民族主義と少数民族

1.民族主義

 民族主義とは、民族という枠組みで国民を結束させる考え方である。
 この主義がどのような情勢下で生まれるのかについては「6.ギリシア人という概念」に詳しいのでそちらを参照して貰うこととして、ここでは真正面から民族主義の問題点について考えてみることにしたい。
 民族主義における問題点は非常に明白である。すなわち、少数民族の存在だ。
 少数民族は、民族主義国家においては(民主制によるにせよ独裁制によるにせよ)その意見が国政に反映される見込みが少ない。
 従って、少数民族は当然、現状に不満を抱く。
 そして、支配民族にとって危険な存在となる。独立運動を起こしテロに走ったり、国外勢力と結んで侵略を助長したりするからだ。
 存在自身が危険であるために、少数民族は常に迫害される恐れがある。
 迫害される恐れがある、あるいは明白に迫害されているが故に、少数民族は危険な存在となる。
 悪循環だ。

 少数民族と支配民族の対立は、大きな戦争ではなく紛争になるのが常であるが、時にはその火種が飛び火して大きな戦争に発展することもある。
 簡単な例では、第一次大戦はオーストリア・ハンガリー帝国における少数民族問題が火種となった。
 戦争とは巨大な国家事業である。基本的に、本当に利益とならない限り国家は戦争をしないはずである。
 いくら戦争によって産業が潤うと言っても、戦争をするということ自身が自分の血(=国民の命)を流しながら走るに等しいのだから。まあ、自国民の死なない戦争は大歓迎かも知れないが、国家は資本主義に立脚する前に民主主義に立脚すべきだと私は思っている。
 従って、国家にはある程度の自制が働く。だが、民族主義という火種は、その自制のたがを外してしまうことがあるのだ。

2.少数民族問題の解決方法

 少数民族問題を解決するには、以下のような方法が考えられる。

 まず最初に、少数民族が存在しないような国境の線引きを行うことだ。
 簡単に思いつくことだが、史上これに成功した例はない。
 まず、難民が国境を越えて移動することを忘れてはならない。民族抑圧の他に、経済的貧困が理由となって難民が発生することもある。貧困のために同一民族のいる故国を出ることもままあるのだ。
 また、遊牧民族は土地に縛られることが少ないため国境を越えて遊牧する。旧スペイン領西サハラという地域は、スペインの撤退後独立しようとしたが隣国のモロッコとモーリタニアの占領を受ける。モーリタニアの撤退後、国連の調停で住民投票が行われることとなったが、国民の大半が遊牧民であり住民登録が出来ない状況になっている。
 また、民族が別々に固まって住んでいるとは限らない。ボスニアの例が示すように、複数民族が一つの街に混じり合って住んでいて、それでも民族としてのアイデンティティを保っていることもある。

 二つ目に考えられるのは、少数民族と主要民族の融和である。
 この方法が最も現実的であり、何度も試みられている。だが、少数民族の主張を部分的にとはいえ容れるということは、実は民主主義の原則に反している。
 ここで多数の問題が出てくる。少数民族に特権を与えるということは、主要民族の不満を醸成することになるし、結局双方が完全に満足することがあり得ない以上、二民族の関係は複雑であり、危険であり、綱わたりようなものとなってしまう。
 従って、この方法が選ばれるのは、「他の方法が無理である、あるいは現実的ではない」から……つまり、消去法によって「一番マシ」と考えざるを得ないからである。
 だが、この方法が根本的に民族問題を解決したことはないのである。

 三つ目に考えられるのは、少数民族の消去である。
 多くの独裁的な国家が試みてきた方法であり、民族という概念の希薄な時代には成功を収めてきた方法である。
 成功例としては、中国史上多くの異民族が漢民族に同化され、消滅した事例をあげることが出来るだろう。
 だが、民族という概念が生まれることによって、とくに多数による少数の抑圧は、少数民族を団結させる一つの材料となる(「6.ギリシア人という概念」参照)から、この方法は不可能であると断じてよい。ただし、この方法が次に紹介する解決方法の起爆剤となることもある。

 最後の解決方法は、最も効果を上げてきた解決方法である。
 第二次大戦後領土を200km西へシフトさせたポーランドは、その分ドイツ人を少数民族として抱えるはずだったが、手元の資料によるとポーランド国民の98.5%がポーランド人である。
 理由は簡単だ。その200kmの部分に住んでいたドイツ人は難民と化してドイツ本国へと逃げたのだ。
 つまり、最後の方法は最初の方法の全く逆だ。……国境を民族にあわせるのではなく、民族を国境にあわせるのだ。民族紛争の起こった地域では多かれ少なかれ起こる現象で、第二次大戦によって東欧諸国の少数民族問題の多くが解決されたのである。
 もちろん、いうまでもないことだが、この方法は難民の発生を前提としているという点で粗悪で暴力的である。だが、これが一番効果的な方法であったのも事実である。

3.結局のところ

 前項であげた4つの方法は、平和的だが根本的な解決にならないものから、暴力的だが解決できるものへと並べてある。
 結局のところどうすればいいのかといわれると、私は答えに窮するのである。国境云々は夢物語に等しいから除くとしても、少数民族の消去や難民による少数民族整理は人道的見地から認められない。
 だが、根本的な解決を導き出したことのない二つ目の方法も、完全な解決を生めないという点では不適当な解答であろう。結局のところ、今の段階ではこの解答が「まだマシ」としか言えない。だがそれは、いつの日か民族主義が国家形成の主流でなくなるまで問題の先送りをしているだけなのかも知れないのだ。

○参考文献
 「ロシアは今日も荒れ模様」 米原万里、講談社文庫
 「新詳高等地図 初訂版」 帝国書院編集部・編、帝国書院

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