| ユダヤ新年(詳しく) |
| 天地創造から5772年
תשע"ב |
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イスラエルの祝祭日は西暦ではなく、ユダヤ歴によります。 |
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ユダヤ暦とは簡単に言うと天地創造から何年かという数え方です。 |
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さらに、西暦のように太陽暦ではなく太陰暦です。 |
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ちなみに現在は5771年、そして9月29日から始まる新年には、5772年になります。 |
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もっともイスラエル人の多くは本当に天地創造から5772年と信じているわけではありません。 |
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中には信じている人もいますが。 |
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伝統というものが、科学的説明よりも力をもっていることをよく知っていると言った方がいいでしょう。 |
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神様によって始められた天地創造が出発点である、 |
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という意識がユダヤ人のアイデンティティーの源泉なのです。 |
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伝統に立ち、伝統に寄り添って生き抜いて来たからこそ、 |
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バビロン捕囚を乗り越え、ローマによって国が滅ぼされても民族精神は滅びるどころか、 |
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かえって発展しました。 |
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ナチによるホロコーストすらユダヤ民族を滅ぼすことができませんでした。 |
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ユダヤ人は、この大事な祭りである「ユダヤ新年」をいったいどのようにして過ごしているのでしょうか。 |
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| 2011年9月29日が新年 |
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ユダヤ暦による新年は9月28日の日没からです。 |
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2日間続きますから、9月29日と30日が新年になります。 |
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ちなみに新年最初の月はティシュレイ(תִּשְׁרֵי)と呼ばれます。 |
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| ユダヤ暦の表示法 |
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5772年をヘブライ数字で表すと
תשע"ב |
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全部足すと、771になります。 |
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5000は1000年に一回しか変えませんから、表記しません。 |
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| ヘブライ語では「ロッシュ・ハシャナー」 |
| 日本語 |
ヘブライ語 |
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| 「年」 |
שָׁנָה |
シャナー (shana)
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「頭、始め」 |
רֹאשׁ |
ロッシュ (rosh)
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| 「年頭、新年」 |
רֹאשׁ
הַשָׁנָה |
ロッシュ・ハシャナー |
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| エレヴ・ロッシュ・ハシャナーという概念 ערב
ראש השנה |
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新年が始まる夕方は、ヘブライ語の「エレヴ(夕方)」という言葉から、 |
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「エレヴ・ロッシュ・ハシャナー」とも呼ばれます。 |
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新年を迎える夕という意味から発展して、 |
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この一日を「エレヴ・ロッシュ・ハシャナー」と呼びます。 |
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今年の「エレヴ・ロッシュ・ハシャナー」は9月8日(金)になります。 |
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新年を迎えるあわただしさと、うれしさにあふれた一日です。 |
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| ユダヤ新年の食べ物
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りんごとハチミツ
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| 実りの季節の象徴であるりんごにハチミツをつけて、 |
