もう
それはそれとして

夏 ヒグラシ 其の日暮し 逃げ水 冷水用 煮出用
高速バス 私より早く降車釦を押した皺だらけの手
軍手 アンモニア 街角の下衆ペラーズ
犯罪を起こす事も無く、その所為で金も無い恋人達
カラオケボックスに響き渡るコックサッカーブルース


場所●空港内レストラン

配役●男(ドニ・ラヴァン風日本人男性)

   ●女(ジュリー・デルピー風日本人女性)

朗読●大杉蓮



ねぇ もう食べないのかい

鰻がこんなに食えるなんて滅多にないよ

日本だけなんだこんなに鰻を重宝がるのはさ

だからこんなにも調理法が 多種多様に

そうだ

ああ あれはいつだったか

薬物中毒により生家で療養中であった音楽家を訪ね
僕は英国へ行ったんだ

そこは町から遠く離れた漁村でね

でも彼の家は既に無くて 僕は仕方なく茶屋に入ったんだ
うん カフェーではなく茶屋という感じだったな
テーブルも椅子も無くて テイクアウト方式の さ

そこで珈琲とイールパイなる物を頼んで

コールタール様の珈琲を予想していたんだが
出てきたのは珈琲メーカーを濯いだお湯の様な物だ

で イールパイなんだが 日本のウナギパイ
では勿論なくて

大将がバケツから掬って出してくれたのは
鰻のゼリー寄せとでもいうのだろうか

薄紫のゼリーの中に
酢漬けされてはいるものの 生でぶつ切りの鰻が 五、六個

切断面から血が滲んで それはもう陰惨なルックスだった

でも地元の人達はそれを旨そうに
そうまるでクラッシュアイスでも食う感じでさ

最後に骨を道端に吐き出して ペッペッ ってね

よく見ると地面は鰻の骨と唾液とで地層の様になっていて

でもその時考えたんだ

彼はこの土地で生まれ育ち バンドで成功を収めるも
やがてドラッグに嵌まって 引退を余儀なくされてさ
チヤホヤしていた連中からも見放され 今はこの土地にも居ない

彼の人生はイールパイそのものじゃないかって!



ごめん 食事中にする話じゃなかったよね



ねぇ もっと食べなよ ね

え? ああ 烏龍茶か うん



(そう彼女がドリンクを取りに行って帰ってくると僕が座っていた椅子はぐっしょりとそしてところどころ粘液でキラキラなんてそんなトラディショナルな話は二十世紀に置いてくるとして)



そうだ 



結婚しようよ



僕は君を愛す



そうさね たとえば

●君が箪笥の裏に落ちていた麦チョコを食ったとしても

●君からのメールが「おっはー☆」からはじまっていても

●君の作る雑煮が白味噌仕立てでも

●君がケミストリーのブラブラグラサン肯定派でも

●君のストッキングにカピカピの豆御飯がくっついていても

●君のバイト先が会員制だとしても

●そしてそれがねずみ講を取り入れた経営であったとしても

●君が自作のイラストを新聞に送っていても

●或いは家族の珍騒動を投稿していたとしても

●君のHPのトップページが重すぎても

●そしてBGMが松岡英明であったとしても

●君の寝室に蚊柱が立っていたとしても

●君の立てたスレッドが放置されていても

●君といることで僕が一生幸福になれなくても



ごめん



そろそろ出ようね



レジで支払いを済ませる
私の後頭部を狙って発射された指ピストルの弾
其のまま放物線を描き二階婦人用化粧室の汚物入れに突き刺さる

調理場で冷凍鰻を解凍している者は
明日からの夏期休暇を想いほくそ笑んでいる



早々に封を切る子供達 オムライスの旗 それに染み込んだオレンジの油
娼婦 購買者 甘栗売り 駐車場の砂利に咲く花 飛蝗 滑走路を横切る兎
虫除けスプレイ 上履きの跡が付いたラジオ体操のスタンプカード
ジョージハリスン 八月のセレナーデ



空港から市街に抜ける道、並んで歩くも 薄暗くて

それよりもっと真っ黒な走り屋の足跡

そんな世界では口の端についたDHAの光だけが頼りだ

(暗転)





る。