外国人と結婚した皇族/華族


日本の皇族、華族の中には、外国の皇族、王族、貴族と結婚した方がいます。その事例をいくつかご紹介致します。

・梨本宮方子女王殿下(李方子)
出身:梨本宮守正王殿下の第一姫宮
相手:王世子李垠殿下(元大韓帝国皇太子、王族)

テレビドラマ「虹を架ける王妃」等で取り上げられてご存知の方も多いのではないでしょうか?

・嵯峨浩(愛新覚羅浩)
出身:嵯峨実勝侯爵の第一女子
相手:愛新覚羅溥傑殿下(満州国皇帝愛新覚羅溥儀の弟)

テレビドラマ「流転の王妃」等で取り上げられてご存知の方も多いのではないでしょうか?

・松平誠子(李誠子)
出身:広橋真光伯爵の一族である松平胖の第一女子松平佳子
相手:李鍵公殿下(桃山虔一、元大韓帝国皇族、公族)

・宗武志伯爵
相手:李徳恵(元大韓皇帝徳寿宮李太王殿下の第三女子)

・青木周蔵子爵
相手:エリザベート(プロイセン貴族へルマン・カール・アルベルト・フォン・ラーデの娘)

ちなみに、エリザベートの母はブランデンブルク家出身のクレメンティヌ・ヘンリエッテ。青木周蔵子爵とエリザベートの間に生まれた娘ハナは、シレジア領主の次男アレキサンドル・マリーア・ヘルマン・メルヒオール・ハッツフェルト伯爵と結婚、そしてハナの一人娘のヒサ・エリザべートはエルウィン・フォン・ナイペルク伯爵と結婚したそうです。

あと、実現はしなかったけど以下の縁談があったそうです。

・山階宮定麿親王殿下(後の東伏見宮依仁親王)
相手:カイウラニ王女殿下(ハワイ国王カラカウアの姪、ハワイ王国王位継承者)

アメリカ合衆国からの併合の圧力を受けていたハワイ国王カラカウアは、日本を訪問した際に明治天皇に上記縁談の提案をしたそうですが、「外国王族との婚儀は前例がない」との理由から、この縁談は辞退されたそうです。なお、その後ハワイ王国はカラカウア王の妹であるリリウオカラニ女王の時代に、アメリカ合衆国に強引に併合されてしまいました。もしこの縁談が成立していれば、ハワイ王国はアメリカ合衆国に併合されず、もっと日本と近い関係になったかもしれません。

・黒田雅子
出身:黒田広志子爵の第二女子(宗武志伯爵の姪)
相手:アラヤ・アベベ皇太子殿下(エチオピア皇帝ハイレ・セラシエ1世の甥)

昭和6年、黒田子爵の次女雅子とエチオピア皇族アラヤ・アベベ殿下の結婚が決まりました。アラヤ・アベベ殿下は外交使節として来日した際、日本女性との結婚を希望し縁談が進んだそうです。この慶事に日本とエチオピアの友好ムードが盛り上がりますが、生臭い国際政治が立ちはだかります。当時イタリアはエチオピアに領土的野心があり、日本がエチオピアの友好国になることは阻止したかったのです。そこでイタリアのムッソリーニは日本の満州における軍事行動黙認の密約を提示し、結局この縁談は破談になってしまったのです。そして1936年エチオピアはイタリアに植民地化されてしまいました。戦後、エチオピアは独立を回復しますが、1974年の社会主義革命で帝政は廃止されました。

未成立も含めて、結構いろいろな結婚事例があるものですね。


 


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