自由舎外について

 レースマンなら誰しも総合優勝をするのが目標です。でも、仕事との両立、鳩舎環境、地理 
的ハンデを抱えながら、レースを戦わざるをえないのは、鳩レースの宿命です。
 私の鳩舎は、大阪府下ながら、ほとんど京都よりに位置する最も距離が短い鳩舎です。で 
す から、レースの日には、私の鳩が帰還しても、同時に上空を他鳩舎の鳩が通過すれば勝つ
ことは出来ません。
 それでも何とか一生に一度でいいから総合優勝をしてみたい。総合優勝出来たら、鳩の飼 
育をやめてもいい。と本気で考えていました。しかしながら、現実は正に夢のまた夢。人に言 
っても笑われるような弱小鳩舎です。どうすれば勝てるのか、自分をとことん追い詰めて、考 
えに考えた末にたどりついたのが自由舎外でした。他にも、いろいろなテクニックや方法があ 
るとは思いますが、自分にとって最高の方法を選択できた結果だと信じています。
 ご意見もあるかとは思いますが、ご一読いただければ幸いです。
 自分の狙いのレースを極端に特化し、秋のシーズン、春の500キロまでを訓練とみなして、 
完全に捨ててかかることは、非常にリスクが大きく、通常なら実行できるものではありませんで 
したが、捨て身で獲得したこの使翔法が、皆様の参考となれば幸いです。


我鳩舎の上空を通り過ぎていくレース鳩の集団。高圧電線の間をすり抜けて行
くので、衝突事故もしばしば目撃します。


 自由舎外に関する一考察

 本稿は、平成11年5月 全西日本木造グランプリ800キロレースにおいて、レース歴15年目 
に初めての総合優勝を成し遂げることが出来た大きな要因となった自由舎外について、シー 
ズンをふりかえり、とりまとめたものである。(当鳩舎は、同じ方法をもって、翌12年には700 
k 総合4位、13年には800k当日総合優勝、14年には800k当日総合6、8位を獲得した。)

1.自由舎外の定義について
 自由舎外とは、一般に鳩舎の出舎口と入舎口を1日中開け放しておき、選手鳩を自由に出 
入りさせることによって舎外運動を行わせる舎外方法である。 旗を振ることにより一定時間 
の飛翔を強制的に行う強制舎外と対極にあたる。一般に強制舎外の飛翔時間が1時間位を 
目安とするが、自由舎外の場合、飛翔時間は選手鳩の飛翔に対する欲求に正比例すること 
と なり、調子の悪い鳩や高齢の鳩の飛翔時間は微少となりうる。

2.自由舎外導入の経緯
 自由舎外導入のきっかけは、決して身近に大きな成功例があったというものではない。
 平成5年に自宅の建て替えと同時に鳩舎を新築。その際、C社取り扱いのスプートニク型の 
飛び込みトラップを備え付けた。前鳩舎において入舎が悪く、悔しい目をしたことが何度もあっ 
たことと、スプートニク型トラップはベルギー製で非常に体裁がよいことが選定理由であった。 
スプートニクは確かに入舎が早く、新鳩舎での初レースである小松200キロレースで支部2 
位、翌シーズン秋の200キロレースでは、支部初優勝、春の同レースにおいても連続支部優 
勝を遂げることが出来たので、一応の成果があったと考える。しかしながら、一つあたりの入 
り 口が大きすぎるため、内側から選手鳩が飛び出してしまう欠点があった。


C社取り扱いスプートニク型入出舎口(ベルギー製)


矢野鳩舎全景 (100%自作であるのが自慢です。住宅地内なので、外から鳩は見えなくな
る ように設計。電線事故による犠牲が多い。)


