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ソ    ジ
楚辞 著者 屈原(B.C.343〜278?) 時代 戦国時代


楚辞は中国文学の一洋式の称であり、またその系統の作品集の名でもあります。楚辞は楚の地方の歌で、戦国時代の楚の屈原によって現在に伝わっています。
楚辞は民間の祭祀歌謡の反映が著しく、『詩経』に欠けている浪漫性や神秘的な色彩を多分に残しています。
作者とされる屈原は、名は平、楚の公族であったといわれます。懐王に諫言を続けましたが、疎んぜられて失意の内に政界から去りました。 ここで「離騒」を作ったとされています。その後、復帰を果たしますが、令尹子蘭の怒りを買って、再び疎んぜられ、 ついに汨羅に自ら投じて入水自殺をします。
楚辞の中で屈原自身の作は一部であるとされ、諸説がありますが「離騒」「九章」「招魂」「九歌」「遠遊」のみ屈原の作であると考えられています。

離騒第一段第二段 第三段第四段第五段第六段 第七段第八段第九段第十段
第十一段第十二段 第十三段第十四段第十五段第十六段
九歌
天問
九章
遠遊
卜居
漁父
九辯
招魂

離騒
「離騒」は霊均という人物を主人公として、女シュ・霊氛・巫咸らの言辞を織り交ぜて、極めて象徴的かつ婉曲に、愁いの心情を歌っている歌です。 これは現実の楚国の政治に対する、屈原の憂憤の吐露であることは間違いないとされています。
屈原の政治上の立場、道義的精神、そしてその背景となっている楚国の運命などが、この悲痛で、しかも優婉な辞句に詠嘆されています。 この篇は詩人屈原の生命の燃焼であり、精魂の結晶であって、千古不滅の芸術作品なのです。

第一段
帝高陽の苗裔、朕が皇考を伯庸と曰ふ
攝提孟陬に貞しく、惟れ康寅に吾以て降れり

皇覧て余を初度に揆り、肇めて余に錫ふに嘉名を以てす
余を名けて正則と曰ひ、余を字して霊均と曰ふ
紛として吾既に此の内美有り、又之を重ぬるに修能を以てす
江離と辟芷とを扈り、秋蘭を紉いで以て佩と為す

汨として余将に及ばざらんとするが若くし、年歳の吾と与にせざるを恐る
朝には丘の木蘭を搴り、夕には洲の宿ボウを攬る

日月は忽として其れ淹らず、春と秋と其れ代序す
草木の零落を惟ひ、美人の遲暮を恐る

帝顓頊の後裔、わが亡き父を伯庸という。
寅歳の初春の歳星は正しく攝提格をあらわし、庚寅の嘉い日に私は生まれた。
父は初めて私を見て考え、はじめて私にめでたい名をくださった。
私を名づけて正則といい、字して霊均といった。
目もあやに、この美しい性質を既に持っているのに、またその上に善美な才能を備えている。
そして、香ばしい江離と辟芷とを身にまとい、秋蘭をつないで帯物とし、かおり高く身をよそおう。
こうしている間にも、水の流れのように時が過ぎ、年月が私を待ってくれないであろうと恐れるのである。
朝には岡の木蘭の花を摘み、夕べには中洲の冬ごしの芳ばしいボウ草を取り、
日月はたちまちに流れて留まらず、春と秋とは代わる代わる行く
やがて、草木の枯れ落ちるのを思い、美わしいかの人も年老いて間に合わないかもしれぬと心配である。

第二段
壮を撫して穢を棄てず。何ぞ此の度を改めざるや

騏驥に乗りて以て馳テイし、来れ吾夫の先路を道かん。昔三后の純粋なる、固に衆芳の在る所

中椒と菌桂とを雑ふ。豈維夫の茝を紉ぐのみならんや
彼のの耿介なる、既に道に逢ひて路を得たり

何ぞの猖披なる、夫れ唯捷徑を以て窘歩せり

惟夫れ黨人の偸楽する、路幽昧にして以て険隘なり

豈余が身之れ殃を憚らん。皇輿の敗績を恐るるなり

あなたは美しいものを手に取り、穢れたものを棄てようとされない。なぜこの態度を改めないのですか。
千里の馬に乗って思う存分に馳せて、さあ私がその先導を致しましょう。昔三王の徳の至って美しくすぐれていたことよ。 まことに多くの徳ある臣下が仕えていたのである
はじかみやかつらの香木もまじっていて、どうしてただあの尅垂竄謔いぐさなどの香草を綴るだけであろうか
また、あの聖天子堯舜の徳行の輝かしく大きなことよ。もとより彼らは道理に従って政治は正しかった。
桀王や紂王の何としまりなく乱れたことよ。それこそ近道ばかりを急ぎ歩んだのである。
あの徒党の人々のかりそめな楽しみにふけっていることよ。それ故に道は隠れて明らかでなく、険しく狭いのである。
どうしてわが身の罪禍を忌み憚りましょう。ただあなたの御車が覆るのを恐れるのです。

