| 2010.01.24 | 2009年後半を振り返る(PARTU) “覚醒” | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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■ 2009年11月7日 出発 週始めの月曜日には風邪をひき、37度5分程の熱を出したので、大事をとって会社を休み、近所の内科医にいったが、 どうやらインフルエンザではなく、出発の土曜日までにはなんとか健康状態を良好に戻すことが出来ました。 出発日の土曜日は休みだし、飛行機の離陸時刻は夜9時5分なので、午後7時までに成田に行けばいいっていうことで、 午前中はジムにでも行ってチョイと汗をかこうかとも思いながらも、風邪の病み上がりの体への配慮から、これは止めることにしました。 旅行の荷造りも前日に済ましており準備はすでに完了していたので、夕方まで何もすることがなく、暇つぶしに近所をふらふらしてるところ、 100円ショップが目にとまったので立寄ってみたのですが、旅行に役立ちそうなものが満載だったので、しこたま買い物をしてしまいました。 しかし、旅行直前にこんな買い物をするのは失敗でした。 家に帰ってから、せっかく前日に荷造りを完了したスーツケースを荷解きし、 100円ショップで買った便利な収納用品などを使って荷造りのやり直しとなったのです。荷造りをやり直すと、「こんなもの持ってく必要あるかな?」などと、 一度持っていくと決めたものにも迷いが生じ、荷物の削減作業まで始めてしまい、荷造りを完了して時計を見たときには、 午後4時20分になっていました。 午後4時30分横浜発の成田エクスプレスに乗る予定だったので、大慌てで家を出て最寄の東神奈川駅から京浜東北で横浜へむかい、2分程度しか乗継時間が無い中をどうにか成田エクスプレスに滑り込めました。 この時、11月だって言うのに汗だくになっていたことは言うまでもありません。 成田エクスプレスには出入口付近にスーツケース置場があるのでここにスーツケースを置いて席に着き、約1時間半ここに座ってれば成田に連れてってもらえるのですが、 あのスーツケース置場って、鍵もかからないし出口付近なんで、途中の駅で降車する際に人の荷物を持って下りてもまず気付かれない感じで不安をおぼえたのですが、 盗難事件が起きてれば当然改善されてるはずなので、何故かここで盗難は起きていないのでしょう。 成田に到着して、旅程表に書かれていた通りに旅行会社のカウンターに行ってみると、「このツアーでは旅行会社のカウンターでは何もしないので、自分で勝手に航空機会社で搭乗手続きをしろ」というお言葉をいただきました。 過去に自分の知ってる海外旅行では、事前もしくは当日に旅行会社から航空券を受け取り、これを持って航空機会社でチェックインしていたのですが、この十数年の間のIT技術の進化で、 航空券など介在せず、パスポートを機械で照会するだけでチェックイン出来るようになっていました。 航空機会社のカウンターでチェックインをすまし、スーツケースを預けて身軽になった後、 空港内のお店なんかをしばらく見て回ったり、銀座ライオンでビールを飲んだりしてしばらく時間をつぶして、午後8時ころにようやくセキュリティ検査やら出国検査を受けて搭乗ゲートに行きました。 搭乗ゲートでは日本シリーズのテレビ中継が放映されてたのですが、巨人が4勝目をあげる目前という嫌な光景に目を逸らし、喫煙所で最後の一服を楽しみました。 ようやく搭乗時間となったので、飛行機に乗り込み、搭乗券に書かれた座席に行くと、エコノミー席の前から3〜4番目の窓際の席。安全面からも快適性からも前の方がいいのでラッキーです。 しかも隣の席が空席だったので、2席独占できることになり、これまたラッキーでした。 機内食は事前にベジタリアン用を頼んでおいたのですが、おかげで周囲より一足早く配られ、チョット得意な感じで食しましたが、これが結構美味しかった。昔の機内食って不味いってイメージしかなかったので、 これはちょっと驚きでした。まぁ、機内食のレベルが上がったのか、僕の味覚レベルが落ちたのかどちらかは分かりませんが。 ワインとビールは無料ってことなんで、オカワリしまくってると、日本人の美人のCAから、「飛行中は酔いやすいけど大丈夫ですか?」と言われましたが、貧乏人はただ酒があれば飲むしかないのです。 酒をしこたま飲めば寝るだけだし、2人分の座席で寝転がってブランケットや枕も二人分使えるのでとても快適に眠れました。 ここでどれだけ眠るかが、ハワイ初日に時差ボケで辛い思いをするか否かの重大なファクターとなるので、ここで3〜4時間眠れたのは、 この往路の飛行に勝利したと言えるでしょう。 目が覚めると朝食の配膳が始まっており、ベジタリアンの僕にはフルーツっぽいものとサラダとケーキ的なものが与えられ、 これも美味しくたいらげて、コーヒーなどを優雅に飲んでしばらくすると着陸態勢でシートベルト装着のランプがつきました。 高度が下がるにつれ、気温も上がって蒸し暑くなってきます。窓の外には次第にハワイが見えてきます。 そして、オアフ島が眼下に広がり、サーファーの姿が確認出来る高度に下がり、いよいよ着陸。 着陸後、シートベルト装着のランプが消えると周囲の皆が一斉に席を立ち、手荷物を取り出します。 そして通路には飛行機から出るための行列が形成されます。窓の外の風景を見てニヤニヤしていた僕はこの通路側の状況をみてあわてて手荷物を取り出すしまつで、 行列のどの辺に加わればいいのか戸惑いました。ここで急ぐ理由はいまだ僕には解明できませんが、想像するに皆さんは一刻も早くハワイの地を踏みたくなったんでしょう。 ■ 2009年11月7日 ハワイ到着 午前9時頃、空港に降りるとムォっと暑く、ハワイ特有の甘い香りが漂っており僕のテンションは否応なしに上がっていきます。 以前来たときよりも入国手続きは迅速になっていて、一切のストレスはなく手続き完了で、預けた荷物にもすぐに対面できたので、 団体出口から空港の外に出ました。 ここで、旅行会社の人を探さなきゃならないのですが、旅行会社名の旗を持ったおばさんをすぐに発見して、ツアー名を言うと、 「そのツアーはここじゃなくってアッチ」といわれ、言われるほうにむかいました。 このツアーは大手JTBのツアーなのですが、格安なので、航空券とホテルを取ってくれてるだけで、その他のサービスは殆どないのです。 ただ、到着後にホテルには連れてってくれるのですが、一般ツアーのように大きなバスではなく、小さなシャトルバスということです。
シャトルには僕以外に2組の日本人が乗り込みました。五十台の母親と二十歳前の娘って感じの親子連れと、 二十台半ばのオネイチャン三人連れでした。 こいつら皆、男一人でハワイに来てる僕を見て「キモイ!」とか「こんな人と一緒の車に乗るなんてイヤ!」と思ったに違いありませんが、 こちとらキチガイなもんで、そんなもん気にしません。 車内はガンガンに冷房がきいていてカーステレオからはナット・キング・コールやビング・クロスビーが流れ、 時折、運転手のオバァちゃんはでっかい声で歌い出します。窓の外の景色を見ながらしばらく走ると、 アラモアナセンターが見えてきて、ここを通りすぎてアラワイ運河の橋を渡ったら僕が泊まる‘ハワイ・プリンスホテル・ワイキキ’に到着です。 僕は、このシャトルを一抜けで下りて、とりあえずスーツケースを引きずってホテルのフロントに行ってみた。 ■ 2009年11月7日(土) 初日 日本企業の資本のホテルなので当然日本語が通じると思ってたら、これが通じず、しかたないのでつたない英語で名前を名乗って、 この泊まる予定のものであることを伝えたところ、何やらパソコンで調べたあとに、「チェックインは15時です。」といわれた。 そんなことは分かってるので、チェックインまで荷物を預かってもらいたいということと、ビーチに行きたいので着替えたいということを伝えると、 どうにか伝わって、貴重品はフロントの金庫に入れて、スーツケースはベルボーイに預け、着替えはホテル内のジムのバスルームを案内されました。 