1966(昭和41)年6月30日、静岡県清水市(現静岡市)で一家4人の殺人放火事件が起きました。

 元プロボクサーで、再起を期して働いていた袴田巌さんは、身に覚えのない罪で犯人とされ、死刑を宣告されてしまいました。

 巌さんは43年間も拘置所に閉じ込められたまま、無実を訴えています。しかし、巌さんの精神はもう限界にきています。長い間、家族もなかなか面会できない状態でした。

 袴田巌さんの再審を実現し、一刻も早く獄中から救い出すために、どうぞみなさまのお力をお貸し下さい。

189-0003
東京都東村山市久米川町1-50-1-4-401
 門間気付 TEL&FAX: 042-394-4127
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   (◎を@に置き換えてメールして下さい。
    迷惑メール対策のため、ご協力をお願いします)

        

        署名活動にご協力下さい!


   2008年4月25日、第2次再審請求が静岡地裁に申し立てられました。
  日本において、死刑囚の再審は戦後4件。それ以降は1件も通っておらず、
  たいへん厳しい状態です。袴田巌さんの無実を訴える人々の声を、もっと
  裁判所に届けなければなりません。「救う会」では、新たに署名集めを始
  めています。獄中生活43年、73才となった袴田さんに残された時間は、
  あまり多くはありません。袴田巌さんの再審実現のために、ひとりでも多
  くの方々のご協力をお願い致します。
     「袴田巌さんの再審開始を求める請願書」PDF
    
 〈署名用紙の入手方法〉
   ・上の(PDF)をクリックしてから印刷して下さい。(A4横1枚です)
    ダウンロード出来ない場合は、メールに「署名用紙希望」と書いて
    お送り下さい。(WindowsかMacをご指定ください)
   ・郵送ご希望の方。
      ご住所、お名前をお知らせください(出来ればFAX、メールで)
   ・FAXご希望の方。
      FAX番号をお知らせ下さい。感熱紙の場合は、コピーしてから
      ご記入下さい。

   袴田巌さんの再審請求事件の最高裁決定に対する抗議声明


 最高裁判所第二小法廷(今井功、津野修、中川了滋、古田佑紀各裁判官)は、3月24日付で、袴田巌さんの再審請求特別抗告を棄却する決定を下した。

 4人の裁判官は、事実と真実を精査するどころか、むしろねじ曲げ、検察の主張を丸のみにし、静岡地裁、東京高裁が不都合な新証拠は判断しないという判断遺脱の憲法違反をおかしてきた事実を容認している。司法の最高権威の誇りを自ら捨てたその罪は、厳しく断罪されなければならない。

 一家4人殺害、放火事件(いわゆる袴田事件)は、事件発生後1年2ヶ月もたってから、犯行現場に近い味噌だるから5点の衣類が発見され、再度の捜索で発見された「とも布」を決定的証拠として、死刑判決が言い渡された。しかし、当時袴田さんの母親は、「あるとすれば喪章じゃないかね」と、「とも布」の存在は認めていない。また、犯行凶器のくり小刀を売ったとされる店主は、警察官から「本人がお宅で買ったと言っている」と言われ、犯罪的誘導があったことを証言している(補充書K提出済み)。また、一審の裁判官、熊本典道氏の陳述書を添えた上申書も提出したが、最高裁は全く触れていない。今や司法は、自ら考える力を失った脳死状態に陥っているとしか言いようがない。司法の独立性と正義を取り戻すためにも、一刻も早い再審開始決定を強く望む。

 「袴田巌さんを救う会」は、1980年、最高裁で上告が棄却された日に創設され、現在に至るまで「警察、検察によってでっち上げられた無実の死刑囚袴田巌さんに再審無罪を」の共通認識のもとに運動してきた。我々は、袴田巌さんの無実を晴らし、自由を取り戻すため、更なる再審運動を国の内外を問わず展開する。