第三段
忽ち奔走して以て先後し、前王の踵武に及ばんとす

荃余の中情を察せず、反って讒を信じて斉怒す

余固より謇謇の忠を為すを知るも、忍んで舍むる能はざるなり
九天を指して以て正と為す。夫れ唯霊修の故なり
黄昏以て期と為さんと曰ひ、羌中道にして路を改む

初めに既に余を言を成ししも、後に悔い遁れて他有り

余既に夫の離別を難らず、霊修の数々化るを傷む

私は馳せつけて君の先後に立って輔け、前代の聖王の足跡に追いつこうとしたのに
あなたは私の胸中を知らず、かえって讒言を信じてお怒りになった
私はもとより真心からの諫言が、身の禍になることを知っているが、それを忍んでも言わずにはおれない
九天を指して誓う。それこそ立派なあなたのためなのです
あなたは夕暮を再会のときにしようといわれたのに、ああ、途中で路を変えられた
はじめにすでに私と約束されたのに、後に悔いて逃れて心変わりをされました
私はもとより棄てられて離れていることなどいといはしませんが、ただあなたがしばしば心変わりをされるのが悲しいのです

第四段
余既に蘭を滋うること之れ九畹なるに、又宸樹うること之れ百畝なり
留夷と掲車とを畦にし、杜衡と芳芷とを雑ふ

枝葉の峻茂せんことを冀ひ、願わくは時を竢つて将に刈らんとす
萎絶すと雖も其れ亦何ぞ傷まん。衆芳の蕪穢するを哀しむ

私はすでに蘭を九畹も植えているのに、その上、尅垂樹えること百畝である
また、留いや掲車などの香草を作り、それにかんあおいや芳ばしいよろいぐさなどもまじっている
それらの枝葉の盛んに茂るのをこいねがい、どうか時を待ってそれを刈り取りたいと思っていた。
冬が来てしなび絶ち切れても、どうして悲しもう。それはしかたないが、あたら咲くべき花が、草荒れ果てて咲かないのは哀れである

第五段
衆皆競ひ進みて以て貪婪なり。憑つれども求索に猒かず
羌内に己を恕して以て人を量り、各々心を興して嫉妬す
忽ち馳騖して以て追逐すれども、余が心の急とする所に非ず
老冉冉として其れ将に至らんとす。修名の立たざるを恐る
朝に木蘭の墜露を飲み、夕に秋匊の落英を餐う

苟も余が情其れ信に姱しく以て練要ならば、長く顑頷する亦何ぞ傷まん

木根をとりて以て茝を結び、薛荔の落蕊を貫く

菌桂を矯げて以て宸紉ぎ、胡縄を索にして之れ纚纚たり
謇吾夫の前修に法る。世俗の服する所に非ず

今の人にあわずと雖も、願はくは彭咸の遺則に依らん
人々は皆争って仕えて、利益をむさぼり、望みは満ちても求めて飽くことがない。
ああ、自分の心にわがままを許して人もそうであろうと推し量り、めいめい心を振り起こして妬み憎む。
人々はむやみに名利を追うけれども、それは私の心の切実に求めるものではない。
老年はだんだんと来ようとするが、私は善い評判が立たないかもしれぬと心配になる。
朝には木蘭の滴る露を飲み、夕暮には秋の匊のこぼれ散る花びらを食して、身も心も高潔に修養を積んだ。
かりにも私の真情がまことに美しくて、練り上げた道理の要点を守っているならば、いつも不遇に面やつれすることぐらいは、 またどうして悲しもうか。
私は木蘭の根をとって茝を結び、薛荔の落ちた蕊をつづって身におび、
また菌桂を取り上げて尅垂つなぎ、胡縄の香草を縄になって長く美しく装うのである。
ああ、私は前代の賢人を手本にして、装いも世俗の身につけるものではない。
今の人には合わなくとも、私は古の彭咸の残した法則に従いたい。

第六段
長太息して以て涕を掩ひ、民生の多難なるを哀しむ
余好んで修姱すと雖も以て鞿覊せられ、謇朝に誶げて夕にすてらる
既に余をすつるに纕を以てせるに、又之を申ぬるに茝を攬るを以てす
亦余が心の善しとする所、九死すと雖も其れ猶未だ悔いず
怨むらくは霊修の浩蕩として、終に夫の民心を察せざるを
衆女余の蛾眉を嫉みて、謡諑して余を謂ふに善く淫するを以てす
固に時俗の工巧なる、規矩に偭いて改め錯き、