Tシャツと海パンに着替えたら、まずは一番近くのABCストアに行きました。 ハワイに来たらここにこなきゃ始まりません。 これからの数日間、度々お世話になるお店なんで、 とりあえず店内にどんなものがあるか確認しつつ、日焼け止めやら防水タバコケースといったビーチ用品を購入しました。 一応はビーチに行く準備も整ったので、約5分ほど歩き、ヒルトン前のデューク・カハナモク・ビーチに行ってみました。 午前10時半頃、ビーチに到着してから、ゴザを買い忘れてたことに気がつき、ビーチにあるレンタルショップでゴザかタオルをレンタル出来ないか聞いてみると、 「ここはヒルトンの宿泊客しかないので、ホテル内にあるABCストアで買うといい」と言われたので、素直にこれに従ってホテル内にあるABCストアに行って、 1.99ドルのゴザを購入しました。 これで本当に準備完了です。 ここのビーチは、いわゆるワイキキビーチのすぐ隣なのですが、 ワイキキビーチのように混雑しておらず、日本人も殆ど見かけません。 ヒルトン・ハワイアン・ビレッジっていうホテル自体は超メジャーなので、 日本人宿泊客もかなりいるはずなのですが、日本人は皆どこに行ってるのだろうか。 とにかくこれで準備出来たんで適当なところにゴザをひいて、Tシャツ脱いで日焼け止めを塗ったくって、 ビーチに寝転がって読書したりまどろんだり、暑くなったら海で泳いで体を冷やしてっていうのを繰返しました。 これがしたくってハワイまで来たのです。 昼過ぎになり、腹も減ってきたし喉も渇いてきたので、ヒルトンのビーチバーに入りました。 カウンター席が白人達で満席となっていたので、テーブル席に案内され、ビールと鶏のフライっぽいものを注文しました。 鶏のフライっぽいやつはとても美味しいとは言えないシロモノでしたが、ハワイの青空の下、しかもビーチで飲むビールは最高です。 あんまり美味しくって2杯も飲んじゃいました。 再びビーチに戻って寝転がってお昼寝してたら、午後2時頃になってました。 あとは宿泊するプリンスホテルのプールでしばらく過ごすことにして、 ホテルにむかいました。 ホテルのプールは4階部分にあるのでとても静かで、スナックショップやレンタルタオルは完備されてるし、 掃除も行届いていてとても清潔なので、結構気に入りました。 1時間ほどプールサイドで読書して、チェックインの午後3時になったので早速フロントに行き。 預けていた貴重品を受け取ってからチェックインしました。 このホテルの5階以上は西側のアラモアナタワーと東側のダイアモンドヘッドタワーというツインタワーになっており、 僕の部屋はダイアモンドヘッドタワーの24階とのこと。 まったく部屋については全く期待しておりませんでしたが、 33階建てのホテルの24階とは結構ラッキーだったと思います。 期待に胸をふらませて部屋に入ると、ベルボーイに預けていたスーツケースが無事に届いており一安心。 カーテンを開けると海側一面ガラス窓で、眼下にはアラワイ・ヨットハーバーがあり、右側にはアラモアナ公園という絶景に満足です。 そして、テーブルには灰皿が置いてあることから、この部屋が禁煙室でないことを認識でき、これにも満足。 ハワイは数年前から禁煙法が施行され、公共の飲食店や街中での喫煙は禁止となっており、全室禁煙となっているホテルも多いのですが、 プリンスホテルは喫煙可能な部屋が50%あるってことが、今回このホテルに決めた理由の一つでもあります。
部屋に満足したところでシャワーを浴びて、アラモアナ・ショッピング・センターに買い物に出かけました。 今回、Tシャツは現地調達する予定だったから日本から着てきたやつしか持ってきてないし、 海パンは前回(十数年前)にハワイで買ったブカブカのやつしかないので、これも買わなきゃいけないのです。 アラモアナ・ショッピング・センターはとてつもなく巨大で、とてもくまなく見て回ることは出来そうもないけど、 ぶらぶら適当に歩いてると、サーフショップみたいな店がいくつかあったので、海パン探しに覗いてみたけど、 今一つ決め手がなく、さらにぶらぶらすると、“OLD Navy”というGAPの姉妹ブランドの店を発見しました。 ここでデザイン的に結構気に入った海パンを発見。価格も19ドルと格安です。サイズはSで大丈夫だろうということでこれに決定。 ここでは、この他に5ドルと10ドルのTシャツを1枚づつ買い、この日のノルマとしていた買い物を完了できました。 あとは、ショッピング・センター内のABCストアでバスに4日間乗り放題となるチケットを購入し、 このバスチケットでバスに乗り込みワイキキ方面に行きました。 やはりハワイに来たらワイキキの街の雰囲気にも触れときたいのです。 バスに乗って驚いたのは、以前は一切なかった車内アナウンスがされてることです。 以前来た時には、今いる場所や次の停留所など、窓の外の景色を見て自分で判断しなきゃならなかったのですが、 今は停車時には到着した停留所、発車時には次の停留所がアナウンスされるようになっているのです。 景色が見えにくい夜でもこれなら安心で。 クヒオ通りとルアーズ通りの交差点付近の停留所でバスを降り、DFCギャラリアの横を通ってワイキキのメインストリートである カラカウア通りに出ましたが、ファッションブランドの直営店なんかが沢山できてて、風景は多少変わったけど、 相変わらずにぎやかで、ここに来るとなんかウキウキする。 カラカウア通りを横断してルアーズ通りを進むとオアフ島有数の高級ホテルであるハレクラニがあるのですが、 カラカウア通りからハレクラニまでの間って昔は大して店なんかなかったのですが、今はこの通りがワイキキ・ビーチ・ウォークという ショッピングモールになっててとてもにぎやかだったので、ちょっと歩いて見ることにしました。 ここで目に入ったのがビーチ用品店の店頭に吊るされたクロックスサンダルでした。実は、日本から持ってきた三平草履の鼻緒の部分が固くて、 両足の親指の付け根がとても痛くなっていたのです。とはいえ、クロックスというサンダルメーカーのことをこの時点では知らなかったけど、 踵にストラップをまわして足の甲を覆う形状で樹脂素材のサンダルについては、日本でも2〜3年前から巷の子供達が履いているのを見てるので、 こういったものが存在しているという程度の認識はありましたが、僕の美意識としてはカッコ良くは見えないし、安っぽいイメージがあったので、 履こうと思ったことはありませんでした。 しかし、これを店頭で試しに履いてみると、軽いし足にフィットするしでなんとも快適で、即座に購入しちゃいました。(30ドル弱) Tシャツ、海パン、サンダルと、必要な買い物が一通り終わったので、後はプラプラとカラカウア通り西に向かってを歩きました。 しばらく行くとインターナショナル・マーケット・プレースがあります。 ここは韓国系や中国系の人たちが屋台みたいな小さな店を出していて、 胡散臭いお土産やら格安のTシャツなんかを売っていて、以前は日本人観光客の数も多く、日本人らしき人を見かけると各店の店員が 「オニイサン、オニイサン、ヤスクスルヨ!!」などと声をかけ、交渉しだいでは結構値引きも出来るっていう、ハワイにあってアジアンフレーバーの 胡散臭さが大好きで、過去にハワイに来た際にはここに入り浸ってTシャツやら怪しげなお土産を値切って買ったものですが、 今は、日本人は殆どおらず、店員も日本人を見かけても声を掛けることもなく、金の無さそうな白人がマガイモノのお土産を吟味してるだけで、 以前の活気は無くなっていました。 この10数年で日本人は進化して洗練されてしまったのでしょう。 もはやダサい絵柄にHAWAIIとかの文字が書いてあり、 数回着たら伸びまくるようなTシャツや、‘Made In Chaina’ のシールが張ってあるフラダンサーの人形なんか買う日本人はいないのでしょう。 活気を失くした寂しげなインターナショナル・マーケット・プレースの奥の方にはフードコートが出来ていたので、この日の夕食をここでとることに決めました。 中華やらタイ料理、ギリシャ料理、、ステーキ、焼肉、寿司と色んなお店があって目移りしちゃいましたが、 この中にメキシコ料理屋を見つけたので、ここでタコスを注文してフードコート内のテーブルで食べました。 