詩人の鈴木四郎康先生にもお会いすることができました。さまざまな出会いを可能にしてくれるこの島に感謝する思いです。

沖家室のお盆が、「星降る一夜の夢」であるならば、この夏のGAW展は、「真夏の夜の夢」でした。

どうか、この沖家室島でのGAW展がみなさんのこれからのご発展につながりますように願っています。

代表の久絽さん。三週間という長きに渡ってこの沖家室に逗留され、お疲れさまでした。「路地から路地へ」の発想はさすがでした。盆踊りの浴衣姿は美しかったです。それにしても、よく飲みましたね。(ハッキリ言って飲・み・す・ぎ!)。酔っ払って、大声で唄い、ぼくの腕を組みながら道路を闊歩されたときは正直いって恥かしかった。そのあとで、地元の人が「松本が酔っ払いを引いて歩いていた」と言ってました(ハッハッハ)。でも、それもこれも、今となってはいい想い出の一つです。これからも、日本のどこかの地で、埋もれた路地を大切にするプロデュース活動を願っています。

そして、最後に忘れてはならないのが、陰からこのGAW展を支えた山口大学の学生さんたちです。初日から台風による雨と風に見舞われたときは、始まったばかりなのにどうなるのだろうと、不安になりましたが、あなたがたの迅速な対応で乗りきりました。そして、炎天下の作品管理、夜遅くまでのスタッフの食事作りなど、本当にご苦労様でした。あなたたちがいたからこそ最後まで乗りきることができたと思います。そして、最後の最後まで、きちんと跡かたずけまでされたのもあなたがたでした。後始末も終わり、帰る間際に全員で挨拶に来られ、声をそろえて「お世話になりました」と笑顔を見せていただいたとき、本当に今までの疲れが吹っ飛んでしまいました。さすが奥津先生指導の学生さんなんだなあとしみじみ思いました。惜しみない拍手を贈ります。

その学生さんたちを我が子のように見守ってきた、地元事務局の藤木さん。本当にご苦労様でした。面倒見の良い人は、実務も長けているといいますが、藤木さんの行き届いた実務力は本当にすごいなあと思いました。

どうか、これから社会にでても、この沖家室でみせたように、重い荷物をもった人を見かけたら、どうそ一緒に持ってあげてください。困っている人を見かたら、一緒に考えてあげてください。そして、悲しそうにしている人を見かけたら、どうか、あなたたちのその素敵な笑顔をあげてください。

それでは、これにて、最後のホームページの更新とさせていただきます。長い間ありがとうございました。いつかまたお会いいたしましょう。