私たちのための羊飼い

牧師 小島 正義

 旧約聖書の詩編23から、特に一節から四節までの中で、羊と羊飼いの関係について考えてみましょう。羊と羊飼いはとても親密な関係にある。

 そしてこれはたとえ話である。羊は私たちを指しており、羊飼いはイエス様を意味している。

 羊(私たち)に関すること。「私たちには乏しいことがない」(1節)。その理由はなぜでしょうか。第一に私を緑の牧場に伏させて下さるから。

 緑の牧場とは何でしょうか。直接には羊の餌場(えさば)(豊かな牧草地)である。神は豊かな物質的供給をなさるお方である。神にある者の物と心の両面的な豊かさを示している。

 第二に私を憩いの水のほとりに伴われる。憩いの水とは何でしょうか。羊に対して水は重要なものである。それと同様に、私たちに対しても水は重要である。その事に関してイエス様はおっしゃいました。「この水(井戸水)を飲む者は誰でも、又渇きます。しかし、私が与える水を飲むものは誰でも、決して渇くことがありません。私が与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命への水がわき出ます。」(ヨハネ4の13〜14)。ここでイエス様は真に重要な水について言われたのである。私たちに必要な水はこの生命の水である。

 羊(私たち)に関するもう一つのことは、「私はわざわいを恐れない。」(4節)です。わざわいとは何でしょうか。それは死に直面するような危険です。死に至る病。おそってくる危険(災害、事故、苦労等々)。災いを恐れない理由は、第一にあなた(神)が私とともにいるから、つまり神が私たちと共存しているので、神が私たちを助けて下さるから。第二にあなたのむちと杖があるから。むちによる訓練。むちの痛みによる悪の認識。むちでたたかれて悪いと言うことを理解する。杖によって群よりそれるのを防ぐ。

 最後に羊飼い(神)が私たちにして下さることは、「私を義の道に導かれる」(三節)。このような愛情に満ちて親身な羊飼い(神)を知り、私たちと密接な関係を持っているこのお方と共に、この世を過ごしましょう。