目出度さも人任せなり旅の春








  
井月の墓は、私の住む、南箕輪村から、
   天龍川に向かって、反対側に、あります。
    いつしか、井月に向かって、散歩していました。
     井月のいた頃と、同じものは、
      いったい、何が残っているのでしょう?
   新潟県生まれの、私には、井月が、他人とは、思えません。
     井月の時代に、生まれていたら、
      今ごろ、何をしていたでしょう?
        美しい、仙丈ヶ岳と、青い空、
             姫踊子草と、ほとけの座!

 伊那市の井月のキーマン/小林書店のご主人/0265‐72‐2685


  とぼとぼと

 高速道路、新幹線、ジェット機、スペース・シャトルと、
   井月のいた頃には、なんにもなかったものが、
     開発されて、時間的には、短縮された、時代になっています。

   こんな時代だからこそ、 「とぼとぼと」 歩くことの大切さを、
     感じてみたいと思います。

  えっ、伊那から奈良まで、歩いていった人がいるよ。

  その方は、名刺に 「信州、伊那の旅人」 と、記している
              「小松こうしん」 さんです。

  彼の 「平成まんぽ日記」 ほおづき書籍刊 によると、
    伊那から奈良まで、約400キロを、途中2日の休養を含め、
       22日間、総計 70万歩の旅 をされたのです。

  天竜川に沿って南下、
    岐阜県東濃地方から、明治村、岐阜市、関ヶ原町を経て
      琵琶湖東岸を通り、奈良に至るおよそ、400キロを
         自分の足で歩いていかれたのです。

  早春の伊那市から、初夏の奈良までの道程は
    花と新緑に彩られ、少雨晴天続きの天候が幸いしたとのこと。
 
  また、山村に育ち、木や鳥や魚を相手の冒険が、
      生活の総てだったような少年時代の冒険心が、
        まだ少しは、自分の中に残っていることを確認できたのが
          うれしかったと、まとめられています。


 奥の細道

  その昔、井月も、敬愛する芭蕉が、
    江戸深川から、平泉、象潟とまわり、大垣までの 「奥の細道」 の旅、
      150日、600里の旅 をした時代は、夢のまた夢なのでしょうか。

  今は、東北新幹線等の、交通機関が、ありますが・・・
    現代人は、ますます、遅いと、不満を言うばかりに
       なっているのでは、ないでしょうか?

  忙しいという、現代社会の中で、ふっと、井月や、山頭火のことを
    想ってみましょう!!

トップ・アイコン