縄墨に背いて以て曲を追ひ、周容を競ひて以て度と為す
忳として鬱邑として余侘傺し、吾独り此の時に窮困するなり
寧ろ溘死して以て流亡すとも、余此の態を為すに忍びざるなり
鷙鳥の群せざるは、前世よりして固より然り
何ぞ方円は之れ能く周はん。夫れ孰か道を異にして相安んぜん
心を屈して志を迎へ、尤を忍んで詬を攘ひ
清白に伏して以て直に死するは、固に前聖の厚くする所なり
長い溜息をついて涕をぬぐい、人生の多難なことを哀しむ。
私は好んで身の行いを善美にしたけれども、かえって束縛を受け、ああ、朝に君に申し上げて夕暮にはもう捨てられてしまった。
私を捨てるのに私が尅垂フ帯をしていることを理由にされたが、又、今度は私が茝を手にもっているのを理由とされた。
しかし私の心に善いと信ずることだから、いくたび死のうとも、それこそ悔いることはないのである。
残念なことに、わが君主は、大水の流れるように取り留めなく、ついに人の心を察知されないのである。
近臣を女に例えれば、多くの女は、私の顔が美しいのを妬み、悪口を言いふらして、私を大変淫蕩だと言う。
まことに今の世俗の器用なことよ。定規にそむいて物の配置を改め、
墨縄にそむいて材木の曲がり具合によって細工をするように、皆争って人の意に合うことを法則としている。
心憂い、気はふさがって、私はひとりこの時世に苦しみ困っている。
いっそ忽ち死んで、行きかた知れずになろうとも、私はこの俗人たちの態度をとるに忍びない。
猛禽が群れをなさないのは、昔からまことにその通りである。
どうして四角と円とが合うことができようか。一体、信ずる道の違うもの同士が、なんで安全に暮らせよう。
心を曲げ、志を抑え、人の尤めをこらえ、恥じを払いのぞけつつ、
清潔な心に殉じ、正しい行いに死ぬのは、まことに前代の聖王の重んじたことである。

第七段
道を相るの察かならざるを悔い、延佇して吾将に反らんとす
朕が車を囘して以て路を復り、行々迷ふことの未だ遠からざるに及ばん
余が馬を蘭コウに歩ませ、椒丘に馳せて且く焉に止息す
進んで入れられずして以て尤に離ひ、退いて将に復吾が初服を修めんとす
芰荷を製して以て衣と為し、芙蓉を集めて以て裳と為す
吾を知らざるも其れ亦やまん。苟に余が情其れ信に芳し
高く余が冠は之れ岌岌たり。長く余が佩は之れ陸離たり
芳と澤と其れ雑糅すれど、唯昭質は其れ猶未だ虧けず
忽ち反顧して以て自を遊ばしめ、将に往きて四荒を観んとす
佩は繽紛として其れ繁く飾り、芳は韮韮として其れ彌々章かなり
民生各々楽む所有り。余独り修を好んで以て常と為す
體解すと雖も吾猶未だ變せず。豈余が心は之れ懲る可けんや
行く道をよく見なかったことを悔い、久しく立ち止まり、私は戻ろうと思った。
車の向きを変えて路を引き返そう、今ならば道に迷うこともまだ遠くないのだ。
私の馬を蘭香る河辺に歩ませ、山椒の芳ばしい丘を馳せて、しばらくここに休息する。
進み仕えようとしても受け入れられずに患に遭ったので、退いてまた自分の初めの服をつくろい修めようとする。
菱と蓮の葉を裁って上衣とし、蓮の花を集めて袴にする。

私を知る人がなくても、それはしかたがない。誠に私の心こそは本当に芳ばしいのだ。
高く私の冠は山のようにそびえ、長く私の佩び物はひらめく。

芳香と悪香とが入り混じっていても、ただ清らかな本質はまだ損じないでいる。
たちまちあとを振り返り、目のおもむくままに眺めては、これから遠く四方のはてに行って見ようと思う。
佩び物はひらひらと飾りも賑やかに、香りは立ち込めていよいよ著しく明らかである。
人と生まれてはそれぞれ好みがあるものだ。私はひとり善美を好むものを常としている。
四体が裂けても、私はやはり好みを変えない。どうして私の心が懲りることがあろうか。