  2008年4月4日


           無実の死刑囚・元プロボクサー袴田巌さんを救う会
                      代 表 門 間 正 輝


袴田事件で第2次再審請求=「早く決着を」と姉−静岡地裁

                        2008/04/25  時事通信

 静岡県清水市(現静岡市)で1966年、みそ製造会社専務一家4人が殺害された「袴田事件」で、強盗殺人などの罪で死刑が確定し、最高裁で再審請求を退けられた元プロボクサー袴田巌死刑囚(72)の弁護団は25日、第2次再審請求を静岡地裁に申し立てた。

 袴田死刑囚は長期間の拘置による拘禁症状で心神喪失状態だとして、姉秀子さん(75)が再審請求申立人となった。秀子さんは記者会見し「第1次再審請求は結論まで27年かかったが、今度は早く決着を付けてほしい」と話した。西嶋勝彦弁護団長は「無罪判決が出るまで戦い続けたい」と決意を語った。

        〜最高裁、特別抗告棄却に関する報道〜
 

「袴田事件」再審認めず 最高裁が特別抗告棄却 朝日新聞 2008年03月25日14時02分

 静岡県で66年に一家4人が殺害された事件で、最高裁第二小法廷(今井功裁判長)は、強盗殺人や放火などの罪で死刑判決が確定した後に再審を開くよう求めていた元プロボクサー袴田巌死刑囚(72)の特別抗告を棄却する決定をした。24日付。袴田死刑囚を犯人とした確定判決の事実認定に疑いはないと判断した。静岡地裁、東京高裁と同様に再審開始を認めなかった。
 事件は66年6月30日未明に、静岡県清水市(現静岡市)のみそ製造会社専務・橋本藤雄さん(当時41)宅が全焼。焼け跡から藤雄さん、妻(同39)、次女(同17)、長男(同14)の遺体がみつかり、4人とも胸や背中に多数の刺し傷があった。同年8月にみそ工場の従業員だった袴田死刑囚が逮捕された。
 公判では一貫して無罪を主張したが、一審・静岡地裁は68年9月に死刑を言い渡し、東京高裁、最高裁も支持して80年11月に死刑が確定した。81年4月に袴田死刑囚が静岡地裁に再審請求した。


<袴田事件>再審請求認めず 最高裁が抗告棄却決定 毎日新聞 3月25日14時54分配信

 66年に静岡県で起きた「袴田事件」で、強盗殺人などの罪で死刑が確定した元プロボクサー、袴田巌死刑囚(72)の再審請求について、最高裁第2小法廷(今井功裁判長)は24日付で、弁護側の特別抗告を棄却する決定を出した。81年の請求から27年を経て、再審を開始しないことが確定した。弁護側は第2次再審請求をする方針。
 小法廷は「憲法違反など特別抗告できる理由がない」と棄却の理由を述べた。さらに、弁護側提出の新証拠を含む全証拠を総合して、再審を開始すべきかどうか職権で検討したが「無罪を言い渡すべき明らかな証拠がない」と判断した。
 弁護側は、被害者の血痕が付いたズボンの鑑定や自白調書の心理学的分析などの新証拠から(1)犯行時に袴田死刑囚がはいていたと認定されたズボンは、小さ過ぎて実際にははけなかった(2)ズボンを含む5点の着衣が1審公判中にみそタンクから発見された経緯などから証拠捏造(ねつぞう)の疑いがある(3)真犯人ならば必ず知っているはずの事実を知らず犯人ではない−−などと主張していた。
 小法廷は(1)や(2)について「タンク内でみそ漬けにされ乾燥して縮んだためはけなくなった。捏造をうかがわせる事情はない」と判断した。さらに「確定判決は自白を除いた証拠のみで袴田死刑囚を犯人と認定している」と指摘しつつ、(3)について「論理に飛躍があり、客観的証拠による犯人性の推認を妨げる事情とはなり得ない」と否定。「確定判決の事実認定に合理的な疑いが生じる余地はない」と結論付けた。
 袴田死刑囚は80年に死刑が確定。再審請求は、94年に静岡地裁で、04年に東京高裁で退けられ、弁護側が特別抗告していた。昨年3月には、地裁の死刑判決を書いた熊本典道・元裁判官が「無罪の心証があった」と公表し、再審を支援していた。【高倉友彰】
 ◇袴田事件
 静岡県清水市(現静岡市)のみそ製造会社専務宅で66年6月、一家4人が殺害された強盗殺人事件。元プロボクサーで同社従業員の袴田巌死刑囚が逮捕後に自供したが、公判では一貫して無罪を主張した。静岡地裁は68年9月、自白調書45通のうち44通を証拠から排除しつつ死刑判決。80年11月に最高裁が上告を棄却し死刑が確定した。

