石川県羽咋市●羽咋七塚


石川県羽咋市の地名の由来は、滝谷に棲んで人々を苦しめた悪鳥を、垂仁天皇の皇子磐衝別命が退治したことによる。命に従っていた三匹の犬が、射落とされた悪鳥の羽根を食い破ったことからとされる。

磐衝別命は羽咋一帯を平定したとされる人物で、命は羽咋神社の祭神として祭られる。神社を訪れた人は、鳥居脇の樹齢六五〇年と伝わるケヤキの巨木に迎えられる。いくぶん枝が切り払われてはいるものの、根周り四,八b、樹高二十,二bの堂々としたものである。

本殿奥に広がる森は、磐衝別命の御陵で大塚と呼ばれる。ケヤキなどの落葉樹とタブやツバキなどの常緑樹が繁る雑木林が塚をすっかり覆っているのだ。大塚は羽咋市内に点在する命ゆかりの「羽咋七塚」の一つ。五世紀中ごろに作られた県下最大の前方後円墳である。境内左から階段を降り、塚にそって歩いてみるとその大きさが実感できる。

長さ百bもある大塚の盛り土は、同神社の神事相撲が行なわれる唐戸山から運ばれたものと伝わる。羽咋神社には大塚のほかに、命の皇子石城別命の墓といわれる大谷塚もあり、これも羽咋七塚の一つである。

このほかの羽咋七塚は、悪鳥退治をした犬の墓である水犬塚(少彦名神社)=写真、磐衝別命の遺品などを埋めた宝塚、命の妃であった三足ヒメの姫塚、命の剣を埋めた剣塚、妃が病になったのを哀しみ亡くなった皇女の墓といわれる痛子塚などがある。

時の流れのなかで、すっかり姿を変えた塚もあるが、羽咋七塚は連綿と繋がるこの地の歴史にふれられる貴重なところだ。塚を彩る木々や森の姿と共に、後世に伝えていきたい財産である。

交通 大塚のある羽咋神社まではJR羽咋駅から三百b、徒歩十分。

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