第八段
女シュの嬋エンたる、申申として其れ予を蒙る
曰く、はケイ直にして以て身を亡ぼし、終然として羽の野に殀せり
汝は何ぞ博謇にして修を好み、紛として独り此の姱節有る
薋菉葹を以て室を盈たすに、判として独り離れて服せず
衆は戸ごとに説く可からず。孰か云に余の中情を察せん
世は並びに挙げて朋を好むに、夫れなんぞ煢独にして予に聴かざると
私の姉は絶えず思い煩い、やさしく私を責めて言う。
「鯀は剛直であったために身を亡ぼし、ついに羽山の野に生命をちぢめてしまった。
お前はどうして知識博く直言して善を好み、見事にも独りこの美しい節操があるのか。
薋と菉と葹などの雑草で室に満たしておいても、お前は遠く離れてそんな悪草を身につけない。
衆人は一軒ごとに説いて聞かせることは出来ないので、誰がここで私たちの中情を明らかに知ってくれるだろうか。
世人はみな仲間を組んで利をはかることを好むのに、一体何故お前は独りぼっちでいて、私の言うことを聴かないのか」と。

第九段
前聖に依って節中せんと、喟き心に憑りて茲を歴え

沅湘を済りて以て南征し、重華に就いて詞を陳ぶ

啓は九辯を九歌とをもってし、夏は康娯して以て自ら縦にす
難きをかえりみて以て後を図らず、五子用つて家巷を失ふ
羿は淫遊して以て佚畋し、又好んで夫の封狐を射る
固に乱の流は其れ終ること鮮し。浞は又夫の厥の家を貪る
澆は身に強圉を被服し、欲を縦にして忍ばず

日々に康娯してみずからわすれ、厥の首用っておっと顚隕せり
夏桀の常に違へる、乃ち遂に焉にして殃に逢へり

后辛の菹醢にする、殷宗用って長からず

湯禹は儼にして祗敬し、周は道を論じて差つこと莫し

賢を挙げて能に授け、縄墨に循ひて頗ならず

皇天は私阿無く、民徳を覧て馬に輔を錯く

夫れ維聖哲は之れ茂行あり、苟に此の下土を用ふるを得
前を瞻て後を顧み、民の計極を相観するに

夫れ孰か義に非ずして用ふ可けん。孰か善に非ずして服す可けん
余が身を防くして死に危うくも、余が初を覧て其れ猶未だ悔いず
鑿を量らずして枘を正す。固に前修以て菹醢にせらる

曾ねて歔欷して余鬱邑し、朕が時の当らざるを哀しむ
茄宸とりて以て涕を掩へど、余が襟を霑して之れ浪浪たり
古の聖人を手本にして、中和の行いに調えようと、嘆き憤りながら古来の成敗の後を教え挙げ、
沅水、湘江を渡って南に旅し、九疑山にいます重華のもとに行って、次の言葉を申し述べた。
夏王は九辯と九歌との楽曲を楽しみ、歴代の夏の王たちは安んじ娯しんで好き放題のことをして、
困難を顧み後事を謀ることをせず、そのため五子は家を失って流離したのである。
羿は度を過して狩猟にふけり、又好んであの大狐を射たという。
まことに道を乱るものは終わりを良くすることはまれであって、その臣寒浞はかの羿の妻を奪った。
浞の子寒澆は頑強な力を身に備えて、欲をほしいままにして忍耐しなかった。
日々に安んじ娯しんで身を忘れ、そのため彼の首は打ち落とされた。
夏の桀王は常に道理に背いていたので、ついに禍に逢って亡んだ。
殷の紂王が人を殺して塩漬けにしたので、殷王朝は長く続かなかった。
湯王や禹王は厳かで物事を敬み、周文王武王は道理を考えて過ちがなかった。
賢人を取り上げて能力ある者に官を授け、法度の墨縄に従って近寄らない政治をした。
天は個人的な好意を示すことはなく、その人の徳を見て、そこに王朝輔佐の人を置くのである。
一体、聖徳明智の人こそ立派な行いがあって、ゆえにこの天下の土地を保有することができるのである。
前に禹湯の大業を見上げ、後に桀紂の失敗を顧み、人間の生きるための方策の窮極をよく見ると、
一体、すじみちに合わぬことをどうして用いることができよう。誰が良くないことで人を従わせることができようか。
わが身を危うくして死に近づいても、私の初めの志を見て、今でもやはり悔いないのである。
孔の大きさをはからずに、くさびの木を正しく削るのに似て、相手を考えずに諌めたので、前代の善徳ある人も塩漬けにされたのである。
こう述べて、私は心ふさがり憂えて、私の生まれた時世がよくないのを悲しく思った。
やぶみょうがや尅垂ネどの香草を取って涕をぬぐったけれども、私の襟をぬらして、とめどなく流れるのであった。