袴田事件、再審認めず 最高裁、事件から42年 東京新聞 2008年3月25日 15時19分

 静岡県旧清水市(現静岡市清水区)で1966年に一家4人を殺害したとして、死刑が確定した元プロボクサー袴田巌死刑囚(72)が再審を求めた「袴田事件」で、最高裁第2小法廷は25日までに、再審開始を認めないとして、袴田死刑囚の特別抗告を棄却する決定をした。24日付。
 1審で死刑判決を書いた元裁判官の熊本典道さん(70)が昨年、「無罪との心証を持っていた」と告白する異例の展開となったが、事件から42年を経ても司法判断は変わらなかった。
 今井功裁判長は「弁護側の新証拠は『無罪を言い渡すべき明らかな証拠』に当たらず、確定判決に合理的な疑いは生じない」との判断を示した。
 確定判決によると、みそ製造会社の工場に住み込みで働いていた袴田死刑囚は66年6月、工場隣に住んでいた同社専務の一家4人を刃物で刺し、放火して殺害、現金約20万円などを奪ったとして、68年に静岡地裁で死刑を言い渡された。 (共同)

再審請求中の袴田死刑囚、特別抗告の棄却決定…最高裁 2008年3月25日14時12分 読売新聞

 静岡県で1966年、みそ会社専務一家4人が殺害された「袴田事件」で死刑が確定し、再審請求中の元プロボクサー、袴田巌死刑囚(72)の特別抗告審で、最高裁第2小法廷(今井功裁判長)は、袴田死刑囚側の特別抗告を棄却する決定をした。
 決定は24日付。決定は「袴田死刑囚を犯人とした死刑確定判決の認定に合理的な疑いが生じる余地はなく、再審は認められない」と述べた。袴田死刑囚の再審請求は27年を経て終結した。
 この事件は、犯行から約1年後の67年、殺害された4人と同じ血液型を含む複数の血痕が付いたズボンなど5点の衣類がみそ工場のタンク内から見つかったことなどが、袴田死刑囚の犯行を認定する有力な証拠となった。再審請求で弁護側は「5点の衣類などの証拠は、捜査機関などが捏造(ねつぞう)した疑いがある」と主張していた。
 これに対し、決定は「5点の衣類は8トンのみそが仕込まれたタンクの底部から発見され、長期間みその中に付け込まれたことは明らか。(捜査当局が)発見直前にタンクに入れたとは考えられない」と指摘。「(捜査当局の)作為を介在させる余地は乏しく、証拠の捏造をうかがわせる事情は見当たらない」と述べた。
 弁護側は、現場からの逃走経路など袴田死刑囚の自白が事実と食い違うことを新証拠として提出していたが、決定は「確定判決は自白を除いた証拠のみで袴田死刑囚を犯人と認定できるとしており、自白には真実に反する点があるという主張は再審の理由にはならない」と述べた。
 袴田死刑囚は1966年8月、強盗殺人などの容疑で逮捕され、捜査段階で犯行を認めたが初公判で否認。静岡地裁は68年9月、死刑を言い渡し、東京高裁も控訴を棄却。80年12月に最高裁で刑が確定した。81年4月に再審請求したが、静岡地裁、東京高裁から棄却され、2004年9月に特別抗告していた。

