ユーゴスラヴィア史

我々は1991年、我々の国家を喪った。
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民族主義に走り、失敗し崩壊していった多民族国家、ユーゴスラヴィアの歴史です。
第二次大戦後最大の戦争となったユーゴ紛争はどうして起こったのか、
そしてどうして避けられなかったのかを考えます。

41.なぜユーゴ? 第1次大戦後、東欧で民族国家が誕生する中、ユーゴだけが3民族の連邦制を取った。
なぜ連邦制なのか?この疑問に始まり、セルビア・クロアチアが夢見た「南スラブ連邦」の話を紹介する。
43.マケドニア問題と国王独裁 バルカン諸民族の対立軸、マケドニア問題。そして中央集権、地方分権の対立。
ユーゴスラヴィア統一主義も受け入れられず、ユーゴは崩壊する。
44.チトーのユーゴ ソ連との対立から独自の道を歩むユーゴ。
その道は結局、1974年憲法という地方分権へと向かう。
45.崩壊と戦争 ユーゴスラヴィアの崩壊と、それによる内戦。
第二次大戦後最大の内戦を展望するとともに、今後の展望を紹介する。
46.あとがき あとがきと参考文献です。
62.ユーゴ「民衆革命」によせて 民衆の暴動によって倒れたミロシェビッチ政権。
なぜミロシェビッチ政権は倒れたのか、
そしてコシュトニッツァはセルビアをどうするのかを考える。
71.両大戦間期の東欧の問題点 ベルサイユ体制下の東欧諸国が、なぜナチスドイツに屈していったのかを考えます。
139.西部戦線の異状 「両大戦間期の東欧の問題点」の続編。ミュンヘン会談の英仏の弱腰の理由を考える。