私の住んでいる梶原3丁目の航空写真です。裏には山地が迫り、猛禽類もよく来襲します。


 平成9年の春季レースに参加していた鳩のうち、1羽の小柄な雌鳩がいた。この鳩は光風デ 
ルバール系で同腹にて2羽同時に迷い込んだ仔鳩のうちの1羽で、飼主に連絡して譲ってい 
た だいた鳩である。この鳩は小柄な体を生かして入舎口から自由に外へ飛び出し、勝手に自 
由 舎外を行っていた。当時は、「流石に迷い込み鳩だけあって土鳩のようなやつだ。」と考え
て いたのである。ところが、この鳩が奇跡を起こした。本荘700キロレースにおいて当日ギリ
ギリの 夕方6時半(かなり暗かった)に帰り、支部2位、総合8位に入賞したのである。
 本件を師匠の山下氏に報告すると、「自由舎外は近所からのクレームが出る恐れがあるこ 
とから実行できなかったが最強の舎外方法であり、自由舎外でレースを戦うことが夢であっ 
た。 鳩は個々のコンディションに合わせて運動するので状態の悪い鳩には無理がかからず、 
状態 のよい鳩は1日中運動することが出来る。また、鳩は降りたり飛んだりを繰り返すことに 
より筋 力トレーニングを行うことになる。なぜなら、一番負荷のかかる運動は飛び立ちである 
から だ。」とコメントされた。また、同支部の強豪鳩舎の舎外方法は、「夜のうちに出舎口を開 
けて おき、早朝の暗い時間から鳩を飛ばしている。」とのことであった。800キロや1000キロ
以上 の長距離レースにおいてもめざましい実績のある強豪鳩舎のコメントは、当日夕方の暗 
闇に おいても飛びつづけ、翌日早朝に他鳩舎に比べ飛び立つ時間の早い選手鳩の育成につ
なが り、700〜1000キロレースにおける成功を示唆するものであった。
 短、中距離のスピードレースでの総合優勝の実現に疑問を持ち暗中模索を続けていた私に 
とって、当日ギリギリ、若しくは翌朝の日の出と同時帰還の7〜800キロのレースなら、勝機 
が あるのではないかと、一筋の光が見えたように思った。

3.自由舎外導入への準備と実施方法
 しかしながら、自由舎外は山下氏のコメントどおり住宅地は不向きな環境である。それを踏 
ま えたうえで、スムーズな導入を行うため、次の手順を考えた。
 * 導入時期は、鳩の少ない時期とするため、春のレースがある程度進み在舎鳩の数が少 
   なくなってからとしたい。つまり、4月中旬以降に実施するものとする。
 * 自由舎外を行う期間は春レース期間中とする。鳩が換羽中である夏場は絶対に行わない
   こととする。
 * 通常、作出については、一番仔は2月中旬孵化を目途としていたが、ヒナ鳩が自由舎
   外に参加することによるトラブルを避けるため、3月後半以降に遅らせる。  
   そのうえ、ヒナ鳩の初舎外を生後55日以降(小生の鳩舎は3階の屋上にあることか
   ら、完全に手羽が伸びてからでないと鳩舎に戻れなくなる鳩が多い。)とすることで、
   5月中旬の800キロレースの持ち寄り以降とする。
 * 雨や風の日にも舎外を行う。ただし、持ち寄り3日前からは鳩を濡らしたくないので、 
   舎外は中止とし出舎口は閉めておくこととする。ただし、雪の日には絶対に中止はし 
   ない。
 * 方法は、カラス等害鳥の鳩舎への侵入が危惧されるので、スプートニクの入舎口下側
   にある出舎口を開けておくこととする。
 
