轟音ギターに非ロック的歌声が被さる。俳優兼アーティストである男は、会場の黄色い歓声に包まれ、その声はブラウン管からこの酒場に空しく流れる。 「つまりは、こうゆうことだ」。  主人はテレビを指さして、話し始める。「奴は、モテる時期が片寄っているだけなのさ。ほら、よくカバンをガタガタいわせながら学校へ行くと、弁当が片寄ったりしただろう? モテの要素も所詮似たようなものだ。だから俺は最近、モテが片寄るようにこうやってるのさ」。 彼は顔と体を傾け、片足で何度もジャンプした。カウンター越しから、何か便所の詰まったような音がし、それはだんだんと大きくなった。やがて彼が叫ぶと同時に水風船が割れた様な音がして、彼の耳から飛び出してきた緑色の液体は、一瞬のうちに彼の居酒屋を水没させてしまう。


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とある昼下がり、私はバスの最後部に座っている。やがて、バスが信用金庫の前に止まると、私のかつての恋人が乗車してきて、前の方の席へ腰を下ろす。私はちょっとした悪戯心が芽生え、それに乗客が少なかったことも手伝って、彼女に電話をかけてみることにした。やがてバッグが振動し始めたのか、彼女はそこから携帯電話を取り出し、ちょっとためらって通話ボタンを押す。私は前席の背もたれに隠れると、こころもち小声になり、ぎこちない会話を始める。 「ところで君は今、バスに乗っているね」。 しばらく話したところで、私はそう切り出す。今、おそらく彼女は辺りを見回しているはずだ。「俺はね、今、バスの運転手をしているんだ」。 私はそれだけ言うと電話を切った。やがて彼女は降車ボタンを押し、席を立つ。バスを降りる際、運転手の顔を覗きこんだ彼女の横顔が脳裏に焼き付く。


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不思議なものが見たいものだなあ。肝を冷やすような恐怖体験ではない。かといってぼんやりと仕掛けが見えるような子供騙しのトリックでもない。本当にただただ単純に不思議なものが見たいなあ。「それならお客さん、アレだよ、○○海岸がいいよ」。 運転手はそう言って、その海岸へと車を走らす。 「言い忘れたが、目を開けては駄目だよ」。 どうせこんなに暗くては、何も見えやしない。僕は運転手に教えられた通り、海に向かって棒立ちになった。風の音。波の音。ああ、あれからどれくらいたっただろう。あの運転手は僕を引っ掛けたのか。まあいい、もう自分でも立っているのか座っているのかさえ判らなくなってしまった。やがて、閉じた目にも分かる程の眩しい朝日が僕を照らし、結局何もなかったなと目を開けると、僕の両肩には海星がひとつづつ置いてあった。


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しかし、あれだね。のんびりしてしまうね。今日は幾分暖かくて。空気も清んでいて。ショッピングセンターで弁当を買い、そこの日の当たるテラスで昼食をとる。子供、老人、ジャグリングするフリーター。物騒な世界から隔離された平和的な場所。禁煙用のグレープフルーツドロップスを舐める。そうだ、帰りにグレープフルーツを買って帰ろう。よく冷えたそれを半分に切り、砂糖をかけてスプーンで食す。しかし、そんな事を考えて居る時にすら、うっすらと暗雲が被さってくる。一体何なのだろう? それでも、明確に心が晴れないその訳は。しかし、その事には深く関わるまい。ほら、見なよ。ケチャップとマスタードとが大量にかけられたホットドッグを。それを片手に持った華麗な少女が、ギヤをトップに入れ、アクセルを踏み込んで、確信的に僕に衝突しようとしている。


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「生まれつき全盲の人達っていうのは夜眠る時、気配や音のみの夢を見るらしくってね。僕が見る夢もほとんどはそうなのだけれど、ただ僕は幼い頃に目が見えなくなった。それ以前は見えていた訳だよね。ほんの少しの間だけれど、目で見て物を考えていた時期があって、(映像)というものが何かを知っている。だから、今でも時々こんな夢を見る。それはある年の冬、クリスマスの風景だ。僕は子供で、両親もまだ若くて。親父なんかサンタの格好なんかしちゃってさ。だがそんな夢も、僕が二十歳を過ぎた頃だろうか、細部から段々とぼやけてくるようになってきて、最後に夢の中に残されたのは、僕とサンタクロースだけになった。だから夢の中で僕は時々こう思ったんだ。この世界は、僕とサンタの二人だけになってしまったのではないか、と。とは言ってもね、全然悲観的にとらないでほしいんだ。その夢の中はとてもほんわかと暖かく、幸福感に満ちていて。だからね、結局、夢も現実も変わりないってことだ。僕は、僕の生活に関わってくれる人達を、全員サンタクロースだと思うようにしたんだよ」


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『忘年会お得パック・三千円(税込)』だなんて、どうもおかしいと思ったんだよ。薄汚い町民館風の建物。仲居はブルーチーズみたいな顔色をしておるし。主人らしき人物は、私達に視線すら合わせようとはしない。しかし金はとうに払ってしまったのであって、もう後には引けないのだ。座敷に招き猫。巨大な茶封筒に黴が生えたような掛け軸。やがて、我々の元に各種アルコール、煮付、鍋料理等が運び込まれる。ところで、この鍋に入っている魚はなんて名前なんだろうね。白身で、厚いこげ茶色の皮を持つ魚。御品書を見ても「今朝、市場から取り寄せたばかりの云々」と書いてあるだけで、さっぱり判らん。ちょうど通りかかった仲居に尋ねてみる。が、聞こえていないのか聞かぬ様にしているのか、一向に埒が明かない。まあ、いい。文句は言うまい。紅葉おろしの入ったポン酢で食す。ちょっと泥臭いがなかなかの味だ。やがて、宴もたけなわですがそろそろお開きとなって、ブルーチーズに見送られ表に出ると、店の裏口に近いごみ捨て場に積み上げられた巨大なダンボールに『アフリカオオヒラメ』の文字。


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「清水の舞台から飛び降りるつもりで」、とは言ったが、本当に飛び降りてどうする。とはいえ、俺も同様に落ちてはいるんだけどさ。まあ、いいよ。下に降りたら、また話し合いだ。だから、おのずとテンション上げていくよ。肺に空気を。捻って、叫べ。「イェ――――――イ!!」つってさあ。しかし、あれだね。君の行動を見てると、とても俺に愛してほしい感じじゃないんだよね。お前の私生活を考えてみなよ。堕落しきっちゃって。どん底に落ち込んでる奴が、墜落死なんて、ほんと笑い話やね。正直、物凄い勢いで落下してるしな。うん、俺の方がまだマシだよ。全然落っこちてねえ。なあ、何か言えよ。反論とかしろよ。お前、ほんとに俺の恋人か? キャバレーの踊り子じゃないんだろ?
The Beatles 「Helter Skelter」(Lennon/McCartney)


る。