| 「シャナー・トヴァー・ウメトゥカー」(良き甘き年でありますように)と祝福します。 |
| שָׁנָה
טוֹבָה
וּמְתוּקָה |
| 食事のデザートは「リフタン」と呼ばれるりんごのコンポートがよく出されます。 |
| ユダヤ神秘思想によれば、りんごは神様の臨在(シェキナー)を表すとも言われています。 |
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まるいパン |
| 新年の2日間は、シャバット(安息日)と同じように |
| ハラー(חַלָּה
Hallah)と呼ばれるパンを使って聖別の祈り(キドゥーシュ)が行われます。 |
| ただし、新年のパンは王冠をイメージした丸い形のパンが使われます。 |
| 神の王冠とも言われるべき日だからです。 |
| また、1年を丸くスムーズに過ごせますようにという意味も含まれています。 |
| ふだんはパンの聖別の祈りをした後、パンに塩を振り掛けて食するのですが、 |
| 新年はパンにハチミツをつけて食べる習慣になっています。 |
| 「甘き、良き1年でありますように」という願いの表れです。 |
パンにはちみつをつける食べ方は、仮庵の祭(スコット)の終わり、
スィムハット・トーラーまで行われます。 |
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ざくろ
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| (一般的説明) |
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新年のくだものとしては、りんごの他にざくろを食べる習慣があります。 |
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ざくろのように実がいっぱいに詰まった年でありますようにとの願いが込められています。 |
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日本のかずのこに似た考え方です。 |
| (宗教的説明) |
| ざくろには実がいっぱい詰まっているように、 |
| 数々の善行と美徳が神様に覚えられますようにという願いが込められています。 |
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魚料理 |
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新年の食卓は決まって魚料理を食べます。 |
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特に家長は「頭」の部分をいただき、 |
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「我々は頭であって、尻尾にはなりませんように」という祝福を唱えながらそれを食べます。 |
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ヨーロッパ系ユダヤ人の家庭では、 |
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「ゲフィルテ・フィッシュ」と呼ばれる魚をミンチにして団子状に丸めて煮た料理を
食べるところもあります。 |
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| 魂の清算の時 |
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新しい年を迎えるとは、過ぎ去って行く年の清算をする時でもあります。 |
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旧約聖書の箴言にこんな言葉があります。 |
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「自分の罪を隠す者は栄えることがない。 |
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言い表して捨て去る者はあわれみを受ける」(箴言28:13)。 |
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そこで新年の1月前(エルールの月の1日)から新年(ティシュレイ月の1日)、 |
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そして贖罪日(ヨム・キプール、ティシュレイ月の10日)までの40日間は、 |
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ヤミーム・ノライーム(畏れの日々)と呼ばれています。 |
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特に新年から贖罪日までの10日間は、「悔い改めの日々、立ち帰りの日々」
とみなされ、 |
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過ぎし年に犯した罪の許しを求めて祈る時なのです。 |
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| タルムードの解説 |
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「魂の清算」について、タルムードの中にこのような言葉があります。 |
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ラビ・ケルスペダイはラビ・ヨハナンの言葉を引用して言う、 |
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「新年には3冊の本が天で開かれる。1冊は「全き義人の書(生命の書)」。 |
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もう1冊は「悪人の書(死の書)」、そして残りは「どちらでもない人の書」である。 |
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全き義人は即座に「生命の書」にその名前が記される。 |
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全き悪人は「死の書」に名前が記される。 |
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しかし、どちらとも判断がつかない者は、新年から贖罪日までの間に行いを正せば、 |
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「生命の書」に記され、 |
