あ か し

2001年2月25日

おりにかなった助け

 ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか (ヘブル書4:16)


 「このごろ私はよく昔のことを思い出している。」と、子供たちに言うと、「お母さんもそれだけ年を取ったんだよ。もう婆婆。」と憎たらしいことを言われてしまう。(まぁ、何でも言って下さい。)

 でも本当に次から次へと思い出がよみがえって来る。その中で私は気がついたことがあった。それはいつも折りにかなった助け手がいたことだった。

 たった一人の受験の時に家の近所の人がいて話しかけられ友達になり、短大に入りその友達から多くの仲間ができました。そしてその仲間に助けられて無事卒業できました。採石会社に就職しここでも女一人であったが、恩師が私と同じ人がいて、その先輩に何でも教えてもらい、みんなからもよくしてもらえた。6年間本当に楽しかった。

 清田教会に初めて行った時もそうだった。知っている先生がいてびっくりしました。それからず−っと変わらない愛で接して下さっている小島先生、照子先生、兄弟姉妹たちの皆さんに心から感謝いたします。主人が倒れたときには多くの人に助けられ、今回の私の頸椎の手術の時に母が病に倒れ、本当に困っていた時に身内以上の世話をしてくれた友が現れ、本当に助けてもらいました。

 どうしてこんなにも私に助け手が与えられるのでしょうか。私の行く所行く所に必ず助け手がいます。きっと頼りない私のために神さまは守って助け手を与えてくださっていたのでしょう。

 「♪数えてみよ主の恵み」と歌っていたらなぜか涙があふれ出てきた。

 「きっと、これからも神さまはおりにかなった助け手をきっと与えて下さる。」という確信が来た。だから大胆に恵みの御座に近づこうと思う。

( R ・ O )