宮崎県西諸県郡須木村

主な銘柄

 芋焼酎「宗一郎」

 芋焼酎「ラブチュー村一番」

 栗焼酎「美栗」

訪問:平成13年7月29日

「宗一郎」との出会い

この蔵の焼酎との最初の出会いは、宮崎・えびの高原のレストハウス。そのお土産コーナーの一角は、お約束の焼酎コーナーである。そこにすき酒造の焼酎、「宗一郎」が並んでいた。

このコーナーの親切なところは試飲スペースの充実。テーブルがひとつ置かれ、5銘柄ほどの試飲焼酎とカップ、それにポットが添えられているという気配りのよさ。えびのの地焼酎「明月」などと並んで「宗一郎」も試飲に供されていた。係の人もいなかったので、勝手に試飲させてもらった。しばらくして、観光客のおじさんが話し掛けてきた。


芋焼酎「宗一郎」

「焼酎、好きなのかね」

今回ここに来たのは、この鹿児島側、霧島の麓の佐藤酒造を見学に来たついでであることを話した。この人、観光客のようだったが、話しぶりからすると宮崎の人みたいだった。しばらくその人と宮崎の焼酎のことなどを話しながら、次から次へと焼酎を注いでは「試飲」していった。そのうち、試飲コーナーはすっかりスタンド飲み屋の様相を呈してきた。横で後輩があきれていた。

「そんなに飲みますかね、普通。」

許せ後輩。そこに山があるから登山家が登るように、そこに焼酎があるから飲むのだよ、のん兵衛は。そんな調子で飲んでいたので、飲んだことがあると言いながらも、「宗一郎」の味はほとんど記憶に残っていなかった。今回はちゃんと味あわないと・・・。


山岳縦走の果て

えびのでの出会いから2年が経とうとしていた。県最北の高千穂町をスタートした今回の宮崎縦断焼酎蔵見学の最後の目的地がすき酒造である。高千穂町から、諸塚村、椎葉村、西米良村、そして須木村と、宮崎の山岳地帯の縦断。そこらじゅうに落石があるし、「離合不可能」つまりすれ違えません、なんて看板が当たり前のように出てくる国道265号。そんな山岳縦走の悪戦苦闘を終え、ようやく須木村(すきそん)にたどり着いた。さて、これから蔵を探さなければならない。須木村にあるということだけで細かい住所は持っていなかったのだ。

しかし、そんなに心配はしていなかった。役場の建物は立派だが、さすがにそんなに広大な村落ではない。それに、これまでの経験から、大体、焼酎屋は集落の中心からそんなに外れたところにはない。あとは煙突を探せばいいのである。案の定、村の中心からさほど離れていないところに、すき酒造はあった。


緑濃き国道265号

村の焼酎屋

まず目に飛込んできたのが、「村一番」の看板であった。いかにも村の焼酎屋という面持ちである。当主の田中宗長さんが応対してくださった。初代が京都からこの地に移られ、ご主人が3代目だそうだ。

宮崎のうちでも、鹿児島に近い都城やえびのは芋焼酎圏になる。隣接するここ須木も消費のメインは芋焼酎だ。この蔵の焼酎の銘柄名は、以前は「須木焼酎」といった。地域名を冠することを法的に保護された名称では当然ないが、須木村の名を冠した焼酎、村の焼酎としてこれ以上はないだろうという名前である。

そして現在、看板銘柄は「ラブチュー村一番」という。これで吹き出してはいけない。「須木→すき→好き→ラブ」の連想から取ったと思われるこのネーミング。この村が大好き、村一番、という村への愛着を思わせるこの銘柄名は、村への思い入れ度では「須木焼酎」を超えていると言っていいだろう。


個性的なネーミング

この蔵には、他にも思わず微笑んでしまうネーミングが目白押しだ。

例えば「大須木」

これはもう説明の必要はないだろう。ラブチュー路線がわかってしまえば「だいすき」と抵抗なく読める。

ではこれはどうだろうか。「美栗」

これは難しいかも知れない。これで「びっくり」と読む。名前から容易に察しがつくが、これは栗焼酎である。さすがに栗だけで仕込むわけにもいかず麦も使われている。

さて、ユニークなネーミングの中にあって、あまりに普通すぎる銘柄、「宗一郎」

これは先代のお名前だそうだ。初代かと思っていたがそうではないらしい。本田技研の創始者、本田宗一郎氏との連想から、ホンダ関係の人に売れたという、どこで聞いたのかも忘れてしまった曖昧な噂を、ご主人にぶつけてみた。