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そうでなければ「死の書」に記される。 |
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(バビロニア・タルムード、ロッシュ・ハシャナー16b) |
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そこでこの時期は、「סְלִיחוֹתスリホット」と呼ばれる罪の許しを請う祈りが毎朝なされます。 |
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| 新年の象徴は「角笛」 |
| 新年の祈りで一番厳粛な瞬間は、角笛の音を聞く時です。 |
| 旧約聖書の民数記に次のように記されています。 |
| あなたがたの喜びの日、あなたがたの祝いの時、 |
| あなたがたの月々の第1日に、あなたがたの燔祭と酬恩祭の犠牲をささげるに当たって、 |
| ラッパを吹き鳴らさなければならない。 |
| あなたがたの神は、それによって、あなたがたを覚えられるであろう。 |
| 私はあなたがたの神、主である
(10:10) |
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さらに民数記29:1には、 |
| 7月には、その月の第1日に聖会を開かなければならない。 |
| なんの労役もしてはならない。 |
| これはあなたがたがラッパを吹く日である。 |
| とあります。 |
| (解説:7月というのは、ニサンの月から数えた数え方の場合で、つまりティシュレイの月のこと)。 |
| この「ラッパ」という部分が拡大解釈されて「角笛」と理解されたのです。 |
| (拡大解釈の理由は下記の「聖書では「ラッパを吹く日」?」を参照) |
| これは単に新年の明け染めを伝えるためではありません。 |
| 角笛の音は、神と人間の関係の象徴として見なされているからです。 |
| そして、その関係を思い出し、神に悔い改めて立ち帰ることを促すためです。 |
| されに、角笛には次のような意味合いが込められています。 |

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| 角笛はイサクの燔祭を覚えるため |
| ラビ・アバフーは言う、 |
| 「なぜ新年には雄羊の角笛を吹き鳴らすのか。神は言われた、 |
| 『私の前に角笛を吹き鳴らせ。アブラハムの子イサクの燔祭を覚え、 |
| あなたがたが私の前にあたかも自分自身を捧げたかのように見なすであろう』」 |
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(バビロニア・タルムード、ロッシュ・ハシャナー16b) |
| ユダヤ新年の朝、シナゴーグでは角笛が吹き鳴らされます。 |
| この時、その場にいる1人1人が、 |
| アブラハムの信仰を思い起こし、信仰のあるべき姿を心深く刻むのです。 |
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| 新年? 第7月? |
| 旧約聖書を読むと、新年について次のように記されています。(民数記29章1節) |
| 7月には、その月の第1日はあなたがたには聖会の日である。 |
| どんな労働もしてはならない。 |
| これはあなたがたにとってラッパを吹く日である。 |
| 新年なのに、どうして7月なのでしょうか。 |
| それは、旧約聖書中の月の数え方は、ニサンの月を起点として月を数えているからです。 |
| 旧約聖書中の王様の在位なども、ニサンの月を起点として数えます。 |
| しかし、天地創造からの年数はティシュレイ月を起点にしています。 |
| そこで、ユダヤ新年は7月になります。 |
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| 聖書では「ラッパを吹く日」? |
| 旧約聖書では「ラッパ」と訳されていますが、原文の「תרועה
(テルアー)」は吹くこと自体を表す言葉で、口で吹いて音を出す楽器であればいいことになります。「ラッパ」とも考えられるし、他の楽器の可能性もあるわけです。
そこでラビたちは、贖罪日を控えた新年に最も相応しい楽器は何かという問いの答えを、「ヨベルの年」について記したレビ記25章に求めました。
「あなたは安息年を7たび、7年を7回数えよ。7回目の安息年は49年である。あなたはその第7月の10日の贖罪日に角笛を鳴り響かせよ
שופר
תרועה」(レビ記25章8〜9)
ここでは、「תרועה」という言葉が「角笛
שופר」と共に使われています。そこで「角笛」がよいという結論を導きだしました。 |
| レビ記の他の記事でも |
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第7月の1日は、あなたがたの全き休みの日、ラッパを吹き鳴らす記念日、聖会である。
(レビ記23章24節) |
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| なぜ「角笛」は特別な意味を持つようになったのか。 |
| 「角笛」の音は、一定の音階を連続して吹くための楽器ではありません。吹き方によって微妙に音階がぶれてきます。その独特な破れた音が、人々の心に悪しき衝動を押さえ、天の心を行うように促すからです。
また雄羊の角は曲がっているので、天に対して心を曲げる、高ぶらない心を表します。
人間は耳で聞き、目で見ることを通して、物事を理解し、いろいろな行為を行います。そこで、形が曲がっていて、衝動を抑える音が出る雄羊の角笛が選ばれたのです。
この理解の上に上記の「イサクの燔祭」の意味が加えられました。
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| 「大払い タシュリフ תשליך」 アシュケナージ系ユダヤ人の伝統(一部のスファラディ) |
| 新年の1日の午後、川や池、泉、海など水があるところに出ていって、神様の前に罪を洗い流してくれるように懇願する「タシュリフ」と呼ばれる祈りをします。この祈りの時に、旧約聖書ミカ書7章18〜19節が読まれます。
あなたのような神があるでしょうか。とがを許し、自分のものである残りの者のために罪を見過ごし、怒りをいつまでも持ち続けません。いつくしみを喜ばれるからです。もう一度私たちを憐れみ、私たちの咎を押さえつけてくださいます。あなたは全ての罪を海の深みに投げ入れてくださいます。
この「あなたは投げ入れてくれます」の部分が「タシュリフ」というヘブライ語で、この祈り自体をこの名称で呼ぶようになりました。聖書時代からの習慣ではなく、14世紀にドイツで始まったと推測されています。
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