ビールを売ってないのが残念でしたが、 タコスの味はとても美味しく、満足できました。 時刻はそろそろ午後8時半になっており、疲れは感じませんが、そろそろ身体を休ませてあげないといけないと持たないかも知れないと感じました。 出発日の朝に起きてからこれまでに32時間経過しており、その間に飛行機で3時間程度寝たりビーチで昼寝したりしたとは言っても、 本格的に寝たわけじゃないし、慣れないことで慌てたり、紫外線に体を晒したりしてると結構体力を奪われてるはずなのですが、 ハワイに降り立ってからのテンションがあまりに高くって疲れを感じてないのです。 二十代の身体ならこのテンションに付き合うことも可能でしょうが、 四十台の身体はこのまま行くと壊れてしまうかもしれません。 そんなことを危惧して、ここはおとなしくホテルに帰って休むことにしました。 ワイキキからホテルまでの帰路には、プリンスホテルが宿泊客用にワイキキとホテル間を運行させてる無料シャトルを利用してました。 ホテルに到着し、そのまま部屋には行かず、近くのABCストアにお買い物に行き、翌日の朝食用のオレンジジュースやヨーグルト、 そしてビールを購入しました。ビールは6缶セットで6ドル台ととても安かったけど、オレンジジュースは500CCで3ドル位と日本よりかなり高めの値段でした。 これで、この日の買い物も終わりで、あとは部屋に戻ってシャワーを浴びてビールを飲んで寝るだけです。 部屋に戻り、この日着たシャツや海パンや下着を風呂場で洗濯し、シャワーを浴び、ビールを飲みながらこの日買ったものをベッドに広げて見た。 「なかなか良いお買い物ができた」などとご満悦しながら、翌日から早速活躍すべき海パンを履いてみると、 明らかにでっかくって、ウェストの紐を目一杯絞っても、ちょっと下に引っ張ると脱げちゃうのです。 これじゃあ海に入ったら水の抵抗で確実に脱げちゃってフリチンになっちゃうのは明白です。 そうなると警察に通報されて、僕は強制送還され、もう二度とハワイの地を踏むことは出来なくなるのです。 残念ながら翌日も日本から持ってきたブカブカの海パンを履くこととし、この日買った海パンは返品することと決めました。 やはり疲れていたのか、缶ビールを3本飲んだあたりで記憶をなくし、眠りに入ったのでした。 ■ 2009年11月8日(日) 2日目 午前6時起床。まだ夜は明けていない。 ホテルの部屋にはコーヒーメーカーもコーヒーの粉も完備されてるので、とりあえずコーヒーをつくりつつ顔を洗い、 昨夜買ったオレンジジュースとヨーグルトの朝食を取る。その後は朝日を反射して輝き出す海を見ながらコーヒーとタバコで一服。 至福のひと時です。 明るくなったところで、朝のジョギングに出かけました。 ホテルを出てアラワイ運河の橋を渡ってアラモアナ公園へ。 この公園の一番西側まで行って戻って、 マジックアイランドを一周っていうコースを走る予定です。たぶん4キロ位はあるはずですが、公園の西の端に行く頃にはすっかりグロッキーで、 復路はほとんど歩きでしたが、マジックアイランドでは再び気合を入れて走り、朝っぱらから汗だくでホテルに戻りました。 ホテルでシャワーを浴び、朝からビールを飲んで一息いれたら、この日のビーチ三昧に突入します。 先ほどのジョギングで走ったアラモアナ公園の脇に広がるビーチが とても素敵だったので、そこに行ってみました。
アラモアナセンターから8番のバスに乗ってワイキキ方面へ、カパフル通りからカラカウア通りと交差するところでバスを降り、 カピオラニ公園の海っぺりの道を西に15分ほど歩くと、ニュー・オータニ・カイマナ・ビーチ・ホテルがあります。 ここまできたのは、このホテルの前にあるサン・スーシ・ビーチが目的でなのです。 ここは椰子の木に囲まれたほど良い広さのビーチで、傍らには立派なハウの木が生え、その下にュー・オータニ・カイマナ・ビーチ・ホテルのオープン・エアのレストラン「ハウ・ツリー・ラナイ」があり、 ここで皆さんが日曜日のブランチを楽しんでるっていう、ゆったりした素敵なロケーションです。 ここもやはり日本人は皆無でしたが、ワイキキからここまで来る間の道中も含め、ハワイを満喫できるビーチでした。 帰り道は、海っぺりではなく、カピオラニ公園内を歩きましたが、ここから見るダイアモンドヘッドはなかなか迫力があります。
ワイキキに戻り、ロイヤル・ハワイアンのビーチバー‘マイタイ・バー’に行ってマイタイを飲んだ。これもハワイに行ったらお約束なのです。 ロイヤル・ハワイアンの前のビーチは真夏の湘南のような混雑で、日本人の割合も多い。 日本人の皆さんは昼間はここに来てるのかってことを知りました。 マイタイを飲んで良い気分になりつつ、ワイキキの街で、昨日の買い物で失敗した海パンを物色してみた。そこそこ気にいったものをいくつか見つけつつ、 昨日サンダルを買った店に行くと、子供用で最大サイズの海パンを出してきたのですが、これが僕のサイズにピッタリだったし、安かったので、 デザイン的にはイマイチながら買っちゃいました。 ここから、バスに乗らず歩いてホテルまで帰ることにして、カラカウア通りを西に向けて歩き続け、 カラカウア通りとアラモアナ通りの交差点の所に‘チーズバーガー・ワイキキ’というハンバーガー屋を見つけました。 ハワイに来たら、マクドやバーガーキングのようなファーストフードじゃないアメリカンなハンバーガーを食べて見たいと考えていたし、 時刻も午後2時近くなってたので、ここでチョイと遅めのお昼ご飯を取りました。 お店は一応は屋根は歩けど壁がないオープンな雰囲気で、とてもハワイっぽい。 壁がないので店内に鳥が入り、客の食べ残しをついばんでるのもハワイらしく雰囲気の楽しめるお店です。 生ビールとアボガド入りチーズバーガーをオーダーしましたが、ビールは出てくるものの、ファーストフードじゃないからハンバーガーが出てくるまで結構時間がかかるのです。 ビールのおかわりを注文するだけの所持金もないので、目の前に冷たいビールがあるのにハンバーガーが来るまで生殺し状態で我慢し、 10分位待った後で、ウェイターが僕のテーブルにハンバーガーを持ってきました。 眼前にあるハンバーガーはお馴染みのマクドのダブルチーズバーガーの4〜5倍の大きさで、 ハンバーグ自体がとてもデカく、びっくりドンキーのハンバーグ位はありそうなデカさと分厚さです。 食べて見ると、おびただしい量の肉汁が滴り落ち、間に挟んだ野菜もぼろぼろと落ちて、キレイに食べることなんてとても出来ませんでしたが、 これまで食べたハンバーガーの中で最高に美味しかったと思います。 最初見たときは、絶対に食べきれないと思ったけど、見事に完食し、 120%になった胃袋をおさえながらホテルに戻りました。 ホテルに戻ったとは言え、部屋には戻らずにプールに直行し、プールサイドで日光浴しながら読書という定番スタイルに入りました。 スナックショップのオバチャンが「何か飲まないか?」と聞いてきたので、当然のこととしてビールを注文し、しばし午後のリラックスタイムを楽しみました。 日が暮れる前に部屋に戻って、ここからは着替えをしてお買い物タイムなのです。 ホテルのシャトルでワイキキに行き、目指すは、‘アバンティ・シルク’というアロハシャツ専門店です。 ここでは、十数年前に来たときにも一着購入し、 柄やシルクの肌触りがとても気に入っていたので、今回も自分用のお土産に買おうと考えたのです。 店に入ると、所狭しとアロハシャツが吊るされていて、どれにしようか迷いながら、一着に絞りきれず2着買っちゃいました。1着65ドルで計130ドル。 旅のテンションで衝動買いしちゃったけど、日本に帰ってアロハシャツを着ることなんかほとんどないのは明白です。 ここで一つ心にひっかかていたのは海パンです。昼間にサイズがピッタリのヤツを買ったのですが、所詮は子供用。 本当はもっと格好いいヤツが欲しかったのです。 そんな訳で、昼間に物色してめぼしをつけてた‘リップ・カール’というサーフショップに行ってみました。 