ロケット
マン

その時、誰かがバラードを歌っていなかったら、おそらくその音は聞こえなかったろうと思う。どこかのブルーベリーガム臭い連中が、爆竹でも鳴らしたのだろうぐらいに考えていた。そのくらいの音だったんだ。


石動満が死んだ。


駅前の商店街の中にあるラーメン屋『竹兆』店内で、石動は至近距離から顔面へ数発、弾丸を撃ちこまれて死んだ。
僕は同じ商店街の中のカラオケ屋にいたにもかかわらず、彼の死を知ったのは発砲事件が報道された次の日、身元不明の死体が石動だと分かった日だった。
確認の決め手は携帯電話と盲腸の痕。犯人は捕まっていない。
僕は、この平和な町にはとても不釣合いな、あまりに突飛な事件によって彼が死んでしまったために、一滴の涙も落とす事はなかった。



僕がネット上に文章を書きだしたのは、約一年前の話になる。友人が運営するサイトで、何か書いてみないかと誘われたのだ。僕はそれまで、誰に見せるともなく文章を書いてはいたのだが、不特定多数の人間に向けて発表するとなると、どうも怖気づいてしまい、それなら「直接的な投稿」ではなく、「間接的な投稿」にしてみてはどうかと思いついた。精神的にその方が楽ではないかと思ったのだ。
つまり僕の友人が、ある日、どこかで、誰かの書いた文章を見つける。それは、図書館の古い本に赤ペンで走り書きしてある電波的な書き込みとしてでもいいし、公衆電話の隣に置き忘れた手帳に記してあるメモのようなものでもいい。実際は僕が書いた文章であるそれを、友人は彼自身の「奇妙な発見」として、ネット上にアップするのだ。 僕は細かく設定を決めていき、やがて架空の人物の名前を考えていた。その時、ふと頭をよぎった男の顔があった。その男は僕の学生時代からの友人だった。当時僕は、その男の書いた物を読むと、決まってある感情が湧いてきたものだ。これをかいた人間は、もうこの世にはいないんじゃないか、と。作品自体は、さして暗い雰囲気を持っていないのだが、誰かの遺稿のようなそんな手触りを持った文章だった。

それが、石動満の文章だったのだ。

僕は、架空の人物の名前を「イスルギミツル」に決め、今は亡きその人物が残した遺作として、僕自身の文章を発表することにした。だがその企画は、僕の想像力の乏しさから、やがて行き詰まってしまい、加えて同じ様な題材を扱った有名作家の盗作騒ぎが起きたりして、結局頓挫する結果となった。
そして僕は、自分の名前で自分の文章を書き始めるようになった。



葬儀の後、数日してから彼の母親が家に訪ねてきた。彼が書き溜めた小説や作品を出版して発表したいという。それに際して、僕に作品を選んでもらいたいというのだ。
僕は石動が生前、子供の死をきっかけに本を出版する親達のことをボロクソに非難していたのを思い出し、また、僕が彼の作品を選出するのもおこがましいと考え、丁重にお断りした。が、母親も諦めきれなかったのか、とりあえず作品をしばらく僕が預かるということで納得し帰っていった。



僕は彼の短い小説を二つ程読み終えると、煙草に火をつけた。

僕はテレビを点けてみる。埃を被った画面に深夜映画が写し出される。


 少年A 「ぼくはもうあのさそりのようにほんとうにみんなのしあわせのためなら
       ぼくのからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」

 少年B 「うん。ぼくだってそうだ。」



―その時、

ゴミ箱の中のポテトチップスの袋がバリバリッと音を立て、僕の部屋は真空になってしまった。僕は顔が痺れてどう仕様もならなくなりそうだった。

そして何故だかこう思ってしまったんだ。



    僕はトモダチを殺してしまったかもしれないって



 僕は商店街で石動の後を付いて歩いている。
 ラーメン屋に入る彼の肩を僕は叩く。
 彼は振り返り笑顔をみせる。
 僕は万年筆にインキカートリッジを差し込み、彼に放つ。
 それは、彼の顔面に当たりはじけ飛ぶ。
 カウンターや僕のTシャツに灰色の脳漿が飛び散る。
 厨房の奥で居眠りをしていたオバサンが僕の後頭部に叫ぶ。

 「人殺し!」


頭の中で、何かが、誰かが、騒いでいる。
だが僕は、それを止める事はできない。
僕はCDのスイッチを入れ、ヘッドフォンで両耳を塞いだ。


悲しい町で、

                           あの場所で石動はラーメンを食

冷たい鉄の手が

                        入り口から入って来た男が拳銃を放

外の道化師たちの一団を叩いた

                     それは、隣に座っていた客の顔面に当た

虹は灰色の中に

                   カウンターや石動のTシャツに灰色の脳漿が

遠くかすんでいく

                石動は自分の携帯を変死体のポケットに滑り込ま

お願いだ、お願いだ、

             厨房の奥で居眠りをしていたオバサンが石動の後頭部

ベイビー・レモネード

 

                                           「人殺

 

映画はもう終わっていて、部屋の真空も解けていた。
僕の頭はひどく重たかった。
冷たい北風に当たった時の様に、表情が凍りついて動かない。


        ああ、石動満は今頃何処を歩いているのかなあ


痺れが続く顔を上げる。

ブラウン管の闇の中に歪んだ顔が映し出され、それもすぐに砂嵐に溶けた。


                                 SYD BARRETT / BABY LEMONADE





る。