袴田事件の再審開始認めず・最高裁が特別抗告棄却  日本経済新聞  2008年3月25日

 静岡県清水市(現静岡市)で1966年、みそ製造会社の専務一家4人を殺害したとして死刑が確定した元プロボクサー、袴田巌死刑囚(73)が再審を求めた特別抗告審で、最高裁第二小法廷(今井功裁判長)は25日までに再審請求を退けた東京高裁決定を支持、抗告棄却を決定した。同小法廷は「新旧全証拠を総合しても確定判決に合理的な疑いは生じない」と判断した。
 請求から27年が経過し、再審を開始しないことが確定するが、袴田死刑囚側は第二次再審請求を行う方針。
 再審請求をめぐり争点になったのは、死刑判決の決め手となった血液が付着した5点の衣類の評価。衣類が入った麻袋は袴田死刑囚の逮捕の約1年後、みその仕込みタンクから見つかった。(14:05)

「袴田事件」の再審請求棄却 最高裁決定 産經新聞 2008.3.25 14:04

 静岡県清水市(現・静岡市)で昭和41年、みそ会社専務方で一家4人が殺害された「袴田事件」で、強盗殺人などの罪で死刑が確定した元プロボクサー、袴田巌死刑囚(72)が無罪を訴え再審を求めていた特別抗告審で、最高裁第2小法廷(今井功裁判長)は、袴田死刑囚側の抗告を棄却する決定をした。決定は24日付。56年の再審請求以来、約27年を経て袴田被告の再審を開かないことが確定した。
 特別抗告審では、有罪認定の有力証拠とされた血痕が付着した衣類の証拠能力などが主な争点だった。衣類は逮捕から約1年後の42年、事件直後に捜索されたみそタンクの底から発見されている。
 弁護側は、衣類を「捏造(ねつぞう)された証拠」と主張。「捜索時は、タンクにみそは約80キロしか残っていなかった。衣類を隠すとみそが盛り上がり、発見されなかったのは不自然」とする実験報告書などを新証拠として提出していた。
 第2小法廷は「タンクに残っているみその中まで捜索していなかったので、衣類が隠されていたとしても矛盾はない」と述べた。
 また、タンクは捜索直後から約8トンのみその仕込みに使われ、衣類はみそ取り出し作業の最後に発見されたことを指摘。「仕込み作業後にタンクの底に衣類を隠すことは不可能。衣類は縮み具合から長期間みそ漬けになっていたことは明らかで、発見直前にタンクの中に入れられたものとも考えられない」と判断した。
 その上で、「捏造をうかがわせる事情は見当たらない」とし、「袴田死刑囚を犯人とした確定判決に合理的疑いが生じる余地はない」と結論付けた。
 この事件の1審は、45通の捜査段階の調書のうち44通について「任意性に疑いがある」などとして証拠能力を否定。1、2審判決とも、自白を除いた証拠のみで袴田死刑囚を犯人と認定している。
                 ◇
【袴田事件】 昭和41年6月30日未明、静岡県清水市(現・静岡市)のみそ会社専務方で一家4人が殺害され現金などが奪われた事件。同年8月に逮捕された袴田巌死刑囚は、公判で一貫して無罪を主張したが、55年11月19日に最高裁で上告が退けられ死刑が確定した。56年4月に再審を請求。静岡地裁は平成6年8月、請求を棄却。東京高裁は16年8月、即時抗告を退けた。