昼間に目を着けた海パンはまだありましたが、その他に僕のサイズに合うものを物色してると、さらに格好いいヤツが見つかったので、 すかさずこれを試着しました。 前日の‘オールド・ネイビ−’では試着を怠ったためにサイズに会わない海パンを買ってしまったので、 試着の必要性を思い知らされていたのです。 フィッティングルームでサイズがバッチリであることを確認し、即座に購入しました。 45ドル位だったと思います。 この日は夕食をアラモアナ・ショッピング・センターのフードコートで食べようと考えていたので、クヒオ通りのバス停に行き、 8番のバスでアラモアナ・ショッピング・センターに行きました。 バスから降りてショッピング・センターに入るとすぐに‘マカイマーケット’というフードコートがあり、 世界中各国30店以上料理屋が並んでいて、良い匂いが漂っています。 ここで即座に食べとけば良かったのですが、 ショッピング・センター内でいくつか行きたいところがあったので、そこに行った後で食事を取ることにしました。 まずは、‘ロングス・ドラッグ’というドラッグストアに行きました。 広い敷地内にアメリカっぽいパッケージの薬品や日用品が並んでて、 特に買うものがなくても見てるだけで楽しめます。 次に‘フードランド’っていう食料品店に行って見ると、入口付近は惣菜が並んでたのを見て、「こういうのを買って部屋で食べるのも一つの手かな」などと考えながら、 奥の方に行くと、これまたアメリカです。 肉の塊や牛乳パックなど日本では有り得ない大きさで、こんなものをペロリと平らげるアメリカ人と戦争しても勝てっこないってことを、 日米開戦から68年経過してたハワイの地で思い知らされました。 そんなことで時間を潰し、フードコートに戻って見ると扉の前には守衛が立ち、中に入れなくなっていました。 フードコートは午後7時で閉まっちゃうのかと残念に思いつつ、 ショッピングセンターにはそのほかにも色々な飲食店があるので、そこら辺を探って見ることにしたのですが、午後7時で閉まるのはフードコートだけではなく、ショッピング・センター全体が閉まってしまいました。 アラモアナ・ショッピング・センターは平日は午後9時まで営業してるけど日曜日は午後7時で閉店するそうですが、この時はそんなこと知る由もないので、結構戸惑いました。 「こんなことならワイキキで食べときゃ良かった」とか「アラモアナ・ショッピング・センターに着いてすぐに食べるべきだった」などと後悔しましたが、 気を取り直し、再びワイキキ方面のバスに乗り込みました。 ワイキキまで行くつもりはありませんが、 アラモアナ通りのヒルトン・ハワイアン・ビレッジ付近に、昼間にビーチからの帰りに通りかかったときにちょっと気になったお店があったので、そこに行くことにしました。 そこは、‘ワイラナ・コーヒー・ハウス’というレストランで、入口には数十人の白人が行列してました。 僕もちょっと行列に加わったけど、 別にこの店に行列までする理由は何もないことに気付き、この店を後にし、ホテル方面に歩き出しました。 するとすぐに‘アイホップ’というアメリカではメジャーなファミレスがあったので、 ここに入ってみたのですが、一人しかいない中国系の接客係のおネェちゃんは、白人客のカード決済に戸惑っており、しばらく待っても完全に無視されました。 こういう接客の店なら出てくる料理も推して知るべしで、ここで食べるべきではないと判断し、この店も後にしました。 後はホテル近くのマクドで食べるか、ホテルの高級レストランで食べるか、もしくはABCストアでおにぎりでも買って部屋で食べるかってところだったのですが、 僕の泊まるプリンスホテルの隣にあるイリカイホテルの1階にある‘チャートハウス’というシーフードレストランに以前来たことがあり、 なかなか美味しかったことを思い出しました。 この店がまだあるのか分かないながら昔の記憶を頼りに行ってみると健在でした。 テーブルは満席でバンドがライブ演奏して賑わってるこのお店に、多少躊躇しながら入り、カウンター席に座りました。長い白髭のバーテンダーが愛想よく注文を聞いてきたので、 とりあえずはビールを注文しました。 アラモアナを締め出されてからの食事場所探しで疲れていたので、冷たいビールは格別に美味しく、 あまり上手じゃないバンド演奏すら心地良く思えました。 ビールを一杯飲んで落ち着いたところで、食べ物を頂こうとメニューを見せてもらい、 ポケというハワイ風のマグロの刺身を注文しました。 隣の席には店の常連らしき白人のオバチャンが座り、ライブ演奏に盛り上がりつつ、 僕に対してナンヤカンヤと話しかけてくるのですが、それは完璧な英語なんで僕には半分も分かりませんでした。 そんな中で、バーテンダーを指差し、「彼をどう思う?」と聞かれ、さすがにそこで期待される答えを僕も理解したつもりで、「サンタクロースですか?」と答えたら、 そのオバチャンとバーテンで何やらゲラゲラ笑ってました。 一応僕も愛想笑いをしつつ、もう少し英語とアメリカンジョークを勉強しなきゃ駄目だなと自覚しました。 ポケには割箸と醤油がついてきましたが、あえてフォークで食べました。味付けもしっかりされてるので、醤油も不要でした。 マグロと葱を醤油とごま油で和えたようなものなのですが、ヤミツキになりそうな味です。 今後ハワイに来たら必ず食べるものになるでしょう。 ビール3杯とポケ一皿をたいらげて‘チャートハウス’を出ました。 ABCストアに寄り道してビールと翌日の朝食を買い、部屋に戻って洗濯とシャワーです。 シャワーを浴びたら、この日に買ったアロハシャツやら海パンをベッドに広げ、これを眺めながらのビールタイム。 さっきお店で飲んできたばかりなのですが、ハワイの気候のせいか、いくら飲んでも美味しさが劣化しないのです。 日本だと本当に美味しいのは中ジョッキ3杯目くらいまでで、あとは惰性で飲む感じなんですが、ハワイにいるといくら飲んでも美味しいのです。 こんな感じで、この日も朝から晩までビールばっかり飲み、気絶するかのようにスコーンと眠りにつきました。 ■ 2009年11月9日(月) 3日目 この日も朝6時半起床。前日と同様にオレンジジュースとヨーグルトとコーヒーという朝食をとり、 ジョギングに出かけました。 この日は少々雲が多く、やや肌寒い位の気温で、ジョギングには適していましたが、前日には気合を入れすぎて、 かなり疲れちゃったので、この日は軽く流す感じで走りました。 アラモアナ公園に入ってすぐのところには、 観光バスが沢山停車してるので、「これからオプショナルツアーなんかでワイキキのホテルに向かいに行くのかな」などと憶測しましたが、 実際のところは不明です。 そんなバスの中からウクレレを練習する音が聞こえてきたりすると、なんだかハワイっぽくて得した気分になります。 たかだか運ちゃんの練習なのですが、なんだかウクレレの音が気に入り、自分でも弾いてみたい気になりました。 結局、この日はマジックアイランド一周しただけでホテルに戻りました。 肌寒いのでさほど汗もかいていないので、シャワーも浴びずに、 昨日買った子供用の海パンと前々日に買ったTシャツを着て、米軍施設正面にあるフォート・デ・ラッシー・ビーチに行きました。 広い砂浜が広がりワイキキ・ビーチのすぐ隣に位置していながらも、このビーチは空いてました。 そしてここにもやはり日本人はいません。 ヒルトンやワイキキのホテルのビーチバーにもすぐ行けるっていう立地で、静かで広くて空いてるというのは、 読書〜昼寝〜水泳〜ビールという僕のビーチライフで必要となるものを完璧に満たしており、このビーチを最高に気に入ってしまいました。 そんなフォート・デ・ラッシー・ビーチで寝転がったりビールを飲んだりしてしばらく過ごしたのですが、 いかんせんこの日は雲が多い。 空が青くないハワイってなんかテンション下がっちゃうのです。
