88)自由と権利    トップページ

憲法の中には、「自由」と「権利」が規定されている。自由と権利はどんな関係にあるのだろう。私の理解を述べたい。

「自由」としては、「表現の自由」「思想良心の自由」「信教の自由」「学問の自由」などがある。「権利」としては「教育を受ける権利」「裁判を受ける権利」「「幸福追求権」などがある。

両者の違いは何かと聞かれたら、どう答えるだろうか。なにか気づくことはないだろうか。そう、自由の方が権利より人間の内側というか身近というか根源的というか、とにかく空気のように必要なものだ。何かを考えることを強制されたり、何かを表現することを制限されたり、神や仏を信じることを強いられるはたまらない。こんな当たり前のことが「自由」として憲法に保障されているのだ。

なぜなのか。それは、こんな身近な「自由」さえ権力により制限されてきた歴史があるからだ。フランスの人権宣言まで遡らなくても、日本の歴史を見ただけでも、事例はいくらでも見つかる。

第二次世界大戦中の治安維持法1条は「国体を変革することを目的として結社を組織したる者は……死刑または無期もしくは7年以下の懲役…」、10条は「私有財産制度を否認することを目的として結社を組織したる者……10年以下の懲役…」。要するに、天皇制に反対したり、共産主義を支持するような言動は警察による取締りの対象になった。表現の自由もへったくれもなかったわけだ。戦前には、新聞紙法というものもあり、秩序を乱すような記事は掲載できなかった。

また、思想良心の自由や信教の自由のような内面的なことでも圧力をかけることはできる。有名な踏み絵だ。江戸時代、切支丹(キリスト教徒)を取り締まるため、キリストやマリアの像を踏ませた。戦時中は、国家神道があたかも国教のようにみなされ、他の宗教は弾圧を受けた。

さらに、天皇機関説事件というのもあった。東大教授の美濃部達吉は、天皇は国家の最高機関であるという考え方をとっていた。今からみれば、明治憲法下の天皇が国家の最高機関だったということは全然不自然ではないが、当時は主権は天皇にあるとされていたので、大問題になった。主権は国家にあり、天皇はその機関であるとは何たる説かというわけだ。美濃部は貴族院議員の辞任に追い込まれ、著書「逐条憲法精義」などが発売禁止処分になった。自由な学問研究ができる状況ではなかった。

自由が人の存在に極めて身近なのに対し、権利は社会の存在を前提に認められている「できる」という能力だ。教育を受けることができる。裁判を受けることができる。幸福を追求することができる。全部、社会の中で意味をもつ「できる」だ。それらは法律により保障されるものだ。自由は権利の「できる」以上に広い。「してもいいし、しなくてもいい。それは他者に強制されることはない」という意味だからだ。

こうしてみてくると、権利の中身は自由であると言える。もともとは自由であったものが、社会という共存生活の中で放任するだけでは実現できない「自由」を、法律により枠付けし、意識付けし「権利」にまで高めたものと言えると思う。

たとえば、プライバシーの権利というものがある。もともとは、「他者に干渉されず、放っておいてもらう」権利であり、自由に近いものだった。それが今では、行政が保有する個人情報を開示させたり、誤りを修正させたりする「個人情報の扱いをコントロールする権利」と意識され、肖像権という内容も含む「権利」になっている。「権利」は社会の進展とともに進化すると言えるだろう。

このような考えに立つと、自由と責任、権利と義務という対概念がよりはっきりと理解できないだろうか。憲法改正が議論される中で、社会の変化とともに「権利」の中身を拡充すること、裏を返せば「義務」を見直すことはあってよいと思う。しかし、憲法の中心をなす「自由」の保障規定は、その歴史を踏まえ軽率にいじるべきではない。あくまで個人の責任に任せられる部分なのだ。

そして、憲法の平和主義、三権分立、違憲審査権などの統治の基本が、「自由」を保障し、国家権力を制限する規範の体系であることを考えると、憲法改正には慎重であるべきであり、十分な議論が必要だろう。

【2004/5/3】