4.自由舎外を導入して
 自由舎外の本格的導入は平成10年の春レースの後半からとなった。平成10年の春は仕 
事 が特に忙しく、精神的にも時間的にも、また肉体的にも余裕がない時期であった。急な会議
により持ち寄りに間に合わなかったり、給餌も満足に出来ない日が続きレース成績は惨憺た 
る状況であった。それでも予定通り自由舎外を600キロレース前より実施した。当時の在舎 
鳩は9羽であり、自由舎外による近所からのクレームは心配のない範囲と判断出来た。また、 
作出についても予定どおり例年に比べ遅らせた。
 自由舎外に切り替えたところ、鳩は早朝、日中、夕方に自主的に運動を行うこととなり、舎 
外 時間の総量は大きくなった。ただし、その内容はスピードに乗っているとか、高飛びをして遠
征するといったものではなく、特筆すべきものではない。
 自由舎外の効果が出たのはやはり700キロレースであった。700キロレースには4羽参加 
しうち1羽は当日支部4位、総合12位に入賞、他2羽が翌日帰還した。次の1000キロレース 
では薬の与えすぎにより全鳩未帰還となったが、800キロレースでは5羽参加、700キロの 
入賞鳩が翌朝帰還、支部2位、総合8位に入賞し、他翌日1羽、3日目1羽が帰還した。
 平成11年春のシーズンを迎えるにあたり、自由舎外への切り替え時期を思い切って前年の 
11月末とした。1年で最も舎外の飛翔時間が伸びるこの時期に選手鳩を鍛え上げたいと考え 
たのである。スタートは30羽。無記録で種鳩とした鳩が6羽いたので、36羽の舎外となった。 
手探り状態であったが、1週間位で鳩が慣れると日中は舎外に出ない鳩が大半を占め、舎外 
に出ても出舎口や入舎口の近辺で日光浴をしている程度であった。ところが、朝はかなり暗 
い 時間より出舎する鳩は2時間以上飛び、自分では1日中外へ出ない鳩との二極化が進むこ
ととなった。舎外時間の大小が肉付きの差として表面化したころにはレースシーズンに突入し 
ており、実際の戦力となる鳩は一部のみとなり成績は上がらない。「こんなはずでは。」と焦っ 
て無理な訓練を行った結果、選手鳩を失う悪循環に陥ってしまった。仕事は例年どおり忙しく 
毎日の帰宅は日付が変わっており、600キロレースも会議により不参加となってしまった。レ 
ースの参加を断念しようかとも考えたが、選手鳩も12羽残っているうえ、卵は毎日孵ってい 
く。初 心に戻りたいと思い、鳩を飼い始めた高校時代の飼育日誌を読んだりしていた。
 冷静に観察すると、常に外にいる鳩に肉付きの悪い鳩が多くなっていることが判った。朝、 
既に運動している鳩を呼び込まずに餌をまくため、餌が均等に行き渡っていないことが原因と 
考えられた。簡単なことなのだが、全く気がつかなかったのだ。
 また、無精となった老鳩を選手鳩鳩舎に収容したため営巣できる場所を独占されてしまい、 
外泊する鳩が目立ち始めた。すぐに舎外を一週間以上中止し、麻の実を食い込ませ、とにか 
く 重くなっても構わないと考え肉の再生に努めた。
 迎えた700キロレースには11羽を投入したが、半数以上は肉が再生しておらず、本来は参 
加を見合わせた方がよい鳩であった。しかしながら、当日0の耐久レースとなったにもかわら 
ず、翌日支部3位、総合11位と支部9位に入賞出来た。肉の回復した鳩から順番に帰ってき 
たように感じた。なお、3位の鳩は急いで帰宅したところ、すでに採餌は終わって止まり木で休 
んでいたものであり、実際は総合シングル入賞は確実。自由舎外による朝の飛び立ち時間の 
早さが証明出来たレース展開ではあったが、日延べレースの悲しさが最も大事なところで露 
呈 した結果でもあった。
 「なんて無駄な努力を続けているのだろう。」ゴールデンウィークを前にして、700キロレース 
の結果にがっかりした小生の鳩に対する熱意は益々落ち込んで行った。そして、こともあろう 
にこの大事な時期にバイクで九州鹿児島県へ旅行に行ってしまった。3泊4日の間の管理は 
弟に任せることとなり、餌は余っても構わないので多目にやるよう指示をした。舎外は自由舎 
外としておいた。今考えると、かなり投げやりな精神状態であったと思う。レースシーズン中の 
連休に長期に家をあけたことは、これまで、どんなに成績が上がらなかった時にも、一度もな 
かったのだから。
 帰宅してみると、鳩の様子は変わっていた。700キロ当日入賞の2羽はキールが手にあた 
る 程肉落ちして、外で営巣しているのか夜には鳩舎からいなくなる。反面、3日目以降に帰っ 
た2 羽の鳩は肉の張りがこれまでになく良い状態で、舎外に出ては1日中飛びつづけている 
かと思 うと、餌を撒くと餓鬼のように食べ、一番に水を飲み、止まり木で休んでいる。
 本来、最も期待の出きる700キロ当日組が調子を崩していることから、翌日から3日間舎外 
を中止した後、頭脳とスピード感を取り戻させる為、滋賀県今津から90キロの訓練を行った。 
持ち寄りまでの間は朝のみ出舎口を開けておき、給餌後には閉めることにより運動の総量を 
減らしてエネルギーの蓄積に努めた。
 800キロレースの持ち寄り時の印象は、やはり後日組の肉付きが素晴らしく今年一番の状 
態に感じた。特にキールが折れている灰の雄鳩は違う鳩かと勘違いするほどエネルギーが感 
じられた。手羽にはピンホールこそ開いているが、フラットマークがはっきり出ている。また、 
雨 覆羽も全て外に出ている。しかしながら、キールが折れていることがどうしても気になりマー 
ク はできず、思ったように肉が回復していない700キロ3位の鳩とした。
 800キロレースには過去に当日レースもあるのだが、天気図を見ると困難な展開が予想さ 
れた。翌日は朝から土砂降りの雨で、日がさし始めた昼を過ぎても連盟全体で1羽の帰還鳩 
もいない。しかしながら、15時01分、ブザーが鳴り、前述のキールの折れた雄鳩が帰還し 
た。 雄鳩は意外に元気で、なかなかつかまらない。肉も落ちておらず、2〜3日の休養で次の 
レー スに飛ばせそうに思えた。
 審査会場へ行くと、16時過ぎに他支部で1羽の記録があり、17時台になって各支部で10 
羽 程度の記録があったことが判った。小生の鳩舎は距離が近いこともあり、支部優勝と総合 
3位くらいの成績を予想し満足していた。分速が500メートル台であることから、少しぐらいの 
時間では安心出来ないのである。総合優勝の決定を聞かされたときも半信半疑であった。

