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田尻幸子 展 −ほのかな軌跡−

 

2008年2月29日 (金)〜3月30日 (日) 

不思議な造りをした民家の地下室(6部屋に壁が仕切られています)を使用したプライヴェート・ギャラリーのオープン展。スタッフと呼ばれる繊維素材を会場全体に張り巡らせた展示が行われました。

■アートスタジオ Dungeon
都営三田線板橋本町下車 徒歩8分(東京都板橋区大和町)

展示写真

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まだ何もない状態の展示空間
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展示作業中

 

田尻幸子 過去の作品写真

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「たゆたう想い」cafe orange(2006年 熊本・熊本市) 「つなぐ記憶」cafe orange(2003年 熊本・熊本市) 「さざめく無限」ギャラリー・アート・ポイント(2005年 東京・銀座)
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内海聖史×田尻幸子 展「界を縒る」Gallery ART SPACE(2005年 東京・青山) 「ひびくかたち」cafe orange(2004年 熊本・熊本市) 「深い時」への習作(2002年 未発表)

 

 私たちは皆、空間に囲まれながら生を営んでいる。しかし、それが自覚されることは希である。「空間」という語をある辞書でひもとくと、@ 何もない、あいている所 A上下四方の無限の広がり B 時間と共に物体界を成立させる基礎形式、と記されている。これらから、空間はかたちなき不可視のものでありながら、それは決して「無」ではく、常に私たちの眼の前に存在していることが伺い知れる。
 人が空間の存在を実感するのはいかなる時か。たとえば、無彩色に塗られ何もない四角い部屋に入ると、壁に囲われ自身を包む場を空間として自覚することができるし、周囲に何もない平らな屋外に立った時には、自身の周囲に広がる空間を感じ取ることができるかもしれない。ところが、家具などが置かれた部屋、あるいは建物や木々、人々で埋まる風景といった、いわば日常の場では、空間を認知することができない。それはなぜか。
 人は、場が自分自身を包んでいるという感覚を体感することで空間そのものを認識できる。しかし日常の場面では、様々なものがそこに現れて私たちとの間に何らかの関係が結ばれ、「場」と「私自身」という一対一の関係が消失してしまうため、空間を感じることができなくなるのではなかろうか。
 では私たちは、どのようにしたら空間を感知する意識を取り戻すことができるだろう。今回展覧会を行う田尻幸子の作品は、空間を身近なものと感じるための一つの指針となり得るものである。
 田尻は、「スタッフ」と呼ばれる、麻をもとにした細い生成の繊維(一般的には石膏に含まれるものとして知られる)を、天井や床、壁、柱などに、その両端をラテックス・ゴムなどで固定せながら空間のところどころに張りめぐらせることで造形空間をつくり出すという展示を重ねてきた。
 彼女の作品を、まず外側から眺めてみよう。床から天井に伸びる繊維は、枝分かれしながらところどころで結ばれ、あたかも規則性を失った蜘蛛の巣のような、きわめて複雑な形態をつくる。そして、繊維によって囲まれた隙間は、観る者の視覚の中で重なり合いながら無数の「かたち」となり、ポジとネガの関係にあるともいえるこれら繊維と「かたち」をもって、一続きの造形がつくられていることを実感させる。
 さらに、作品の中に足を踏み入れてみよう。作品の内部全体には、かろうじて身体がすり抜けられるほどの隙間がところどころに口を開け、繊維に引っかからないように慎重に足を進めていく。すると、眼の前に迫る隙間のかたちが刻々と変化する様を視覚でとらえながら、これらのかたちがつながり一つとなった空間に身体を取り込まれるような感覚を呼び起こす。そして、この空間に手を伸ばせばそれをすくい取れるような、実体あるものに接するときと同様の触感を想像させる。
 おそらく、私たちが空間という存在をこれほど身近に感じることは希だろう。思うに田尻の作品は、外から見れば隙間の集まりが空間を視覚化・実体化させ、内に入ればその空間に身体が取り込まれる感覚を否応なくもよおさせ、眼の前に「空間」が確かに存在するという実感を生むものだ。こうした、彼女の作品と一対一で向かい合う体験を通して、私たちは、実体をまとった空間の手触りを感じ取ることができるのである。
             