とは言え、日本を出発する前にネットで調べた天気予報では、この旅行日程中全て雨ってことだったんで、 それも覚悟で来てるんだから、雨が降らず、ビーチに寝転がっていられるだけでもありがたいのです。 しかし、ハワイの天気予報って全くあてにならんものですな。 昼頃にはチョイと場所を変えて見ようと、昨日行ってとても良かったアラモアナ・ビーチに行くことにしました。 その前にアラモアナ・ショッピング・センターに立ち寄り、昼飯を調達しました。 ベトナム風サンドイッチの「バレ」というお店で、 フランスパンに大根と人参のナマスを挟んだサンドイッチが売り物で、ここでナマスとカレー味のチキンとレモングラスを挟んだサンドイッチを買い、 ABCストアで缶ビールを買って、アラモアナ公園のベンチで頂きました。 パリパリのフランスパンに甘酸っぱいナマスと スパイシーなカレー風味、それに爽やかなレモングラスでかなり美味しい。アラモアナ公園のテーブル付のベンチの目の前は ビーチで、ロケーションも最高です。 但し、ハワイでは、飲食店以外の屋外での飲酒は非常識なようなので、 出発直前に100円ショップで買った保冷カバーに缶ビールを隠しつつ、ちょっとウシロメタイ気分だけど美味しくビールをいただきました。 ビールってフランスパンにも合うってことが分かりました。
午後になっても相変わらず曇りがちですが、アラモアナ・ビーチはやっぱ静かで読書するにはいいです。 これでビーチバー的なものがあれば最高なんですが、ここにはスナックショップしかないのが唯一の欠点といえるでしょう。 数時間アラモアナ・ビーチに滞在したあと、ビーチバー的なものを求め、デューク・カハナモク・ビーチへ行きました。 この頃には、この日の曇りがちな天気を、初日と2日目にかなり日焼けして僕のお肌も悲鳴を上げてた頃なので、 この曇りが天の恵みというプラス思考に切り替っており、曇天を楽しもうじゃないかって勢いになっていました。 デューク・カハナモク・ビーチで、初日に来たヒルトンのビーチバーに行き、トロピカル・イッチというカクテルを注文すると、 ウェイトレスのオネエチャンが、「これはアルコールがかなり強いが大丈夫か?」ときいてきたので、 「問題ない」と答え、これを飲んだのですが、確かに結構強烈で、バーを出てビーチに寝転がると、 すぐに寝ちゃいました。しかもマドロミではなく本気の睡眠です。 夕方になり、この日の天気もようやく回復し、ハワイの強烈な紫外線が寝ている僕を攻めまくってたようで、 起きたときに日焼けで顔や腹の皮膚がヒリヒリしているおり、この感じが嬉しく思えました。 終わりよければ全てよしというか、この日の大半は曇ってて残念な気分だったけど、最後に晴れたので土壇場で全てを取り返したような気になりました。 そして、ビーチで本気で眠れたことにも満足感をおぼえます。 だって、ビーチで寝ることが、この旅の最大の目的なのですから。 時間も午後5時近くなっており、そろそろビーチタイムも終わる時間なので、ゴザをたたんでホテルに帰りました。
日が沈んで、すっかり真っ暗になったところで、初日に買った海パンを返品するため、アラモアナ・ショッピング・センターに出かけました。 たかだか19ドルの海パンなんで捨てて帰ってもいいじゃないかと人には思われるでしょうが、僕にはこういう無駄がとても気分が悪いのです。 日本に持ち帰っても絶対につかわないでタンスのの肥やしにしかならないであろうというお土産に100ドル出すのは全く気にならないのですが、 実用品の買い物での無駄は受け付けられないのです。 いくらキチガイになったってここは曲げられません。 海パンを買った‘オールド・ネイビー’までの道中、英語での返品交渉を頭の中で色々とシミュレーションしながら店にむかいました。 店に入ったら意を決して店員に返品の意思を告げてみたところ、レジに連れて行かれてあっさり返金してくれました。 事前シミュレーションでせっかく準備した英語のフレーズを殆ど使えなかったのにはチョット残念な感じもありしましたが、 まぁ無事返品できて良かったと思います。 一仕事おえたので、アラモアナからバスに乗り込み、この日もまたワイキキの街に繰り出しました。 もう買わなきゃいけないものも何もなく、別に用はないのですが、一日一回はワイキキの街のお祭り騒ぎの中に入りたいのです。 ワイキキ・トレード・センターの前の停留所でバスを降りると、クヒオ通りを挟んだ向こう側に‘L&Lハワイアンバーベキュー’という ファースト店を見つけたので、ここでこの日の夕食をとることにしました。 ‘L&Lハワイアンバーベキュー’はハワイではメジャーなファースト・フード・チェーンで、 僕も日本での事前リサーチで、このチェーンの店がアラモアナにあることは知っていたのですが、ワイキキに店があることは知りませんでした。 お目当てはロコモコです。 ロコモコなんて日本でもファミレスなんかですでに一般的な料理となっていますが、 ぼくは未だ食べたことがないし、食べようと思ったこともなかったので、ここで僕の初体験を捧げることにしたのです。 メニューを見ると嬉しいことにミニサイズっていうのがあったので、迷わずロコモコのミニサイズを注文しました。 日本の四十代のオジサンにはアメリカのレギュラーサイズにお付き合いするの苦痛なのです。 ミニサイズは僕にはちょうど良いサイズで、見た目はご飯の上にハンバーグと目玉焼きとマカロニサラダがのっかてて、 何やらソースらしきものがかかっているという想像通りのロコモコで、味はもっと甘ったるいソースを想像していたのですが、 思ってたよりあっさりした感じで、さらさらと完食できました。 ‘L&Lハワイアンバーベキュー’を出てちょっと歩いてDFS(免税店)の横に差し掛かったときに、 DFSでは、ハワイ旅行が当たるというクジが引けるということと、ホテル部屋に置いてあったDFSでのチョコレートの無料引換券を 財布にいれていたことを思い出したので、クジとチョコ目当てにDFSに入ってみました。 DFSの建物は十数年前に比べると2倍位に拡張されていて、しかも外装も内装も昔より大分ゴージャスな感じに変わっていましたが、 相変わらずなのは、この中にいる客の99%以上が日本人であることです。 ここにいる日本人達は皆さんキレイに着飾って、 日焼けも殆どしていない真っ白けで、まるで銀座か青山にでもいるかのごときで、ここが南国ハワイであることを忘れさせてくれます。 僕のように真っ黒けで小汚い服装のオジサンはここではかなり浮きまくるのですが、こちとらキチガイなんで気にしません。 気にしないといいながらも 「クジでハワイ旅行をあててチョコをもらったらトットと帰りますんで、皆様お気になさらないよう願います。」 などと少々卑屈感情を持ちながらも、そんなことはすぐに忘れ、ハワイ旅行を当てた場合の心配をしはじめました。 「ハワイ旅行をあてたら、今度はどうやって休暇をとろうか?」とか「年末年始休暇に無理やり仕事をねじこんで2月位に代休をとろうか?」などと あれこれ考えつつ、最上階のクジ会場に辿り着き、早速クジを引いたけど、当然ハズレで、冷蔵庫に貼っつけるマグネット的なものを残念賞で受け取り、 無料のチョコを貰ってこの場を去りました。すっかり当たる気になってた自分が馬鹿みたいですが、馬鹿どころかキチガイなんだからしょうがないのです。 最上階から1階まで降りる間にタバコと酒のコーナーがあったので、ちょっと見てみました。 昔のDFSでは酒のコーナーは大いに賑わっていて、スペースも現在の10倍位はあって、僕も目を輝かせて洋酒をしこたま買ったものですが、 今では殆ど誰も寄り付きもしない寂しい感じです。 陳列してある洋酒の価格を見ると日本の量販店よりはるかに高いのを見て、この売り場が衰退したのにも納得いきました。 そういえば十数年前まではハワイにくると大概のものが日本より安く感じられてたのですが、今ではハワイで安いと感じるのはビール位のものです。 ハワイにて、ここ十数年の日本のデフレを実感し、自分の給料が上がらないことにも合点がいきました。 こんなことを考えつつ、居心地の悪いDFSを出ました。 このあと、DFSの隣にあるワイキキ・ショッピング・プラザ内にあるウクレレ屋さんに行って見ました。 朝のジョギング中にバスの運ちゃんが練習してたのを聞いてから、 ちょいと興味を持っちゃったのです。 並んでるウクレレを見ると、60ドル位のものから数千ドルのものまであり、 ケース込で100ドル位ならお土産に買ってもいいかなと考えていたところ、日系人らしき店員のオッサンから「手にとって弾いて見てもいいよ」と日本語で声を掛けられ、ウクレレを手渡されました。 