あとがき

 最初にユーゴスラヴィアの拙いコンテンツを上げてから、もう7ヶ月になる。
 実のところ、まだ満足できる出来であるとは言えない。とくに第4コンテンツは、前半の複雑なうえに詳しく書く価値の見出せない内戦の経緯が多いわりに、後半のNATO空爆の経緯がほとんど語られてはいない。
 言い訳がましく聞こえるかもしれないが、これは私のせいではない。
 歴史関係の書物は、今そこにあることを述べることを忌諱する。歴史学は明らかに現代を避けているのだ。それは誤りを恐れるからかもしれないし、歴史の領域ではないと考えているからかもしれない。だがその結果として、現在そこにある危機に対して、誰もなにも語ろうとはしない。
 ジャーナリズム関係の書物は、今そこにあることを述べてはいる。だが、それはどちらかというと「そこにあること」のみに終始する傾向がある。戦争の映像や写真を見せてくれはするが、なぜその戦争が起こらざるを得なかったのか、回避する道はなかったのか、解決する道はないのかについては語ろうとはしない。
 結果として、手に入った本の多くは、「ユーゴが崩壊して内戦が起こった。人が死んだ。」という事実を述べ、見せるが、「なぜユーゴは崩壊したのか」「なぜ内戦が起こったのか」についてはおざなりである。
 戦争は人が死ぬ。戦争は忌諱されるべきものだ。そのようなことはむしろ常識ではないのか?我々は、「ボスニアで内戦が発生しました」という報道を聞いて、人が死ぬことを推測できないほど想像力に貧困なのか?
 別のところでも書いたが、反戦運動は「人を殺すな」とはいうが「戦争を避ける為にこうしたらいい」とは言わない。したがって説得力に欠ける。戦争で人が死ぬことは、当事者が一番知っている。当事者が戦争を避ける為に望んでいるのは、「人を殺すな」という声ではないのだ。
 このことは、太平洋戦争時の日本を思い浮かべてみれば分かることと思う。内には軍部独裁があり、外にはアメリカの進出との対立があった。太平洋戦争は誤りだったということは簡単だ。だが、ならどうすべきだったのかという議論を聞いたことはない。そのような内憂外患を解決できずに戦争に突入してしまったのであって、日本人が戦争大好きで殺し合いが大好きなトチ狂った人種であるから戦争に突入したのではないのに。
 私は歴史学を学ぶ身である。歴史学はなんの役に立つのか、と思う向きもあるだろう。しかし、紛争に対し、その原因を詳しく洞察でき、したがって解決方法にもっとも近いところにいるのは、歴史家ではないだろうか?そして、紛争を解決するためにわれわれがすべきなのは被害者の死を思い涙することではなく、紛争の原因を探り、解決手段を考察し、当事者に提示することである。

 9月24日、ユーゴスラヴィアでは大統領選挙が行われる。この10年、強硬に大セルビア主義に立って内戦を激化させたミロシェビッチが続投するのか、敗北するのか。
 諸外国は野党に表立った支援を出来ずにいる。NATO空爆でユーゴ人民の外国への不信感が募っているからだ。
 そして、劣勢が伝えられるミロシェビッチは、どういう行動に出るのか。某国のように人気取りのため侵略戦争を始めるのか。それとも、選挙で不正を働くのか。
 前者の道は、第三次バルカン戦争に続く可能性のある茨の道である。

参考文献

○参考になるだけの質・量を持つもの。ただし、コソヴォ空爆以前しか載っていない。

新版世界各国史18 バルカン史 柴宜弘・編 山川出版社
    バルカン半島諸国の通史。歴史学的観点に立っていて簡潔明瞭。もっともよく使った。

ユーゴ紛争 多民族・モザイク国家の悲劇 千田善・著 講談社現代新書
    ジャーナリズムの観点から見たもので、感情的・表面的に過ぎるように思われる。

バルカン ユーゴ悲劇の深層 加藤雅彦・著 日本経済新聞社
    バルカン半島の内戦を専門に扱っていて、感情的な観点が少なくていい。

○表・参考資料類

世界史年表・地図 吉川弘文館
    手に入りやすく詳しい。非常にお勧め。詳し過ぎるのが難点に思えることがある。

ユニオン世界地図 JUST NOW WORLD ATLAS
    索引が主な地名だけで、使えない。が、バルカン半島の大きな地図が載っていて見やすかった。

return to previous-page return to top-page