YSプロミス号 98−2109 B ♂ 矢野裕之作翔
1999年オール西日本グランプリレース800k総合優勝  
雑誌「愛鳩の友」2001年11月号より転載
腰の太さ、背線の美しさが自慢です。


5.総合優勝と自由舎外の関係
 一応の結果が出たと思える700キロ、800キロレースの展開はいずれも翌日レースであっ 
た。翌日レースの場合、前日の夕方にどこまで鳩が飛び、どのような場所で夜営するか、また 
翌朝の飛び立ち時間が、重要な要素となる。
 自由舎外に慣れた小生の鳩舎の鳩は、夕方の暗い時間も舎外で飛び続けており、また早 
朝 暗いうちから飛び立つ。過去、暗い時間に慣れていない鳩を無理に舎外に出すと、恐怖を 
感じ るのか低空を凄いスピードで飛び、電線に衝突して多くの鳩を失っている経験から考えて 
も自 由舎外を行うことにより鳩は暗闇に慣れるのではないかと考える。
 また、自由舎外を行うと、鳩は温度が高く飛び難い日中でも運動を続ける。このレースにお 
い て翌日朝は雨だった。雨上がりの最も湿度と温度が高くて飛び立ち難い時間である日中に 
お いて、飛び立ち時間の早さが帰舎時間の差に現れたのだと考えている。優勝鳩はキール
の ハンデもあり決してスピードのある鳩ではない。それはこれまでの翔歴を見れば一目瞭然
である。
 また、一つだけ付け加えると、翌日レースで活躍した鳩は、後日帰りの経験を持ったものが 
多いと感じる。すでに夜営の仕方を学習しているものと考える。

6.自由舎外の欠点
 素晴らしい結果をもたらした自由舎外にも欠点がある。小生が感じた欠点を挙げてみる。
 * スピードに乗った舎外は続き難い。また、旗を振ると遠いところの電柱に止まる鳩が出てく
   る。
 * 鳩舎内に営巣出来ない場合、外で営巣をする。
 * 迷い込み鳩や土鳩、スズメのみならず、ヒヨドリや百舌の訪問が極端に増え、病気感
   染の恐れが非常に高くなる。
 * 出舎口付近で鳩が日光浴を行うので、糞で汚れる。
 * 換羽を伴う秋レースには絶対に実行出来ない。
 * 怪我、失踪する鳩が極端に増加し、効率がかなり悪い。(秋の最終レース経験鳩も失踪し
   てしまうことが多い)
 
7.自由舎外の今後の課題
 今シーズンは終始自由舎外を行った。最後に目論見どおりの結果は出たものの、短、中距 
離レースでの惨憺たる成績には恥ずかしいものがある。しかしながら、自由舎外が短、中距 
離 レースに不向きと結論付けるのは早計である。昨年秋には同じクラブの鳩舎が自由舎外に
より300キロレースで支部優勝を遂げており、現在のやり方に何かをプラスαすることで、対 
応可能となるはずだ。今後は全距離、全天候のレースにも対応出来る方法を模索したい。
 しかしながら、現在の行きすぎた短、中距離の晴天、スピード指向により帰還率の低下が嘆 
かれる鳩レース界において、時代の流れを見据えて最初から悪天候、長距離レースでの勝利 
を意識した自由舎外への移行による総合優勝は、己の判断と決断により成し遂げられたもの 
であり、堂々と胸を張れると我ながら満足している。
 飼育環境も厳しく、思った調整は難しいが、比較的楽な飼育方法である自由舎外によって、 
悪天候、長距離レースにおいて1シーズンに一度は見せ場を作りたいと思う。
 なお、今回の総合優勝は、決して自由舎外だけで勝ち取ったものではなく、YS系という血 
統の力(在来のほうが、自由舎外に向いている? 当舎では輸入系では成果が出ていな 
い。)、諸先輩方の指導、家族の協力、天気まわりによる土曜日の放鳩、全てが運というタイミ 
ングによって合致して初めて成し遂げることが出来たのだと考えていることを申し添え、筆を 
置くこととする。 

(本稿については、多くのレースマンから、ご意見をいただき、誠に感謝しております。なかに
は、鳩レース界のプロジェクトXという過大な評価もいただきました。私自身は、弱小公立高校
野球部の甲子園出場をイメージしています。)

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