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明治19年頃わずか漁民十数名が羽幌にきて漁業を営んでいた頃、この漁場内に一小社を建て稲荷大明神を祀っていた。
その後漁場の発展と共に移住者が増加したが今だ鎮守の神として崇める社祠がなく、この小社を氏神に代えていた。
さらに明治22年頃住民が協議して社殿を建築し毎年祭事を行なっていたが、明治30年苫前村より分離して羽幌に戸長役場が設置されると神社の確立を要望する声が高まり、明治33年南大通6丁目に移転し、翌34年無格社羽幌神社と社号を公称する。

この年京都伏見稲荷大社から御分霊を奉斎して海路はるばる当地前浜に到着した日が7月9日であったことを記念して翌年から例祭日と定め現在まで続いている。
明治35年二級町村制の施行と共に社殿の改築を企画し、明治38年4月社殿の落成を見る。
明治42年一級町村制がしかれると同時に境内の内容を整え、明治43年6月25日村社に列せらる。

大正10年 羽幌神社

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大正6年9月神殿を再度改築して境内地を拡張し、大正10年町制施行と共に郷社の昇格を望んで境内各所の改造を計り、奉賛会を組織して出願し、大正12年5月30日郷社に昇格する。
戦後社格廃止、昭和22年2月2日宗教法人羽幌神社として、神社本庁に所属する。

例祭は、7月8日の宵宮に始まり、9日、10日の2日間に渡って神輿渡御が行なわれ、町文化財指定伝統の奴振りと加賀獅子を始め、粋な半纏長パッチの艶龍会女神輿、各町内から3基の子供神輿、郷土芸能おろろん太鼓等を従えて盛大に斎行される。
特に10日川北から神社への帰路の渡御には、3ヶ所で行なわれる本神輿と加賀獅子の練り合いが勇壮で、町の内外を問わず評判が高い。
又神輿が神社の鳥居をくぐって境内にはいってから、入り乱れて行なわれる最後の練り合いは圧感で、若者の熱気が爆発、燃焼しつくし「お手を拝借、納めの三本じめ」が終わるまで、社殿前は大勢の見物人で埋め尽くされる。

昭和46年 羽幌神社

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御祭神  豊御食津能大神(トヨミケツノオオカミ)

稲荷さんと親しまれる、五穀豊穰、大漁満足、商売繁盛の神様




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