鉄道公安官


かつて国鉄(日本国有鉄道)には「鉄道公安官」(鉄道公安職員、鉄道警備専任者)と呼ばれる職員がおりました。テレビドラマなどにも登場したことがあるので、ご存じの方も多いと思います。鉄道公安官制度は、国鉄内の治安を守るために1947年(昭和22年)に設置された制度です。鉄道公安官は警察官ではありませんが拳銃を携帯し、犯罪捜査権等一部の司法警察権を持っておりました。

さて、ここでちょっと注目して欲しいのは、鉄道公安官制度が発足したのが1947年(昭和22年)であることです。明治時代から営業してきた国鉄において、なぜ強力な犯罪捜査権限をもつ鉄道公安官が突然必要となったのか? その理由は、日本の太平洋戦争敗戦による混乱と治安悪化です。そしてその混乱と治安悪化の原因は「朝鮮人」でした。朝鮮人は日本の敗戦後、日本人に対して暴虐の限りを尽くしました。そして朝鮮人は国鉄においても残虐な犯罪事件を起こしていました。後に総理大臣となる鳩山一郎(当時は元文部大臣)は国鉄乗車中、朝鮮人から集団暴行を受け、半殺しの目に遭っています。

<鳩山一郎暴行事件>
其最も著しい、象徴的事例に、元文部大臣、後の首相鳩山一郎氏に対する傷害事件がある。鳩山氏が軽井沢の静養先から帰京しようとして 信越本線の汽車に乗っていたら、例の「朝鮮 進駐軍」が後から大勢、切符も買わず、車掌らを突き飛ばし押入って来て、『俺達は戦勝國民だ、 お前ら被支配者の敗戦国民が座って支配者様を 立たせるとは生意氣だ、この車両は朝鮮進駐軍が接収するから全員立って他の車両へ移動しろ、ぐずぐずするな!』と追い立てた。ここで鳩山氏が、『我々はきちんと切符を買って座っているのにそりゃおかしい』と乗客として穏やかに抗議したら、たちまち大勢が飛び掛かって袋叩きにし、鳩山じいを半殺しにした。幸いにして重体にも重傷にも至らなかったが、頭部裂傷だか 顔面挫傷だか忘れたが、血に塗れ腫れ上がった痛々しい顔で帰京した。

そして「鉄道公安官制度」発足の直接的契機となったのが、有名な「直江津駅リンチ殺人事件」です。

<直江津駅リンチ殺人事件>
1945年(昭和20年)12月29日、信越線黒井駅でヤミ米ブローカーの朝鮮人3名が列車の窓ガラスを割って乗り込もうとしたところ、ある日本人乗客に拒まれて乗り込むことができず、デッキにぶらさがって直江津駅まで行った。彼らは直江津駅でその日本人乗客に対し、「乗降口から乗れないので、仕方なくガラスを壊して乗ろうとしたのになぜ妨害した」と詰め寄ったが、日本人乗客が「窓から乗り込むという方法はない」と反駁したので、「朝鮮人に向かって生意気だ!ホームに降りろ!殺してやる!!」と叫んで、その乗客をホームへ引きずり出して、パイプやスコップで滅多打ちにして殺害した。朝鮮人3名はその後逮捕されたが、全員逃走してしまい、結局うやむやのうちに終わってしまった。なお余談ではあるが、この種の鉄道内の不法行為を防止するために、急遽設けられたのが「鉄道公安官」制度である。

このように「鉄道公安官制度」は、スリや置き引きと言った単純な犯罪を捜査するためではなく、戦後増長した朝鮮人から日本人を守るために作られたと言っても過言ではない制度だったのです。

鉄道公安官制度」は昭和62年4月1日に国鉄が分割民営化されてJRになってからは廃止され、各都道府県警察の「鉄道警察隊」に改組されました。そして現在「鉄道警察隊」はJRだけではなく、私鉄も含めた鉄道全体の治安維持に活躍しております。

皆さん、数年前、「韓国人武装強盗団」(韓国人武装スリ団)が首都圏の鉄道内で跳梁跋扈し、多くの日本人が被害を受けたことを覚えておりますでしょうか? 「鉄道公安官」の後継である「鉄道警察隊」にはその誕生の経緯を思い出して頂き、これからも鉄道内の治安維持のためにしっかりと頑張って欲しいと思います。


 


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