「弾くっつても何もわらない」って応えると、CとG7とFといった簡単なコードとピッキングの仕方を教えてくれました。 教わったコードで試しに音を出して見ると、これがとても良い音だったのですが、ウクレレの値札を見ると600ドル。これはさすがに買えない。 すると、こちらの気持ちがばれたようで、今度は別のウクレレを持たされ、これで音を出すと、さっきのと全然違うのです。 ちなみにこのウクレレは200ドルでした。 店員のオッサンいわく、「400ドル以下のウクレレは買わないほうが良い」とのことです。 「ウクレレは楽器の性質上、高いヤツでもピッチが不安定で、ペグなどの造りがしっかりしていない安物だとどうしようもなくなる」とのことでした。 最初に弾かせてもらったウクレレはハワイ製のコア材のもので、この値段はかなりお買い得とのことでしたが、僕に買う意思がないと見るやこれ以上薦めず、 「次にハワイにくるまで良く考えといてネ!」と言いつつ、一曲弾いてくれたのですが、メロディに和音をおりまぜる、ウクレレソロってやつで、 曲はたぶんビートルズの「Till There Was You」だったと思いますが、素敵な音色でした。 買う気のない客にここまでサービスしてくれて有難いかぎりでした。 再びワイキキの街に戻ったところで、夕方に部屋でビールを飲んで以来アルコールを補給していないため、体内のアルコール不足を感じ、 しょうがないからアルコールの補給のためシェラトン・モアナ・サーフ・ライダーのビーチバーその名も‘ザ・ビーチ・バー’に行きました。
ワイキキの空気に十分に浸り、アルコールの補給も出来たところで、そろそろホテルに戻る頃合です。 プリンス・ホテルのシャトルでホテルに帰りつつ、明日がハワイ最終日と思うと何とも悲しく寂しい気持ちになり、 ほんの2日前のハワイに到着した頃がたまらなく懐かしく愛おしく思えてならないくなってました。 しかし、こんなおセンチな気持ちはハワイ旅行の宿命なのです。 あとは、こんな寂しさを持ちつつも、残り1日を悔いの残らないよう満喫する為、 部屋の戻りビールを飲んで、グッスリ眠って英気を養いました。 ■ 2009年11月10日(火) 4日目 最終日もやはり朝6時半に起床。朝食もやはりこれまでと同様にオレンジジュースとヨーグルトとコーヒー。 この日はジョギングはやめ、いつものアラモアナ公園をゆったりと散歩することにしました。 前日と前々日のアラモアナ公園のジョギングで、マジックアイランドの先っぽから見たダイアモンドヘッドとワイキキ方面の景色が 大変気に入っていたので、この日もここでしばし景色を眺めました。
この日は見事な晴天で、朝から容赦ない日差しふりそそいで、たかだか散歩でも汗が滴ります。 そして、この晴天に最後の1日を良い感じで満喫できそうな予感がしてテンションも上がるのです。
一旦部屋に戻り、缶ビールを一本飲んでから、朝9時前に何の迷いもなくお気に入りのフォート・デ・ラッシ・ビーチに行きました。 波うち際に近めを陣取り、いつも通りに寝っころがって読書と日光浴となりましたが、最終日のハワイはとても強い日差しで、 心置きなく日焼けの仕上げに打ち込めました。
お昼近くなったので昼飯を食べに、アウトリガー・ワイキキ・ショアにあるビーチバー兼レストランの‘ショアバード’に行きました。 ここはビーチのまん前にあるオープン・エアのレストランで眺めもローションも最高なのですが、日本人率は0で、 当然、店員も日本人対応などせず、僕についた黒人ウェイターは容赦ない英語で何やら説明してました。 ほとんど聞き取れませんでしたが、「12時からハッピーアワーになるので、マイタイが3ドルになる。 また、お得なランチビュッフェも12時からなのでそれまでビールでも飲んで待ってろ」って感じのことを言ってたようです。 お得なランチビュッフェっていっても、僕はアメリカ人の食い放題で勝利出来る胃袋を持ち合わせていないので、これはパスして、 キハダマグロのタコスとビールを注文し、12時になったらマイタイもお願いするとウェイターに告げました。 しかし、ここで出てきたタコスには唖然としました。 運ばれたバスケットには、 僕の両手のひらを合わせた大きさの1.5倍程度のタコスが3つと、残りのスペースにはフレンチ・ポテトが満載で、 日本人では三人でも満腹する量です。 しかもタコスの中にはマグロがギッチリです。 こんな壮絶なバスケットを眼前に出され、もはやウマイとかマズイを感じるよりも、 こいつをいかに処理するかということで頭が一杯になりましたが、これはすぐに諦めました。 結局、タコス1つと適度なフレンチ・ポテトを摘んで満腹となり、デザート替わりのマイタイを飲み終えてここを後にしました。 午後も引続きのビーチライフで、何度もスナックショップに行ってビールを飲んだので、お腹はタップンタップンでしたが、 素晴らしい青空と青い海の中で、強い日差しで肌がヒリヒリしながらも、ほろ酔いでまどろみながらのビーチライフは、 正に僕の求めていたもので、正にこの休暇に求めていたことで、、この上ない気持ち良い時間でした。 午後3時過ぎにお気に入りのフォート・デ・ラッシを後にして、 「ビーチを少しだけワイキキ方面(東)に歩いてから適当なところでカラカウア通りに出てホテルに戻ろうかな」と思いながら、 昼飯を食べたアウトリガー・ワイキキ・ショアの前のあたりで、「やっぱりハワイのビーチをもう少しだけ味わいたい」 という未練から、ここで少しだけ寝転がることにしました。 ここは、グレース・ビーチというビーチで、いわゆるワイキキ・ビーチの一部で、クヒオ・ビーチほどではないけど、 人口密度は結構多くて快適とは思いませんでしたが、この休暇最後のビーチライフをここで噛み締めることとしました。 4時前にホテルにもどり、部屋に行く前にプールに寄って、プールサイドに寝そべったり泳いだりして、しばらく過ごし、 お世話になったプールとお別れとなりました。 あとは、ワイキキの街の雰囲気を胸に焼け付けに行かなきゃいけないので、 部屋で着替えてホテルのシャトルでワイキキの街に繰り出しました。
そして、最後のディナーは、ロイヤル・ハワイアン・ショッピング・センターのフード・コート。 色々な店があって迷ったけれど、アラモアナでも見かけて気になっていた、‘ヤミー・コリアン・バーベキュー’という、 朝鮮風焼肉プレートの店に決めました。 ここも前日の‘L&Lハワイアンバーベキュー’と同様にスモールサイズがあり、カルビプレートのスモールサイズを注文しました。 ご飯の上に甘ジョッパイ骨付きカルビとキムチやナムルをのっけたプレートは、日本人には馴染みやすい味でしたが、 やはり、フード・コートというのはビールが飲めないのが難点です。 この甘ジョッパさには、是非ビールが欲しくなりましたが、コーラで我慢せざるを得ませんでした。 ディナーを終えた後は、用もなくABCストアに入ったりしながらうろつきつつワイキキの街を名残惜しんだのです。 そして、最後の場所として、シェラトン・ワイキキのバー‘ラム・ファイアー’に行き、ビールとマイタイを飲みました。 バーはモダンな雰囲気でハワイらしさがないのですが、ロイヤル・ハワイアン・ショッピング・センターのフード・コートでの夕食から アルコールに飢えていたのでビールが美味しかった。 ワイキキのナイトライフを終え、クヒオビーチからプリンス・ホテルのシャトルでホテルに戻り、近くのABCストアで最後のお買い物をしてから、部屋に戻りました。 部屋に戻ったら、帰国の荷造りをしなきゃいけないのですが、部屋には三段引き出しのタンスがあって、滞在中もそれなりに整理していたので、 荷造りはさほど苦になるものでもなく。 あとは、シャワーを浴びて最後の夜のビールを楽しんでから眠りました。 ■ 2009年11月11日(水) 帰国日 朝6時に起床。 実は前日に予約した空港につれっててくれるシャトルの時間が、チョイと遅いので、 前日夜に変更できないか、ホテルのフロントに相談したところ、その時にはシャトルの業者に連絡できないから、 翌日の朝一番に来てくれということになっていたので、早速フロントに行って、イリマというシャトルの業者に連絡してもらいました。 帰国便の飛行機が12時35分出発なので、空港に10時頃には行きたく、そのためには9時頃にシャトルに迎えに来てもらいたかったので、 それを要求すると、フロントはシャトル業者に連絡してOKとのことでした。 これで、帰国の準備も完了して、シャトルの迎えまで残り2時間半程度を散歩をして過ごすことにしました。
