聞こえ
なかった音

僕等は捌けた若者であるため、休日の昼食が駅の蕎麦屋であってもそれを辞さない。

「駅ソバにはやはりいなりずしやろ」
「や、今日はね。きつねうどんの気分やったんよ。ほらなんか、きつねうどんといなりずし頼んだらオバちゃんに、『この女どんだけアブラゲ好きやねん』って思われるやん」

変な理屈だ。そしてそのオバハンはなにゆえ関西弁なのか?

ところで、食い終わって足早に出ていく会社員を見ながらの一服は駅ソバの醍醐味だ。そしてそれは僕等サービス業特有の精神病でもある。

「醍醐味の(ダイゴ)ってチーズの事だって知ってた?」
「一本頂戴」
そう言って彼女はフィルターに爪をかけ、引き抜く。

「食後の一服は最高ですなぁ」
「ですか」

豆知識は流される。
僕の口から生まれ流された豆知識の数々は、無事に海にたどりついただろうか? 川辺で遊ぶ子供達のシリコダマを抜いたりしていないだろうか?

顔をそむけて煙を吐くと、それは店の棚に置いてあるテレビを白く覆った。
画面の中では永六輔が、何処かの沼地の前でマイクを持って立っている。

「みなさんは、蓮の花が開く音を聞いた事がおありでしょうか。今日は早朝でしか聞く事のできない、その珍しい音をお聞かせしたいと思います。みなさんどうかお静かにどうぞ」

パカッ。

「それではもう一度」

パカッ。

店の中が活気に溢れていたせいで、その音が僕等の耳に届く事はなかったが。



喫茶店の有線から流れてきた曲に耳を奪われた。あぁ、これは何という歌だったろうか。オフコースの歌で。

『いまなんて言ったの? 他の事考えて君のことぼんやり見てた』

ひどい奴だなぁ、と思うのだ。こんな男とはすぐ別れたほうがいい。よくもい けしゃあしゃあとこんな事が言えたものだ。お前は。

「ねぇ、聞いてる?」
「あ、すいません」

で、何の話だったかなああそうそう。僕等は道すがら、死刑囚による臓器移植の話をしていたのだった。

これは、死刑囚に任意でドナー登録してもらった後、脳死状態にして臓器を摘出するといったもので。まぁ、ガサツな我々が考えるにはあまりにも適さない、ナイーヴな本質をもつ種類の話ではある。だから、リサイクルの話題からこの話になった事は口がさけても言えない。他の人には。

「でも、移植される側に、この報告がされないのはやっぱり問題かも」
そうなのだ。今現在患者側にはドナー側の情報は一切伝わらない仕組みになっている。すると、僕等の提案はすでに実行されているのかもしれない。そんな気もしてくる。いや、僕等だけが知らないという可能性も。
僕はバタフライにそっくりの新泳法を開発した未開地の若者がいると仮定し、その満面の笑みを夢想した。

満面の笑みがやがて感涙に変わるころ、彼女の注文したアイスティーと紅茶葉入りシフォンケーキが運ばれてきた。

『この女どんだけ紅茶好きやねん』

と、いま僕が思っていることに、彼女は気づいているか。いないか。

「ねぇ、Do As Infinityってどういう意味?」

気づいてはいない。





る。