北ドイツ連邦構成国一覧


北ドイツ連邦」とは、普墺戦争に勝利したプロイセン王国が、オーストリア帝国を盟主とする国家連合「ドイツ連邦」を解体し、プロイセン王国を中心として新たに北ドイツに作った国家連合です。

プロイセン王国はかねてからドイツ北部諸邦と「ドイツ関税同盟」を結んで関係を強化していました。そしてドイツ連邦解体後、プロイセン王国はドイツ統一の手始めとして1867年にドイツ関税同盟と連合する連邦国家「北ドイツ連邦」を成立させました。北ドイツ連邦の構成国は以下の通りです。


分  類

国   名

 王国  プロイセン王国
 ザクセン王国
 大公国  メクレンブルク=シュヴェリン大公国
 ザクセン=ヴァイマル大公国
 メクレンブルク=シュトレーリッツ大公国
 オルデンブルク大公国
 ヘッセン大公国(現ヘッセン州のマイン川以北領地)
 公国  ブラウンシュヴァイク公国
 ザクセン=マイニンゲン公国
 ザクセン=アルテンブルク公国
 ザクセン=コーブルク=ゴータ公国
 アンハルト公国
 侯国  シュワルツブルク=ルードルシュタット侯国
 シュワルツブルク=ゾンデルスハウゼン侯国
 リッペ侯国
 ロイス侯国(兄系)
 ロイス侯国(弟系)
 都市  リューベック
 ブレーメン
 ハンブルグ

北ドイツ連邦の構成国はそれぞれ主権を持ってはいましたが、プロイセン王国だけで北ドイツ連邦の国土・人口の8割以上を占めていたため、実質的にはプロイセン王国とその属国の連合体という状態だったと言われております。

また、上記の構成国を見るとわかると思いますが、バイエルン王国を中心とするドイツ南部諸邦はこの同盟に加わっていません。ドイツ南部諸邦は反プロイセン王国、親オーストリア帝国の気風があったためと言われております。

なお、プロイセン王国はその後北ドイツ連邦を足掛かりとしてドイツ統一を進め、1871年に「ドイツ帝国」を成立させました。
 


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