| 「敦盛」
お客さんはまだ誰もいないカウンターへと歩を進めると
スーツにネクタイが似合うバーテンダー、浅岡温世女史が
「ふるさん、いらっしゃいませ。」と丁重に迎えてくれる。
浅岡さんはOLからバーテンダーの世界へと入った方で
日本バーテンダー協会全国バーテンダー技能競技大会にて
2004年、2005年部門優勝(フルーツ)をはじめ数多くの
入賞経験を持つ実力派の若手女性バーテンダーである。
カウンター席に腰掛け、まずは「マダムロシャス」を注文。
ここ四国愛媛では「カシスグレープフルーツ」をこう呼び、
これが高知のBarだと「マダムローズ」と呼び名も変化する。
「ふるさん、井上さんはもう一つのカウンターの方ですよ。」
そう言って案内してもらったやや小さめのバーカウンター。
照明を絞ったバックバーの壁面上部には戦国合戦図屏風が
ライトアップされ薄暗い空間に美しく浮かび上がっている。
屏風を眺めながらカウンター中央のストゥールに腰掛けると
まるで映画「ラストサムライ」に出演した俳優:真田広之を
彷彿とさせる髭面で精悍な顔つきの男性バーテンダーが
私の前へ静かに立つ。オーナーバーテンダー井上栄一氏。
この井上さんこそがBar業界一の信長オタクなのである。
店名はもちろん信長が出陣前に舞ったと言われている
幸若舞曲「敦盛」の一節から引用したものである。
堂々として何事にも動じないその雰囲気と見つめられた際に
グッと引き込まれそうになる目力(めぢから)は正に武将だ。
浅岡さんをはじめ多くのバーテンダーを育てる井上さんも
全日本バーテンダー協会全国大会創作部門優勝をはじめ
多くの大会入賞経験を持つヴェテランバーテンダーである。
「ふるさん、これは私からのオススメです。是非どうぞ。」
そう言って井上さんが私に差し出したのは酒が注がれた盃。
ウオッカ、清酒、そしてグレープフルーツを主材料として
レモンとシャンパンで味を調えたカクテル「信長」である。
戦国武将の様にグイッと盃を傾けるとアルコール度数確かな
液体がスルスルと喉元を通りスッと身体に染みわたっていく。
「バーで盃を傾けるなんて何だか夢を見ているようですね」と
井上さんに話すと「『ゆめまぼろし』かもしれませんよ」と
洒落っ気タップリに切り返され思わず二人で笑ってしまう。
松山の夜も旨いお酒と豊かな会話で盛り上がりそうである。
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