まっすぐに見える道の先

牧 師  小島 正 義

  

「人の目にはまっすぐに見える道がある。その道の終わりは死の道である。」

(箴言14−12)

  

 私たちの人生観は楽観人生論ではないでしょうか。上の聖句はその楽観人生論に対する警告である。たいがいの人は私の人生はまっすぐな道である。と思っている。果たしてそうでしょうか。

  「人の目には」というところを文語訳聖書では「人のみづから見て」と訳しています。すなわち自分の目からはどう映るか。それは主観的であって客観的ではない。独断的である。又、「まっすぐに見える道」の「まっすぐに」というところは英訳聖書では「正しい」と訳されている。私の人生は正しい道である。その理由は、私はまじめであるから。私は一生懸命に歩んでいるから。それに私の人生は自分の道が真っ暗な人とは、殺人者、重病の人、莫大な借金を追った人。そしてこのような人々は例外的な人生を歩んでいる人々である。ふつうの私達の人生はまっすぐな(正しい)道である。と考えている。

 楽観人生論者の例が聖書の別の箇所に出ているのでその例を見てみましょう。あるラッキ−な人がいた。何の問題もない。−不幸な事や困ったこと−。むしろ幸福な人。自分の畑が豊作であった。自分の道はまっすぐで順調に行っている。彼の状態について次のように描写「魂よ。これから先何年分もいっぱい物がためられた。さあ、安心して食べて飲んで楽しめ」。この中に彼の期待が述べられている。人は物事が順調に行っているとき、この先も順調と仮定し不調や不幸は想定しない。しかし、彼にとってまっすぐに見える道の先の問題に気がつかなかった。彼に対して神の声があった。まずかれ自信に関して、「愚か者」と呼ばれた。神を持たぬ者は凡て愚か者である。それに彼の将来は死に至る道である。神は彼に対して「おまえの魂は、今夜おまえから取り去られる。」と言っているからである。彼の楽観人生論はこのように死(滅び)に至る人生でした。あなたはどうでしょうか。どうぞこのような人生ではなくキリストにある人生を送ってください。キリストを知り、キリストを信じた人生へ!