神を恐れる人生

牧師  小島 正義

 

「 主を恐れよ。その聖徒たちよ。彼を恐れる者には乏しいことはないからだ。」

(詩編34:9)

 

 私たち人間のしていることは、神を恐れず、人間を恐れている。

 私たちが人間を恐れている理由の一つは、彼らの暴力のためである。人間の暴力は動物よりも恐ろしい。動物は人間のように残酷ではない。現在では子どもたちの暴力が益々エスカレ−トし、社会問題化している。子供たちは何でもかんでも手当たり次第に破壊していく。学校内の物や家庭内の物を次から次へと壊している。このことは教師や親に恐怖をあたえている。又、大人の暴力、凶器による暴力が多い。ピストル、包丁、ナイフ等々。私達の周りにある物が凡て凶器となり得る。この大人の暴力の故に私達は恐れている。

 私達が人間を恐れているもう一つの理由は、彼らの持っている優れた頭脳力(知識力)の故である。これは人間を恐れているというより人間を崇拝しているのである。最近の科学のトップ(最先端)を示している物はコンビュタ−とレザ−光線である。コンビュタ−についてはコンビュタ−の技術の進歩の度合い−それが速いか遅いか−によって、その国の産業の優劣さがわかる。又、その国の産業の発展に大きなを影響与える。そのような背景より産業スパイ事件が起ったのである。レザ−については、レザ−光線の開発進歩によって私たちの産業は大きく変わる。たとえば医学の世界では,レザ−メスが用いられ大きな成果を上げている。また、マスメデアの世界では、新聞では活字の植字にレザ−が用いられている。TVや通信にはレザ−が用いられている。このような理由によって私達人間を恐れているが、神はそれ以上のお方である。私達が神を恐れない理由は、先ずこの真の神を知らないからである。この神様のことを知ったなら私達は最も神を恐れるようになります。神を恐れない理由のもう一つは、私達自らの魂のことを考えないからである。私達の魂と神とは深い関わりがある。私達は神を 恐れることにより私達の人世は乏しくならないし、神によって私達の凡てが満たされるのである。