第十段
跪き衽を敷きて以て辞を陳べ、耿かに吾既に此の中正を得たり
玉キュウを駟として以て鷖に乗り、溘ち風に埃あげて余上り征く
朝に軔を蒼梧に発し、夕に余縣圃に至る

少く此の霊瑣に留らんと欲すれば、日は忽忽として其れ将に暮れんとす
吾義和をして節を弭めて、崦ジを望んで迫る勿からしむ
路は曼曼として其れ修遠なり。吾将に上下して求索せんとす
余が馬を咸池に飲ひ、余が轡を扶桑に結び
若木を折りて以て日をはらひ、聊く逍遥して以て相羊す
望舒を前にして先駆せしめ、飛廉を後にして奔属せしむ
鸞皇余が為に先戒し、雷師余に告ぐるに未だ具はらざるを以てす
吾鳳鳥をして飛騰せしめ、之を継ぐに日夜を以てす
飄風屯まって其れ相離れ、雲霓を師ゐて来り御ふ
紛として總總として其れ離合し、斑として陸離として其れ上下す
吾帝閽をして関を開かしめんとすれば、閭闔に倚りて予を望む
時曖曖として其れ将に罷まらんとす。幽蘭を結んで延佇す

世溷して分れず、好んで美を蔽ひて嫉妬す

神霊の前にひざまずき、衣の前を敷いて辞を陳べると、私は明らかに聖人の中正の道を得たように思う。
そこで四頭の白いみずちに引かせて鷖という大鳥のかつぐ車に乗り、忽ち風に埃をまきおこして私は天に登ってゆく。
朝に蒼梧山から車を出発させると、夕方には崑崙山の県圃の高地に到着した。
しばらくこの神の国の門前に留まろうと思うと、日はたちまちに暮れようとする。
私は義和に命じて車の速度を止めて、日の入る崦ジの山を遠く望んで、それに近づかないようにさせた。
私の行く手の路は、それこそ長く遠いのであるが、私は上り下りして好い人を求めたずねようと思う。
私の馬に咸池の水を飲ませ、私の手綱を扶桑の木に結んだり、
若木の枝を折って日を撫で払ったりして、しばらくあてもなくさまよい、立ち去りがたくたたずむのである。
そのうちに、私は望舒を前方に先駆させ、飛廉を後から走ってついてこさせる。
鸞鳥や鳳凰が私のために先に立て露はらいするが、雷神は供揃えがまだ充分に整わないと私に告げる。
やがて、私は鳳凰を飛び昇らせ、夜を日に継いで進んでいくと、
うずまく風は集まっては離れ、雲や虹を引き連れて出迎える。
供の者は群がっては離れ、分散しては美しく、上下して進む。

私は天帝の門番に関門を開かせようとしたが、彼は門によりかかってただ私を眺めているのであった。
日も暮れようとするのに、私は求める佳人のために人里離れてゆかしく香る蘭を結んで、贈るすべもなくぼんやりと立ち尽くすばかりである。
これもまた世が乱れ濁って、善悪のけじめもなく、好んで他人の善美を蔽いかくしてねたみ憎むためである。

第十一段
朝に吾将に白水を済り、閬風に登りて馬を緤がんとす
忽ち反顧して以て流涕し、高丘の女無きを哀しむ

溘ち吾此の春宮に遊び、瓊枝を折りて以て佩を継ぐ

栄華の未だ落ちざるに及んで、下女の詒る可きを相ん
吾豊隆をして雲に乗り、宓妃の所在を求めしむ
佩纕を解いて以て言を結び、吾蹇修をして以て理を為さしむ
紛として總總として其れ離合し、忽ち緯ワクして其れ遷り難し
夕に帰りて窮石に次り、朝に髪を洧盤に濯ふ

厥の美を保みて以て驕傲し、日々に康娯して以て淫遊す
信に美なりと雖も而も礼無し、来れ違棄して改め求めん
覧て四極を相観し、天に周流して余及ち下る
瑤臺の偃蹇たるを望み、有娀の佚女を見る
吾鴆をして媒を為さしむるに、鴆余に告ぐるに好からざるを以てす
雄鳩の鳴き逝くすら、余猶其の佻巧を悪む

心猶豫して狐疑し、自ら適かんと欲するも不可なり

鳳凰は既に詒を受くるも、高辛の我に先んぜんことを恐る
遠集せんと欲して止る所無し、聊く浮遊して以て逍遥せん
少康の未だ家せざるに及んで、有虞の二姚を留めんにも
理弱くして媒拙なれば、導言の固からざるを恐る

