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列伝 ト
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ト

- 董翳(トウエイ)【王】
- 秦王朝、西楚の臣。長史。翟王。
B.C.209章邯は囚徒を率いて陳勝の将周章を撃破して敗走させ、
曹陽でこれを殺した。
二世皇帝はますます兵を発し、司馬欣・董翳に章邯を助けて賊を討たせた。
B.C.207夏、章邯・董翳らはたびたび敗れたので、二世皇帝は人を遣ってこれを責めた。章邯は司馬欣を咸陽に遣り、指示を請うたが、会見できなかった。
この時、項籍が秦軍を急襲して王離を虜にしたので、章邯は兵とともに諸侯に降った。
項籍は関中に入って秦を滅ぼすと、関中の地を三分し、董翳は翟王に任じられ、上郡の王として高奴に都した。
B.C.206劉邦に攻められて、董翳は漢に降る。
B.C.205劉邦が彭城で項籍に敗れると、董翳は再び楚に降る。
- ケ説(トウエツ)【武官】
- 陽城の人。〜B.C.209。
B.C.209兵を率いて秦王朝に叛乱し、郯に割拠した。
章邯の別将に撃破され、軍が散乱したため、ケ説は陳に逃亡した。
しかし陳勝に殺された。
- 桃侯(トウコウ)【文官】
- 漢の臣。西楚の臣。
B.C.202項籍の一族であったが、桃侯に封じられ、劉氏を賜る。
- 董公(トウコウ)【文官】
- 洛陽新城郷の三老。
B.C.205劉邦が洛陽に行くと、董公は、劉邦に懐王の死んだ終始を話した。劉邦はこれを聞くと、
着物をかたぬいで大いに哭し、懐王のために喪を発表して、謹慎すること3日、使者を諸侯のもとに出して「天下の者が義帝を天子として立てて北面して仕えたのに、
いま項羽がこれを江南に逐うて殺したのは大逆無道である。願わくは自分も諸侯のあとに従い、楚の義帝を殺した者を討ちたいと思う」と言い、諸将を集めて楚を討った。
- 董緤(トウセツ)【武官】
- 銍の人。
B.C.209兵を率いて秦王朝に叛乱し、広陵の人秦嘉、符離の人朱雞石、
取慮の人鄭布、
徐の人丁疾とともに東海郡守慶を郯で包囲する。
- ケ宗(トウソウ)【武官】
- 張楚の臣。汝陰の人。
B.C.209陳勝の命で九江郡を侵略した。
- 当陽君(トウヨウクン)
- →黥布