「聞いたことありませんね」

にこやかに、でも、あっさり否定されてしまった。質問している本人も、そんなことなかろうと思って聞いているんだからこれは仕方がない。


栗焼酎「美栗」

栗焼酎

宮崎では他にもいくつかある栗焼酎だが、一般的には珍しいのでご主人に少し突っ込んで聞いてみた。

まず、なぜ栗なのか。答えは簡単だった。栗は須木村の特産品なんだそうだ。うんうん、やはりここは村の焼酎屋である。

栗焼酎はどうも仕込みのイメージが湧かない。栗は殻ごとつぶして仕込むのか、と質問した。まさか、いちいち皮をむくようなことはないだろうと思い、敢えて殻ごとつぶして、と聞いたのだが、そのまさかないだろうと思っていた答えが返ってきた。

「鬼皮はもちろん、渋皮に至るまですべて手でむいています」

いちいち手でむいているとは。あの小さい粒を醸造に耐えるそれなりの量まで手むきするということは、ちょっと想像してみただけでもかなり大変そうである。

この栗焼酎の10数年貯蔵したものが蔵の片隅の甕に寝かされている。それを試飲させていただいた。蒸かしたさつまいもに栗のような甘味を感じることがあるが、両者のでんぷん質には通ずるところがあるのだろうか、この栗焼酎、芋焼酎に似た感じの味わいであった。


昔ながら

さて、話を焼酎造りに移そう。この蔵の特徴を挙げるとすると、「昔ながら」ということだろうか。麹を手づくりするとか、甕仕込みとか、他の蔵でセールス・ポイントのように語られるキーワードが、この蔵にとってはどれも当たり前に、普通に行われているのである。先程の栗の皮むきにしてもそうだ。

とにかく、道具が軒並み「昔ながら」である。麹はレンガ造りの麹室で、しかも、もろ蓋を使って作る。米を蒸すのも甑(こしき)である。仕込むのは甕だし、甕貯蔵もする。

芋を洗う棒、洗濯機の撹拌棒のように手で回して使う、それが壁に掛かっていたが、さすがにそれは現役ではなかった。

 
蒸米に使う甑

これがしっかり現役だった

普通の苦労

この時は造りは行われていなかったので、もろ蓋が麹室の壁に整然と並べられ、来たるべき仕込みに備えて静かにその時を待っていた。今はこのもろ蓋を使って麹を作るところは少ない。手づくりの苦労を伺いたくて、このもろ蓋での麹作りの作業の話に水を向けた。するとご主人は、作業の様子を淡々と話し始めた。

「桝で米をこうやって取り分けてですね・・・」

ご主人の話の中に苦労という字が微塵も感じられない。大体、大変なことを話す時には振りが大きくなったり話し方に抑揚が付いたりと、ニュアンスが伝わるものだ。しかし、この苦労を苦労と思っていない話しぶり、何ということだ。いや、苦労を敢えて表に出していないだけなのだろうか。


赤レンガ造りの麹室

以前はこの蔵にも黒瀬杜氏が来ていたそうだ。ご主人は6年間、その杜氏さんに付いて焼酎づくりを学んだという。そして今はご自身が杜氏を務める。

「教えてもらったことをやってるだけですから。」

一般の人が苦労と思うことも、そういうものだと思ってずっとやってきているから、そうは思わないということだろうか。ともかく、万事がこの調子なのだ。



なぜかまっすぐ並んでいない。

ゆったりとした時の後で

蔵の中を一通り見学させてもらった後、表の売店に行って焼酎を買い求めた。焼酎が並ぶ小さな売店でご主人と向かい合うと、その物腰の軟らかさも手伝って、ゆったりとした村の焼酎屋の雰囲気が空間を支配した。同行したけんじさんが、ワンカップ焼酎を買っていたのは、もしかしてここに「角打ち」の居心地の良さを感じ取ったのかも知れない。

穏やかなご主人の笑顔に見送られ、私たちはほのぼのとした気持ちで、須木村の焼酎屋を後にした。