世溷濁して賢を嫉み、好んで美を蔽ひて悪を稱ぐ

閨中既に以て邃遠なり。哲王又寤らず

朕が情を懐いて発せず、余焉んぞ能く此と終古なるに忍びん

朝に私は崑崙の白水を渡り、閬風山に登って馬をつないで休もうとしたが
忽ち振り返り見て、この高地にも求める美人がいないのを悲しく思った。
そこで私は東方の神の春宮に遊び、美しい玉樹の枝を折って佩び物に加えつないだ。
この瓊の枝の美しい花がまだ散らないうちに、これを贈るべき下界の乙女をさがそうと思って
私は豊隆に命じて雲に乗って、宓妃のいる所を求めさせ、
佩び玉を列ねた飾り帯を解き、これを結んで約束の印として私は蹇修に頼んで求婚の申し入れをさせた。
諸人は打ち連れ群がったり離れたりして行くうちに、急に事が食い違って行き詰まってしまった。
宓妃は夕べには、后羿のいる窮石山に帰って宿り、朝には洧盤の水に髪を洗っていた。
それは自分の美貌を頼んで心驕り、日々に安んじ娯しんで、淫らな遊びにふけっているのである。
まことに美しいけれども礼を知らない。さあ、こんな女は捨て去って別のものを求めよう。
四方の果てまで眺めよく見て尋ね、天を巡って、地に下った。
玉の台を遠く眺め、そこに有娀氏のすぐれて美しい娘を見た。
私が鴆の鳥に仲人をさせようとすると、鴆は私にその娘は美しくないと告げた。
雄鳩の鳴いて行くのでも、私はやはりその軽はずみで口上手なのが嫌いである。
このことばで私は心にためらって疑い迷い、自分で行こうと思うが、それもできない。
鳳凰ははや結納の贈り物を受けて持って行ったが、高辛氏帝嚳が私より先に申し入れただろうかと心配である。
私はもう遠い国に行って住もうと思ったが、止る所が無いので、しばらくあてもなくさまよい遊ぼうと思う。
少康がまだ妻を娶らぬうちに、有虞氏の二人の娘を家に留めておきたいと思うが、
申し入れは弱くて、仲人もまずいので、縁談が決まらないかもしれぬと心配する。
世の中は混濁して賢徳の人を嫉み、好んで美点を覆い隠して醜いところを誉めそやす。
佳人の閨の中はもはや奥深く遠くて近寄ることもできない。その上智徳すぐれた君王も実情を悟られない。
私のまごころを胸に抱いて、それを申し述べることもできずに、私はどうして最後まで、この俗人どもと供にいることに耐えられようか。

第十二段
ケイ茅を索りて以て筳センし、霊氛に命じて余が為に之を占はしむ
曰く、両美は其れ必ず合はん。孰か信に修くして之を念ふこと莫からんや
思ふに九州の博大なる、豈唯是にのみ其れ女有らんやと
曰く、勉めて遠逝して狐疑する無かれ、孰かびを求めて女を釋てん
何の所にか独り芳草無からん。爾何ぞ故宇を懐ふ

世幽昧にして以てゲン曜す。孰か云に余の善悪を察せん
民の好悪は其れ同じからず。惟此の党人のみ其れ独り異なり
戸ごとに艾を服して以て要に盈て、幽蘭は其れ佩ふ可からずと謂ふ
草木を覧察するすら其れ猶未だ得ず、豈fの美に之れ能く当らんや
糞土壌を蘇りて以て幃に充て、申椒は其れ苦しからずと謂ふと
ケイ茅の霊草を取って折り数えて、霊氛に命じて私のために占わせた。
彼はいう「美しい者二人は必ず合ってひとつになるだろう。ほんとうに善い者を誰が思うことがないだろうか。
思うにこの九州の広大なことよ。どうしてここばかりに女がいるものだろうか」と。
また彼は言う「努めて遠くへ行きなさい。そして、疑い迷ってはいけない。美しい者を求めるのに、誰がお前を捨てよう。
何処にそこだけ芳しい草の無いことがあろう。お前はどうして故里の家を思い慕うのか。
世の中は暗闇であるから、日光を見ては目がくらむのである。誰が我々の善悪を見分けることができよう。
人の好き嫌いは同じではないが、ただこの佞人たちの仲間はそれこそ違っている。
どこの家にも艾を身につけて腰にいっぱいさげていて、深い林に香る蘭など佩びられるものではないという。
草木の見分けですらうまくできないのだから、どうして美玉の鑑別などただしくできるものか。
汚い泥を取って香嚢にみたし、申椒は芳しくないといっているのだ」と。

