罪のない者

牧 師  小島 正義

「あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい。」 

(ヨハネ書8−7)


 姦淫を犯した女の処遇にについてのエビソ−ドです。パリサイ人と律法学者が姦淫の現場で捕まえた女をイエスさまのもとに連れてきました。そしてその女に対する処罰について、イエスさまに質問をします。その女は大変恥ずかしい思いをしています。彼女は明らかに罪を犯した女でした。

 パリサイ人とその仲間たちの考えは、「モ−セの十戒に従って厳しく裁きたい」。モ−セの十戒によると姦淫は最大の罪で、その罪は死を持って報いなければなりません。それは恐ろしい石打ちの刑でした。しかしあらゆる罪のもたらす報いはすべて死です。「罪から来る報酬は死です。」(ロ−マ書6−23)

 この姦淫の女に対してイエスさまに求められた答えは「あなたはなんと言われますか」。それに対してイエスさまは「あなたがたのうちで罪のない者が最初に彼女に石を投げなさい」と言われました。ところが、そのときそこには大勢の人々が周りにいたのですが、聖書はこのように描写しています。「彼らはそれを(イエスの答え)を聞くと、年長者たちから始めて、一人ひとり出て行き、イエスがひとり残された。」(ヨハネ書8−9)。このことはこの世に罪のない者は唯一人としていないということを実証しています。さらに聖書の証言を見ると「凡ての人は、罪を犯したので神からの栄誉を受けることがてきず・・・・」(ロ−マ書3−23)と宣言しています。私もあなたも神の前ではこの女のように罪人なのです。例外の人は一人もいません。

 次に罪人に対するイエスさまの取り扱いを見ましょう。イエスさまはこの女に対してどのような処罰を撮られたでしょうか。イエスはこの女を厳しく罰したでしょうか。罰しないで、この女の罪を許して下さいました。イエスさまはなぜ罪を許すことが可能なのでしょうか。それはイエスというお方の存在によります。イエスさまは世の光である。イエスさまの前にはどのような罪も照らし出され明らかにされてしまう。そしてイエスに従う者は消してやみ(罪)の中を歩みません。むしろイエスによって命の光を持つことができるのです。いつもイエスさまと共に歩み、罪の無い者でありましょう。