ちょうど日の出の時間で、ヒルトン付近のビーチでダイアモンド・ヘッドから昇る太陽を眺め、この日天気が良さそうなのにチョット悔しい気分。 この時間帯はサーファー達が多く、ビーチから沖のリーフの辺りに出かけてました。 僕も今度来たらやってみたいと、チョットだけ思いつつ、彼らが波乗りしてるところを眺めました。 しばらくビーチを歩き、ワイキキ・ビーチ方面へ。
ビーチからシェラトン・ワイキキ・ホテルの中に入り、ホテル内のカフェでコーヒーを買い、 9時に迎えが来るので、8時半位にはホテルに戻りたいので、ここからこれを飲みながらカラカウア通りをホテル方面に向かいました。 部屋に戻る前にはABCストアに寄らないわけにはいかず、店内を一周し、初日にここに来てワクワクしてたときのことを懐かしみました。 部屋に戻りシャワーを浴びて、久しぶりの長ズボンをはいて帰国の準備も完了し、5日間世話になった部屋を見回してから、泣きたい気分で ここを後にして、フロントでチェックアウト。 玄関でベルマンに「イリマという業者のシャトルに乗る予定だが、どこで待てばいいか?」と聞くと、 「ここで待て」とのことだったので、玄関脇でシャトルを待つことにしました。 しかし、、予約したシャトルは予定の9時になっても来ないのです。 チョイとイライラしながらシャトルを待ってると、 横にいた白人家族もシャトルを待っていたようで、お父さんらしきオッサンは僕と同様にイライラしながら終始腕時計をみていました。 このお父さんがホテルのベルマンに「シャトルが予定時間に来ないがどういうことか?」ということを問うと、 ベルマンは「大丈夫。もうすぐ来るはず。アッチにいる人も同じシャトルを待ってるよ。」と、僕のほうを指差しました。 そして、このお父さんが僕のほうに来て、「あんたもイリマのシャトルを待ってるのかい?」と話しかけてきたので、 僕は、「ルーズなハワイアン・タイムは楽しかったけど、スリリングですな。」と頑張って片言の英語で答えたら、 お父さんはニヤリとしてくれたので、どうにか通じたみたいでチョット嬉しい気持ち。 そんな中、空港からのシャトルから、この日ハワイに到着した人たちが降りてきたりするのを見て、 この人たちはこれから数日ハワイを楽しむのかと思うと、もの凄くうらやましく思えましたが、 こんな気持ちもハワイ旅行には宿命なので、心ゆくまで彼らをねたみむこととしました。 15分遅れでシャトルが迎えに来たので、さっきの白人家族とこれに乗り込み、ホノルル空港に向かいました。 どうにか飛行機に間に合うという安心感を持ち、あとはシャトルの窓からワイキキの風景への名残を惜しみました。 この日も晴天で、ビーチにくりだせば素晴らしい一日になることは間違いないした。 もう一日多い旅行にしとけばよかったと悔やんでいると、 10時頃には空港に到着しました。 空港ではセルフ・サービスで飛行機のチェックインを行い、ボディ・チェックにむかいましたが、 このボディ・チェックがとても厳重で、靴まで脱がなきゃいけないのです。 ここから、搭乗時間までまだ2時間位あるのですが、ホノルル空港内は色々なお店があるので、暇つぶしはそれなりに出来ます。 空港内の免税店には日本人がむらがって買い物をしてましたが、きっと前日とかにもワイキキの免税店でお土産を買いまくったのだろうに、 日本人って本当に買い物が好きなのだななどと、まるで自分が異邦人であるかのような感覚で、そんな風景を眺めました。 空港内のバーガーキングやピザハットにはチョイと惹かれましたが、とりあえずビールが飲みたかったので、バーに入りました。 客は一人もおらず、地元のロコっぽいバーテンと白人のウェイトレスがいるだけの店内のカウンターに座って、 ハワイ最後のビールを楽しみました。 これからの飛行時間中には禁煙厳守なので、最後のタバコも吸っときたくなったので、バーテンに喫煙所を聞くと、 空港内には喫煙所はないとのことでした。 やはり、日本などより禁煙の秩序は進んでるみたいです。 あとの時間潰しは本屋で過ごし、ハワイのガイドブックなどを今さらながら立ち読みしましたが、 アメリカのガイドブックは、日本のもののように褒めるばかりじゃなくて、辛口評価なんかが書いてあって、 結構面白くて、これで時間潰しは出来ちゃいました。 次にハワイに来る前には、是非とも米国のガイドブックを 買ってみようかなって気にもなりました。 12時頃に飛行機に搭乗すると、帰りもヤッパリ隣が空席で、2人分を独り占めのラッキーでした。 これがラッキーなのか、一人旅のキモイ客には当然のことなのか分かりませんが、ラッキーであったと思うことにしております。 そして、行きの飛行機では眠ることに集中したので、映画など見ませんでしたが、帰りはもうどうでも良い気分なので、 周囲が遊びつかれて眠る中、映画を2本見つつ、ビールとワインを飲みまくって過ごしました。 帰りの機内食では特にベジタリアンの注文をしてなかったので、周囲と同じものでしたがヤッパリ結構美味しかった。 ノースウェスト航空だというのに、最後の食事では、日本蕎麦かサンドイッチを選択出来たりするって言うのは、 やっぱり十数年まえよりサービスレベルを上げてると評価できます。 といっても僕はこんなところで蕎麦を食べたりはしません。 まだまだハワイの余韻にひたっていたかったので、ここではサンドイッチを選択。 ■ 2009年11月12日(木) 帰国 日本時間の午後4時50分頃に日本に到着。 天気は曇りで、ハワイの青空とはうって変わって空は鉛色。 とうとう今回のリゾートは終わっちゃいました。 これからはこの鉛色の空の下で真面目に働いて過ごすのです。 シャトルバスで横浜まで帰り、ここからは電車で一駅なのですが、ちょうど夕方のラッシュ時間だったため、 駅には黒や鼠色の背広をまとったサラリーマンが余裕のない形相で帰途についております。 この風景に中に自分が入ってしまうと、これまで心の中に持っていたハワイの余韻がはじけ飛んでしまいました。 この鉛色の空の下で余裕のない形相の鼠色スーツのサラリーマンが行き交うところが僕の生活圏なのだから、 これはショウガナイことなのですが、もう少し楽園の余韻に浸っていたかったのが本音です。 今回旅行に行く前には、ハワイへの一人旅にひけ目を感じたり、オヨビゴシになったりしつつ、 自分がキチガイであるといことで開き直ってそれらを克服したわけですが、 本当に自分がキチガイであるか、この旅行を通して確認してみると、全くノーマルであることに気付きました。 ハワイ到着時には青い空を見て思い切りテンション上げたり、帰国日が近づくと何とも悲しい気持ちになったり、 滞在期間を通してネガティブな気分があまりなかったり...といったこと諸々のことは、 全く標準的な普通の人がハワイに行って感じることなので、実は僕はキチガイじゃなかったようです。 しかし、実はノーマルな精神状態だった僕が、一人旅のハワイでこれだけ楽しくて嬉しかったのですから、 ハワイ一人旅に気後れする必要は何もないことに気付いたのです。 こうなると、近いうちにまた一人でハワイに行くことは必至でしょう。 週が明けたら、僕も鉛色の空の下で鼠色の服といったモノトーンの風景の一部となるのですが、 次にハワイに行く金を稼ぐために働きます。 そしてしばらくは、「ハワイでは今は何時だな」とか、「先週の今頃はビーチにいたな」といったことを考えてすごしたのです。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2010.01.12 | 2009年後半を振り返る(PARTT) “発狂” | |