第十三段
霊氛の吉占に従はんと欲すれども、心猶豫して狐疑す
巫咸将に夕に降らんとす。椒糈を懐きて之を要す

百神翳ひて其れ備に降り、九疑繽として其れ並び迎ふ
皇は剡剡として其れ霊を揚げ、余に告ぐるに吉の故を以てす
曰く、勉めて陞降して以て上下し、カクの同じき所を求めよ
湯禹は厳にして合ふを求め、摯と咎繇とは而ち能く調ふ
苟も中情其れ修を好まば、又何ぞ必ずしも夫の行媒を用ひん
説は築を傅巖に操れども、武丁用ひて疑はず

呂望の刀を鼓する、周文に遭ひて挙げらるるを得たり
ィ戚の謳歌する、斉桓聞いて以て輔に該へたり

年歳の未だ晏からず、時も亦猶其れ未だ央きざるに及ばん
恐らくは鵜鴂の先づ鳴きて、夫の百草をして之が為に芳しからざらしめんことを
何ぞ瓊佩の偃蹇たる、衆アイ然として之を蔽ふ

惟此の党人の諒ならざる、恐らくは嫉妬して之を折かんことをと
霊氛の吉い占いに従おうとするが、心はためらって疑い惑う。

そのとき巫咸が夕べに天から降ってこようとした。そこで私は山椒をまぜた精米の供物を抱え持って、彼を待ち受けた。
百神は空を蔽って共にあまくだり、九疑山の神霊はむらがって並び出迎える。
巫咸は淡々と御霊の光を揚げて、私に遠遊が吉であるわけを告げるのである。
巫咸はいう「努めて天に升り地に降り、法度の自分と同じ人を求めよ。
湯王・禹王は慎重に賢臣に自分と合う者を求め、伊尹咎繇とはそれぞれ湯禹と調和することができた。
もしも真心から善を好むならば、またどうしてあの仲人などを必要としようか。
傅説は傅巖で杵を取って土壁を固める人夫であったが、殷武丁は彼を採用して疑わなかった。
呂望は刀を打ち鳴らして屠殺を業としていたが、周文王に出会って挙げ用いられることができた。
ィ戚は牛を飼って歌っていたが、斉桓公はこれを聞いて、連れ帰って自分の補佐とした。
このように知己の人はいるのだから、お前は年を取ってしまわないうちに、時もまだ終わりにならぬ今に間に合うようにしなさい。
鵜鴂がまず鳴いて、あの百草を、そのために香りなく失わせようとするのが心配である。
何とその美しい石の佩びたまの立派なことよ。それなのに衆人は掩ってこれを隠そうとする。
ただこの奸邪の仲間の心は誠でないから、嫉妬してお前を害するのが心配である」と。

第十四段
時は繽紛として其れ変易す、亦何ぞ以て淹留す可けん
蘭芷は変じて芳しからず、荃宸ヘ化して茅と為る

何ぞ昔日の芳草、今直ちに此の蕭艾と為るや

豈其れ他の故有らんや。修を好むこと莫きの害なり


余蘭を以て恃む可しと為せり。羌実無くして容長ず。

厥の美を委てて以て俗に従ひ、苟も衆芳に列するを得たり
椒は専ら佞にして以て慢慆たり。摋は又夫の佩幃を充たさんと欲す

既に進むを干めて入れられんことを務むれば、又何の芳をか之れ能く祗まん
固より時俗の流に従ふ。又孰か能く変化すること無からん
椒蘭を覧るに其れ茲の若し。又況や掲車と江離とをや
惟茲の佩の貴ぶ可き、厥の美を委てて茲に歴るも

芳韮韮として虧け難く、芬は今に至るも猶未だ沫まず
調度を和らげて以て自ら娯しみ、聊く浮遊して女を求めん
余が飾の方に壮なるに及んで、周流して上下を観ん

時光は乱れ動いて変わっていく。この上どうして久しく留まっておれよう。
蘭や芷の香草も今は変わって芳しくなくなり、荃や宸フ匂いのよい草が化してちがやになってしまった。
どうして昔の芳しい草が、今は忽ちこのよもぎの類になったのであろう。
有為の人材として期待していた者が今は皆つまらぬ人間になってしまったのは、どうしてほかのわけがあろう。それは善を好むことが無いための害である。
私は蘭を恃みにできると思っていたが、ああ、実質がなくて外形だけ長大になっていたのだ。
自分の美点を捨てて世の慣わしに従い、本当はその資格はないのに、多くの芳香の仲間に入ることができたのである。
また山椒はただ口上手に人の機嫌を取ることばかりして、心はおこたりなまけている。そしていたちはじかみは、香気もないくせに、香嚢を自分が充たそうと思っている。
すでに仕官を求めて、用いられようと努めるならば、また何の香気を大切にすることなどできよう。
もともと今の世のならわしは、流水のように上の者に従うのであるから、また誰が変化しないでいることができよう。
山椒や蘭の香気あるものでさえこの通りだから、まして掲車や江離などが雑草のように変わるのはいうまでもない。
私のこの佩び物の貴いことよ。その美しいものを捨て退けられて今に至ったが、
その香りは立ち込め匂って減ることがなく、かんばしさは今になってもまだ止まないのである。
自分の態度をやわらげて、それで自分をなぐさめ、しばらくさまよいめぐって理想の美女を求めよう。
私の容色が盛りの間に、あまねくめぐって天地上下をよく見ることにしよう。