           ART SPACE 篠原誠司

Q:スタッフという素材にたどり着いた過程を教えて下さい。
A:彫刻科に在籍していた学生時代に、大きく、硬く、重いものでなくてもスケールの大きな作品は造れるのではないかという考えから、線で空間を仕切るようになってきました。当初はスタッフではなく、麻のロープをほどいて使っていましたが、使いにくさもあって、結局、石膏作品に使われるスタッフに行き着きました。糸や針金等の選択肢もありましたが、硬すぎて、つくられすぎているように感じられました。スタッフは繊維のままで糸になっていないので、一本ずつ異なる表情もあり、一本の中でも端と中央では太さが違っていて、その不確定な感じも面白いです。
Q:空間のかたちをつくっていくとき、自身の身体が基準になりますか。それとも、何か別のものが対象になりますか。
A:スケールという意味では自分の身体が基準です。もう一つ大事なことは、その空間の持つ特有のかたちです。例えば今回の地下室のように、すごく低い天井とか、壁や床の窪みといった特徴に惹かれて場所を選んでいるので、それが作品をつくるもう一つの大切な基準になります。
Q:制作の際、外側から見た時のかたちと、内に入り自身が取り囲まれた時のかたちとのバランスをどのように考えていますか。
A:中に入れる作品の場合には、自分や他者が入って完成することを目指しており、内側から外を見る方に重点を置いています。外側から見ると少し足りなくて、何かが欠けていると感じられるけれども、内側に入ってみると丁度良いものが理想です。
Q:作品が設置される前の何も無い空間と、作品が設置された後の造形空間との関係についてどう思いますか。
A:何も無い場には無限の空間があると思います。私が作品を設置することは、その空間の無限の切り取り方を一つ、目に見えるかたちにして、空間の記憶として残すことだと思います。
Q:今回の展覧会は、民家の地下室という特異な場所で行われますが、この場所での展示について一言お願いします。
A:ギャラリーの空間は、不特定多数の作家の作品を受け入れる場所であり、善かれ悪しかれ空間そのものの個性が弱いです。私の作品ははじめに空間ありきなので、もっと違う性格の空間で制作してみたいと考えていました。今回の場所は、そこに入るだけで想像力が刺激される様な、大変な個性を持つ場所です。そこでは空間の無限性とともに、過去の歴史とか記憶といった時間の無限性も強く感じられました。こうした空間と時間を感じられる様な作品を展開出来ればと思います。
Q:今後、他の素材や別の作品形態は考えていますか。
A:街中の路地や階段、森や林の中で作品を展開してみたいとも考えていますが、これまでは機会に恵まれていません。もしも屋外・野外での展示の可能性が現実味を帯びて来たら、素材、形態ともにこれまでと違うものが展開して行くかもしれません。

          Interview :ART SPACE 篠原誠司

田尻幸子 経歴

1964年生まれ。1996年 Central Saint Martins College of Art and Design (London, England) 卒業。
個展:Galarie Le Deco (1999年 東京・渋谷)、ギャラリー銀座フォレ スト(2000年,2001年 東京・銀座)、ギャラリ・アート・ポイント
(2003年,2005年 東京・銀座)、cafe Orange(2003年,2006年,2007年
熊本・熊本市)、cafe Orange/equipment:FLOOR (2004年 熊本・熊本市)

コラボレーション:皆川紀子+田尻幸子 展「深い時」(2002年ギャラリーイセヨシ2nd 東京・銀座)、内海聖史×田尻幸子 展
「界を縒る」(2005年 Gallery ART SPACE 東京・神宮前)、
「Collaboration Project Double Vision + Tajiri Sachiko(2006年 Double Vision+ 熊本・熊本市)、「Collaboration Project Double Vision + Tajiri Sachiko II Night Version (2007年 Double Vision+ 熊本・熊本市)