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青野 文昭・タカユキオバナ・山本 基 展

いのちの法則 ー生をひもとくための三つの書 ー

 

 人の「生」という、古今の芸術が追い求めてきた永遠のテーマに対して、それぞれ独自の解釈と制作活動を続けてきた青野 文昭、タカユキオバナ、山本 基の3名がつくるインスタレーション・立体作品で構成される展覧会。もう一つのモチーフである「本」を入口として、それぞれの作品世界に深く入り込み、そこに宿る思想を、あたかも本をひもとくように読みとることで、私たち自身も「生」の輝きを実感することができるかもしれません。

■足利市立美術館(栃木県足利市)

2008年6月7日(土)〜7月13日(日)
〒326-0814 栃木県足利市通2丁目14-7 

関連行事
タカユキオバナ ワークショップ 『「ない」の受肉』
2007年6月7日(土)


展示写真

作品画像

青野文昭作品
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タカユキオバナ作品

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山本基作品


作家紹介

青野 文昭
青野文昭作品
青野文昭作品
青野文昭作品
1968年生まれ。野外に打ち捨てられた様々なモノの断片を拾い、造形的な素材や手法によって、自身が「復元」と呼ぶ付け足しを施すことで、作品として再生させる活動を行う。宮城県仙台市在住。
タカユキオバナ
タカユキオバナ作品
タカユキオバナ作品
タカユキオバナ作品
1958年生まれ。造形として作品を制作する行為そのものを排除し、周囲の人やモノ、さらには「世界」への働きかけから生じた現象や物質をもとに表現活動を行う。栃木県佐野市在住。
山本 基
山本基作品
山本基作品
山本基作品
1966年生まれ。大量の食塩を使用して、階段をかたどった立体作品や、「迷宮」と名付けられた巨大な迷路にも見えるインスタレーション作品などを制作する。石川県金沢市在住。

 各作家のページへ 青野 文昭   タカユキオバナ  山本 基

 生命が軽んじられる世の中です。「生」の尊さを見直すことが叫ばれています。人は何故に存在するのか、必ず訪れる死といかに向かい合い、私たちは限りある生をどのようにして生きるべきか。人の生命があたかも物のように扱われる事件や紛争が日常のものとなった現在にあってこそ、この問いは、私たちにとって大きな意味を持つように思われてなりません。
 またこれらは、本来誰もが心の奥底で自問する問いであり、哲学や宗教、芸術が追い続けてきた永遠のテーマでもありました。芸術では、ギリシア彫刻に表された生命力の誇示、宗教画に描かれた彼岸の光景、近代彫刻が宿す人のリアルな姿をはじめ、創作のテーマが多様化する現代にあっては、私たちを取り巻く社会の実像を捉えたものなど、大もとをたどれば、芸術家の眼は人の「生」に向けられてきました。芸術はそこに触れる人々の生命力を呼び起こすことができるだろうか。これは、意識するしないに関わらず、表現者が心の内で反芻する普遍の問いではないでしょうか。
 思うに、芸術家自身が不可避の死に正面から向かい合い、限りあるからこそ輝きを放つ人の「生」を作品というかたちで表したいという欲求が創作の動機の根本にあり、時代や文化背景に応じて移り変わる、様々な芸術の思想や技法をもとに、無数の「生」の姿が生み出されてきたといえます。こうして作品に込められた「生」の輝きに触発されることで、私たちも、日常の中では見失いがちな、自身の内にもある「生」の力をしばし思い出すことができるのです。
 青野文昭、タカユキオバナ、山本基の作品によって構成されるこの展覧会では、表現者が心に秘め創作の核となる思想に対して、「法則」という語を当てはめてみました。それは、表現者は各々が心に決めた「法則」にしたがって、表現の方法や思想を模索し、作品の創作を通して自身の「生」を表出することで、人の存在とはいかなるものかという永遠のテーマに対する答えを探し続けているという仮定に基づいています。さらにここでは、思想や技法が大きく異なる3名の表現を括るキーワードとして、「本」というテーマをあえて設定し、それぞれが本をモチーフに制作したものがメインとなる作品のほかに展示されます。本は、著者の思想が手に取れるほどの大きさの中に凝縮された、いわば知の小宇宙を象徴する存在だともいえます。彼ら自身の死生観を記述し「造形としての本」を入口としてそれぞれの作品と向かい合い、そこに宿る思想を、あたかも本をひもとくように読みとることで、触発された私たちが自己の「生」の力を確認し、その輝きが喚起されることを目指しています。
 青野文昭は、野外に打ち捨てられたさまざまなモノの断片を拾い、造形的な素材や手法によって、自身が「復元」と呼ぶ付け足しをそこに施すことで、作品という別の存在へと再生させる活動を行ってきました。それは、一度死んで寿命を終えたものに新たな命を与える行為とも取れますが、作品の素材となる死せるモノの「死」を捜しながら彷徨する様を想像するにつけ、彼がそれを自身の架空の死に重ね合わせ、そこから制作の度に幾度となく「生」を蘇らせようとする姿が思い描かれるのです。
 タカユキオバナは、自己の内にある何かを表現するという通常の制作行為そのものを拒絶し、周囲の人やモノ、あるいは世界に対してのアプローチから生まれる現象や物質を表現とした、きわめて希な表現活動を続けてきました。彼の表現は、「生」を交流ともいえる他者との深い結び付きを生み、時にはその中で他者がつくったものも作品の一部に取り込まれるなど、個人の創作を離れての共同作業への指向が強いといえます。その大もとには、あらゆる存在がある必然の中で生まれて互いに出会い、死んでいくという死生観があり、彼との関わりを通して私たちは、そうした思想を自己の内にもしばし感じ取ることができるのです。
 山本基は、大量の食塩を使用して、階段や、「迷宮」と名付けられた巨大な迷路にも見えるインスタレーション作品を制作する作家として知られています。彼自身制作を始めた頃から、「死」をテーマとして含んでいると語っていますが、食塩という素材の純白の色彩は、「無」の状態を表すと共に、死への弔い連想させるものです。そして、近年の活動の中心としている、床に少量ずつ塩を落とすことで白線を描き、「迷宮」を完成させていく行為は、塩の白色で象徴される「死」を原点として、そこから生命の力を迷路というかたちに託して紡ぎだしていく、一種の儀式のようにも思われるのです。
 3名の作品は、方法こそは大きく異なりますが、誰にも訪れる「死」と正面から向かい合い、そこから「生」の力や輝きを導き出そうとしている点では、共通した思想を内に宿しているといえます。「いのちの法則」とも呼べる思想を記した、造形としての架空の「本」を入口とし、それぞれの表現の深淵に踏み込んでいくことで、私たち自身の意識の内にも潜在する「生」の力が呼び起こされ、それは、より良く生きるためのきっかけにもなることでしょう。

ART SPACE 篠原誠司