袴田事件、再審認めず 最高裁、事件から42年 静岡新聞 2008/03/25
 旧清水市(現静岡市清水区)で1966年、みそ製造会社の専務一家4人を殺害したとして、強盗殺人罪などで死刑が確定した元プロボクサー袴田巌死刑囚(72)が再審を求めた「袴田事件」で、最高裁第2小法廷は25日までに、再審開始を認めず、同死刑囚の特別抗告を棄却する決定をした。24日付。
 1審で死刑判決を書いた元裁判官の熊本典道さん(70)が昨年、「無罪との心証を持っていた」と告白する異例の展開となったが、事件から42年、請求から27年を経て再審は認められなかった。
 今井功裁判長は「弁護側の新証拠は『無罪を言い渡すべき明らかな証拠』に当たらない。旧証拠と総合しても、確定判決に合理的な疑いは生じない」との判断を示した。4人の裁判官全員一致の意見。


           署名提出のお知らせ

・6月25日(月)10:30に最高裁に署名と熊本典道元裁判官の陳述書を提出し
 ました。署名数は4,004名(国際署名19カ国45名)。みなさまのご協力に
 感謝いたします。

・11:15〜 裁判所合同庁舎(霞ヶ関)内の司法記者クラブで記者会見を行いま
 した。「袴田巌さんを救う会」の門間正輝代表、門間幸枝副代表、白砂副代表、
 「カトリック正義と平和協議会」の大倉神父とともに、熊本典道元静岡地裁裁判官
 が出席、陳述書提出の経緯をお話しになりました。

           公開学習会(PART 10)
   「それでも、まだ私を有罪 死刑にしたいのですか」

☆6月24日(日)、カトリック清瀬教会で、公開学習会(PART10)が開かれました。講師は、一審静岡地裁で裁判官を務め、2月に公判当時から袴田巌さんは無罪だと思っていたと告白して社会に衝撃を与えた熊本典道さん。90名近い参加者で、会場となったお御堂はいっぱいになりました。熊本さんは、一審静岡地裁での公判の様子、なぜ無罪心証のまま死刑判決を書かざるを得なかったのかを淡々とお話になり、最後に「私の話を美談にしないで下さい」と会場に訴えかけると、会場からは拍手がわき上りました。時々見せる苦渋の表情が、袴田さんとはまた違った形で人生を狂わされてしまった、一人の裁判官の心情を垣間見せていました。
       ドキュメンタリー番組放映のお知らせ

悔恨〜袴田事件を裁いた男」
   テレビ朝日「テレメンタリー」
2007年5月7日深夜2時40分〜3時10分

「元プロボクサーの袴田巌、71歳。1966年、静岡県・旧清水市で一家4人が殺害された『袴田事件』の犯人とされながら、40年以上無実を叫び続けている死刑囚だ。しかし「袴田は無罪だ」と証言する人物が、今現れた。熊本典道氏。静岡地裁の袴田事件一審で、死刑判決を書いた元裁判官。裁判官は、退職後も審理内容を明かすことは禁じられている。それを承知で、熊本氏は無罪心証を告白した。裁判員制度導入を控え、誰もが人を裁く可能性がある現在、『裁判とは何か』について、袴田事件を題材に考える。」制作:SATV 静岡朝日テレビ 
(テレビ朝日ホームページhttp://www.tv-asahi.co.jp/telementary/より)

    1審死刑判決時の裁判官が衝撃の証言!
           
2月26日(月)報道ステーション(テレビ朝日)
                    (http://www.tv-asahi.co.jp/hst/)

 1審静岡地裁の裁判官だった熊本氏は当時29歳、袴田巌さんの無罪を主張したが、裁判長と他の裁判官が死刑を支持。合議制のため、死刑判決となった。しかも取り決めだからと熊本氏が死刑の判決文を書くことに。自分の子どもや親のことを思い出さない日はあっても、判決言い渡しの時の袴田さんの様子を思い出さない日はないという。1審判決の7ヶ月後、熊本氏は裁判官を辞めた。「袴田事件を一生背負っていかなければならない」と語った熊本氏は、袴田さんの再審請求にも協力する意向だという。