生命のある人とは?

牧 師   小島正義

「御子を持つ者はいのちを持っており、

神の御子を持たない者はいのちを持っていません。」

(ヨハネ第T 5:12)

 
人間の生死の判定はどのようになされるのでしょうか。二つの面から考えることができます。第一に脳死という点から。脳の働きが止まってしまったことによって死の宣告がなされます。第二に心臓死という点から。心臓の鼓動が止まってしまったことによる死の判断。これが私たち人間の生死の判断です。

 では私たちの魂の生死の判定はどのようにして分かるのでしょうか。「御子(イエス)を持つ者は命を持っている。」という上の聖句から考えてみましょう。イエスを持っているその人の魂は生きています。しかし「御子を持たない者は命を持っていません」。イエスを持たないその人の魂は死んでいるのです。ここで言われている「命」は肉体の生命ではなく、神によって与えられる生命−永遠の生命−のことです。

 人間とは何でしょうか。聖書はこのように教えています。「人間とは水と血による者。」その血と水を持った者が永遠の生命とどのように関わりを持つかによって、真の人間とそうでない人間とになるのです。ですから私たちはイエスとの関係を持たなくてはならないのです。ではイエスとの関係を持つということは、どのようなことでしょうか。それはイエスを知ることです。イエスとはどのようなお方か?イエスは神人共有者。即ち彼は人であるとともに神なのです。「人である」ということはどういうことでしょうか。それは「イエスは私たちのことをよく知っている」ということです。私たちの弱さも、悩み(苦しみ)も試練も、罪もよく知り尽くしているということです。「神である」ということは、私たちをそのような問題や困難から救い出すことができるお方だということを教えています。だからこの御子(イエス)を私たちが持たなければならない必要性が生じて来ているのです。

 最後にこの御子(イエス)を持つための条件を述べましょう。先ず第一に自分は罪人であると認める(認罪)こと。第二にこの御子であるイエスさまを自分の救い主として信じ受け入れることです。このことによって確実にあなたの魂は生ける者となります。