ユニオンジャックの成り立ち


グレートブリテン及び北アイルランド連合王国 グレートブリテン及び北アイルランド連合王国 ユニオンジャック ユニオンフラッグ  

現在の英国(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)の国旗として知られているユニオンジャック(ユニオンフラッグ)。このユニオンジャックがどのような経緯でこのようなデザインになったのか、歴史を振り返ってみましょう。

そもそも英国は、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドで構成されています。ウェールズはかなり早い段階(13世紀末)にイングランドに吸収されていましたが、かつてはそれぞれが独立した王国でした。そして1603年、チューダー朝のイングランド女王エリザベス1世が死去した後、イングランド王位をスチュアート朝のスコットランド国王ジェームズ6世が継承し、イングランド王国とスコットランド王国は同一の君主を戴く同君連合(人的同君連合)を構成しました。その後、1707年、スチュアート朝最後の女王アンの時代にイングランド王国とスコットランド王国が一つの王国になり、グレートブリテン王国となりました。その時にイングランド王国の国旗(白地に赤い十字のセント・ジョージ・クロス)と、スコットランド王国の国旗(青地に白い斜め十字のセント・アンドリュー・クロス)を合体させて、初代のユニオンジャック(ユニオンフラッグ)が出来上がりました。なお、スコットランド王国の国旗(聖アンドリュー旗)の青色は、ユニオンジャックになった時に濃い青色に変えられました。

  イングランド王国 セント・ジョージ・クロス 聖ジョージ旗イングランド王国(聖ジョージ旗)

  スコットランド王国 セント・アンドリュー・クロス 聖アンドリュー旗スコットランド王国(聖アンドリュー旗)

  グレートブリテン王国 ユニオンジャック ユニオンフラッググレートブリテン王国(初代ユニオンジャック)

その後、1801年、ハノーヴァー朝のグレートブリテン国王ジョージ3世の時代に、今までイングランド国王、グレートブリテン国王が国王を兼ねていたアイルランド王国もグレートブリテン王国に加わることとなり、グレートブリテン及びアイルランド連合王国となりました。その時に、これまでのグレートブリテン王国の国旗に、アイルランド王国の国旗(白地に赤い斜め十字、セント・パトリック・クロス)を合体させて、現在のユニオンジャック(ユニオンフラッグ)が出来上がりました。なお、アイルランド王国の国旗(聖パトリック旗)の斜め十字は、ユニオンジャックになった時に反時計回りに少しだけずらされました(カウンターチェンジと言うそうです)。

  グレートブリテン王国 ユニオンジャック ユニオンフラッググレートブリテン王国(初代ユニオンジャック)

  アイルランド王国 セント・パトリック・クロス 聖パトリック旗アイルランド王国(聖パトリック旗)

  グレートブリテン及び北アイルランド連合王国 グレートブリテン及び北アイルランド連合王国 ユニオンジャック ユニオンフラッググレートブリテン及びアイルランド連合王国(現在のユニオンジャック)

その後、1922年、ウィンザー朝の連合王国国王ジョージ5世の時代に、グレートブリテン及びアイルランド連合王国から北アイルランド以外のアイルランドがアイルランド自由国として独立したため、1927年に国名をグレートブリテン及び北アイルランド連合王国に変更しました。しかし北アイルランドは残っているため、ユニオンジャック(ユニオンフラッグ)のデザインに変更はありませんでした。

  グレートブリテン及び北アイルランド連合王国 グレートブリテン及び北アイルランド連合王国 ユニオンジャック ユニオンフラッググレートブリテン及び北アイルランド連合王国(現在のユニオンジャック)

2014年に英国でスコットランド独立の住民投票が行われるそうです。もしもスコットランドが独立した場合、ユニオンジャック(ユニオンフラッグ)のデザインも以下のようになるかもしれませんね(あれ? 何かの旗と似ている)。

  イングランド及び北アイルランド連合王国 イングランド及び北アイルランド連合王国 ユニオンジャック ユニオンフラッグイングランド及び北アイルランド連合王国?(新しいユニオンジャック?)


 


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