第十五段
霊氛既に余に告ぐるに吉占を以てす。吉日を歴んで吾将に行かんとす
瓊枝を折りて以て羞と為し、瓊ビを精げて以て粻と為す
余が為に飛龍を駕し、瑤象を雑へて以て車と為す

何ぞ離こころの同じかる可き。吾将に遠逝して以て自ら疏けんとす
邅つて吾夫の崑崙に道すれば、路修遠にして以て周流す
雲霓の晻藹たるを揚げ、玉鸞の啾啾たるを鳴らす

朝に軔を天津に発し、夕に余西極に至る

鳳凰は翼しんで其れ旂を承げ、高く翺翔して之れ翼翼たり
忽ち吾此の流沙に行き、赤水に遵ひて容與す

蛟龍を麾いて津に梁かけしめ、西皇に詔げて予を渉さしむ
路修遠にして以て艱多し。衆車を騰せて徑待せしむ

不周に路して以て左轉し、西海を指して以て期と為す
屯まる余が車は其れ千乗なり。玉軑を斉へて並び馳す
八龍の婉婉たるを駕して、雲旗の委蛇たるを載つ

志を抑へて節を弭め、神高く馳せて之れ邈邈たり

九歌を奏して韶を舞ひ、聊く日を假りて以て婾楽す

皇の赫ギたるに陟陞し、忽ち夫の旧郷を臨睨す

僕夫悲しみ余が馬懐ひ、蜷局として顧みて行かず

霊氛がさきによい占いであると私に告げた。私はそこでよい日を選んで出発しようと思った。
玉の枝を折って旅中の肉や菜にあて、玉の屑をついて白くして乾飯として、
私のために空飛ぶ竜を車につけて引かせ、美しい石と象牙とをまぜて飾りとして車を作った。
どうして離れ背いた心が、同じく合うことができよう。だから私は遠旅をして、自分から君に遠ざかることにしよう。
私はぐるりと向きを変えて、あの崑崙山の方へと道を取ると、路は長く遠くあまねく経めぐって行く。
日を蔽ってたなびく雲や虹の旗をあげ、白玉の鸞鳥の群がり鳴くのを車の鈴音と聞き、
朝に天の河の渡し場から車を出して、夕方には私は地の西のはてに到着した。
鳳凰がうやうやしく旗をささげ、高く天がけりながら羽ばたいていく。
忽ちのうちに私はこの沙漠の流沙の地に行き、赤水に沿ってゆっくりとさまよう。
そして、みずちをさしまねいて渡し場に橋をかけさせ、西方の守り神に告げて、私を渡させた。
路は長く遠くて困難も多いので、私は多くの供人の車を馳せて近道に待たせ、
自分は不周山の道を行き左にめぐって、西の果ての海を指差してそこで会おうと約束した。
集まった私の供の車は、それこそ千輛もあろう。それが皆白玉の輪をそろえて並んで馳せる。
私はうねり進む八頭の竜を車につけ、たなびく雲の旗を立てて行く。
ここで心をおさえ速度をとどめて、私の精神は高くはるかに駆ける。
啓の九歌を奏して舜の楽曲である韶を舞って、しばらく日時を借りて、ここで遊び楽しむのであった。
それから天の陽光のかがやく中を登っていく時、ふとあのわが故郷を目の下にちらりと見た。
すると私の従僕は国を去ることを悲しく思い、私の馬さえも故郷を恋い慕って、振り返りみて進まないのであった。

第十六段
乱に曰く、已んぬるかな。
国に人無く吾を知る莫し。又何ぞ故都を懐はん。

既に与に美政を為すに足る莫し。吾将に彭咸の居る所に従はんとす、と。
乱にいう、もうしかたがない。
国にすぐれた人がいないので、私を本当に知る者がない。この上どうして故都を思い慕おうか。
もはや一緒に立派な政治をするに充分な人物がいないのだから、私は彭咸のいる所に行って供に住むことにしよう。