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明けましておめでとうございます。 西暦2000年問題で四苦八苦したミレニアムから早くも10年経ち2010年となりましたが、 僕自身は本厄を乗り切り、今年1年乗り越えれば厄年も終わりです。 とはいえ、本厄だった昨年はまさに激動の年で、8〜9月には、これまでのサラリーマン生活で経験したことのない激務で死ぬほど働き、 その反動で10月には抜け殻となり、11月と12月には2ヶ月の間に南国リゾートに2回も行くっていう、 サラリーマンらしからぬキチガイっぷりをみせ、およそ日本人とは思えないガングロ状態で年を越したのです。 そんな激動の2009年下半期を振り返ってみます。 ■ 2009年8月〜9月中旬 我を忘れて仕事してみた 7月頃に顧客の基幹システムのバージョンアップ作業をやることになったのですが、 これは、通常は最短でも4〜5ヶ月の準備期間が必要なので、年末年始に実施しようと考えていたところ、 顧客からは「失敗の責任は自分が負うので、どうしても9月のシルバーウィークに実施して欲しい」といわれたところから地獄の始まりでした。 こうした時に僕は結構開き直るタイプで、自我というものを家のタンスの奥の方にしまって、一切の自我が存在しない状態で、ただひたすら業務を遂行したのです。 この激務は僕を極限まで疲弊させ、周囲から見ても明らかに尋常じゃない状態に見えていたようですが、僕自身はそんなことを考える余裕がなかったので、 「走れない」とか「まっすぐ立ってられない」という感覚はありましたが、「疲れた」っていう自覚はあまりありませんでした。 そんな状態の中、9月のシルバーウィークには奇跡的に作業を成功することが出来て、顧客や自社の上層部からもそれなりに評価をいただき、 当初予測の成功パターンよりも数倍の成果を上げたので、上司をはじめ周囲の者は大いに喜んでおりましたが、この時点で自我をタンスにしまいこんでいる僕には喜びなんてありません。 ■ 2009年9月下旬〜10月初旬 一仕事終えた後に真っ白になっていた時 あんまり疲れてたので、どこかにしまいこんだ自我を見つけ出すこともしないまま、仕事もさほど忙しくないっていうポカーンとした状態で過ごしていた9月末頃に、 自社の人から「あんなに働いたんだから、そろそろゆっくり休んでどっか旅行でも行くんでしょ」なんていう温かい言葉を頂き、これに対して即座に反応したのですが、 すっかり我を忘れてしまっている中年男は、その言葉を顧客からの依頼か上司からの命令のようにとらえ、まるで業務をこなすかのように休暇取得の準備を開始したのです。 その時に言われた「ゆっくり休んで旅行」っていうキーワードから、南国リゾートをイメージし、パスポート取得の手続きを即座に済ませ、「ゆっくり休む」ってことから、「例年は1週間の休暇を取るところを今年はゆっくり2週間」と考え、11月中旬の2週間の休暇取得を上司に申請しました。 激務の中で「事務仕事のような今出来る仕事は絶対に溜めないで即座に完了させる」といった行動パターンが身にしみこんでいたんで、見事なフットワークで休暇取得の作業をすすめていたのですが、上司からは 「連続2週間ではなく、1ヶ月に1週間ずつ2回に分けることは出来ないだろうか」との回答で却下されたので、やむなく11月と12月に1週間ずつ休みを取ることに即決したのです。 ちなみに、僕が長期休暇を取ろうと考えたのは、単に「ゆっくり休んで」っていうキーワードからだけではなく、 2009年の夏休みを消化しなければならないってこと、8〜9月のおびただしい超勤時間で期首にたてた予算の利益率を大幅に下回ってしまっていたので、これに対する帳尻合わせを目的としていたので、分割でも相応の日数の休暇が取れれば、まぁ良しとします。 上司からの休暇の承認を得たら、その日のうちに顧客やら手下との調整も完了し、帰宅後に早速旅行の手配に取り掛かりました。 僕がイメージした南国リゾートとは、地名を知ってるというだけで何の知識もないけど、モルディブとかプーケットって感じのアジアンリゾートだったので、 まずはこれらを探して見たところ、一人で行けそうなツアーの数は少なく、値段も想像してたより高いので、 他の南国リゾートも探して見ることにしました。 そんな時に旅行会社のホームページのど真ん中に「格安ハワイ」とデッカク書かれているのが目に入ったので、ちょっと見てみたところ、 結構いいホテルの宿泊プランがさっき見たアジアンリゾートより断然安いのです。ここで僕の心はかなりハワイに傾いたのです。 今回の旅行についてハワイは全く想定外でしたが、恐らくその理由は「ハワイなんてコッテコテの観光地で日本人だらけのダサい場所で、アジアンリゾートのほうが通っぽくってイカスぜ。」という感覚が近年の僕にあったようです。 しかし、今回の旅行のキーワードである「ゆっくり休む」を満たすには、旅行で得られる好奇心やら刺激なんて無いほうがよく、 過去に3回行ったことがあって勝手を知っていて、日本人への対応に慣れているハワイこそ「ゆっくり休む」を満足しうるのであると考えると、11月の旅行の行先はハワイ以外に選択肢がなくなりました。 後は、価格とホテルのグレードやら立地からツアーを選択するのにさほど時間もかからず、アジアンリゾートのツアー探索をはじめてから僅か2時間後にはハワイツアーの予約を完了しておりました。 これで一仕事終えてこの日は眠りましたが、あとは12月の休暇もどうにかしなければならないという課題が残っており、ハワイを決めた翌日に帰宅後、幅広くリゾート地を検索した結果、 一人旅の料金が予算に合うところで、ペナン、ランカウイ、セブ、バリ、グアム、サイパン、そして再びハワイっていうのが候補となりました。 そして、インターネットでこれらを色々調べて吟味した結果、グアム、サイパン、ハワイに絞り込むことが出来ました。 決め手としては、グアムとサイパンは安価で飛行時間が短いことで、ハワイについては、何度も行って慣れており、日本人への対応が完備されているっていう、前日に見出したハワイの利点です。 さらに振るいにかけたところ、グアムとサイパンでは、サイパンのほうが海は断然きれいとの評判なので、グアムは脱落し、ハワイとサイパンが残り、迷いに迷いながらも、特に決め手はないまま、この作業を早く完了しいということから、「エイ!ヤー!」でサイパンに決めちゃいました。 こうして、休暇取得の準備作業をする中で、ハワイを思い浮かべてウキウキしている自分を見て、少し自我を取り戻しつつあることに気付きました。 ■ 2009年10月中旬〜末 自我を取り戻しつつも、キチガイであることに感謝 10月半ばになると、心身ともに通常の状態に戻り、健全な状態となっていたと自分では思っておりました。 精神状態が正常になるにつれ、ある不安が頭によぎるのです。それは、「ハワイみたいなリゾート地に一人で行っていいのか? それは楽しいのか? 周囲に迷惑ではないのか?」ってことです。 事実、これまでの正常時の僕は、国内の一人旅ではリゾート地の宿泊は避けて地方都市のビジネスホテルに泊まるよう心がけていたし、ハワイなんて世界中で一人旅では一番行っちゃいけない場所であると認識していたのです。 こうなると、ちょいとウキウキしてたハワイ旅行がちょっと憂鬱にも思えてきます。 そんな憂鬱を抱えたままハワイ旅行を2週間前にひかえた頃に会社から精神科医のカウンセリングを受けるよう命令が下されました。 僕の会社では、規定の超勤時間を越えるとカウンセリングを受けなきゃならないっていう規則があるのですが、「会社のために身を削って働いた上にキチガイ扱いかよ」とムッとしましたが、僕は組織に属する社会人なので組織のいうことには従うのです、それで「会社が僕のことをキチガイというのならそれに従おう」と開き直りました。 そして、僕の開き直りは「キチガイなんだから周りからどう思われたって、誰に迷惑かけたって気にする必要ないじゃん!」ってレベルにエスカレートしました。 こうなると気が楽で、ハワイ旅行にネガティブな気持ちは一切なく、再びウキウキ気分を取り戻せました。 自社からのキチガイ扱いには感謝します。 | ||