覚えておきたい俳句・短歌

 

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俳句

赤い椿(つばき) 白い椿と 落ちにけり

河東碧梧桐

赤い椿の木の下には赤い椿が、白い椿の下には白い椿が落ちているよ。 季語:椿(春)

秋深き 隣(となり)は何を する人ぞ

松尾芭蕉

秋が深まり、野山がどことなくさびしく感じられるようになると、人恋しくなり、隣人のことなどが気になってくる。 「・・・ぞ」は疑問。季語:秋深き(秋)

赤とんぼ 筑波(つくば)に雲も なかりけり

正岡子規

空は秋晴れで、遠くに見える筑波山の上には一片の雲もない。そんな空を一匹の赤とんぼがゆうゆうと飛んでいる。 季語:赤とんぼ(秋)

秋空を 二つに断てり 椎大樹(しいたいじゅ)

高浜虚子

真っ青にすみきった秋空を、椎の大木は、その空を断ってしまうかのような勢いでそびえている。 「断てり」=切断する。季語:秋空(秋)

朝顔に つるべとられて もらい水

加賀千代

朝、井戸に水をくみに来てみると、朝顔のつるがつるべに巻きついていて水がくめない。切ってしまうのもかわいそうなので、近所に水をもらいに行くことにした。
「つるべ」=つなの先におけを取りつけて、水をくむようにしたもの。季語:朝顔(秋)

朝立(あさだち)や 馬のかしらの 天の川

内藤鳴雪

まだ夜が明けぬうちに馬に乗って旅に出る。見上げる空にはまだうっすらと、天の川が見える。 季語:天の川(秋)

荒海や 佐渡(さど)に横とう 天の川

松尾芭蕉

荒れ狂う日本海の荒波の向こうには佐渡ケ島がある。空を見上げると、白く美しい天の川が、佐渡の方までのびて横たわっていて、とても雄大だ。 季語:天の川(秋)

海に出て 木枯らし帰る ところなし

山口誓子

木枯らしは、地上を吹き荒れて海へ出ていくと、行き場を失ってもどることができない。
木枯らしのあわれさを人間になぞらえている。季語:木枯らし(冬)

(うめ)一輪(いちりん) 一輪ほどの あたたかさ

服部嵐雪

早春、庭の梅がぼつぼつ咲き始めて、その梅が一輪ずつ咲くごとに、気候も日に日にあたたかくなっていく。 「ほどの」=ぐらいの。季語:梅(春)

梅が香に のっと日の出る 山路かな

松尾芭蕉

早春の山道を歩いていると、梅の香りにさそわれるかのように、太陽がのっという感じで顔を出した。 春の喜びを味わっている。季語:梅(春)

(おの)入れて 香(か)におどろくや 冬木立(ふゆこだち)

与謝蕪村

冬枯れの林で、木を斧で切ってみると、木の香りがただよってきた。表面は枯れているようでも、木の中では生命が活動していたんだ。 季語:冬木立(冬)

おりとりて はらりとおもき すすきかな

飯田蛇笏

ススキの穂は、見た目には軽そうだが、折り取って手に持つと、思いがけない重さだ。
見た目には感じない、生命の重さに感動している。季語:すすき(秋)

街道を キチキチととぶ ばったかな

村上鬼城

静かな秋の日差しを浴びた、人通りのない街道を、一匹のばったが急に飛び上がった。キチキチと鳴いて、飛んでは落ち、飛んでは落ちしていく。 季語:ばった(秋)

(かき)くえば 鐘(かね)がなるなり 法隆寺

正岡子規

法隆寺の門前の茶店で休んだ。そこで柿を食べていると、寺から鐘の音がひびいてきた。あたりの静けさとあいまって、秋ののどかさが感じられる。
「法隆寺」=聖徳太子が建立した、現存する世界最古の木造建築物。 季語:柿(秋)

(きく)の香(か)や 奈良には古き 仏たち

松尾芭蕉

菊の香がただよう奈良のまち。その香りの中に古い仏像たちがひっそりとたたずんでいる。季語:菊の香(秋)

きつつきや 落ち葉をいそぐ 牧の木々

水原秋桜子

きつつきがこつこつと木をつつく音が聞こえる。それに合わせるかのように、牧場の木々がしきりに葉を落としている。 季語:きつつき(秋)

君が手も まじるなるべし 花すすき

向井去来

秋の野は、一面にすすきが風にゆれている。友人が別れを惜しんで手をふっているが、その手がすすきの穂にまじって、いつまでも見送ってくれているようだ。
「花すすき」=白い穂が出たすすき。季語:花すすき(秋)

行水(ぎょうずい)の 捨てどころなし 虫の声

上島鬼貫

行水に使った水を捨てようと思うと、あそこにもここにも、いい声で虫が鳴いているので、水を捨てる場所がない。捨てれば虫の音を止めてしまうから。
「行水」=たらいに水を張って浴びること。季語:虫の声(秋)

(きり)一葉 日当たりながら 落ちにけり

高浜虚子

初秋の明るい静けさの中を、大きなきりの葉が一枚、日の光を受けながらひらひらと落ちていった。 秋の深まりをしみじみと感じている句。季語:きり一葉(秋)

くろがねの 秋の風鈴(ふうりん) 鳴りにけり

飯田蛇笏

夏からつるされたままの鉄製の風鈴が、秋風に吹かれてとつぜんチリリリンと鳴り響いた。ああ、もう秋だなあ。 季語:秋(秋)。「風鈴」は夏の季語だが、「秋の風鈴」と表現しているところに、ユーモアがある。

こがらしや 海に夕日を 吹き落とす

夏目漱石

こがらしがすさまじい勢いで吹き荒れている。そのさまは、西に傾いた冬の夕日を海に吹き落とすかと思われるくらいだ。 季語:こがらし(冬)

小春日(こはるび)や 石をかみいる 赤とんぼ

村上鬼城

初冬の、春のように暖かな日ざしの一日、道ばたの石に、秋から生き残った赤とんぼが、まるで石をかんでいるかのようにじっととまっている。 
「小春」=旧暦の10月で、現在の11月ごろ。季語:小春日(冬)。赤とんぼ(秋)も季語だが、切れ字「や」をふくむ方をとる。

これがまあ 終(つい)のすみかか 雪五尺

小林一茶

五尺も降り積もった雪にうずもれたこのみすぼらしい家が、自分の生涯を終える最後の住まいとなるのか。何とわびしいことか。 「五尺」=一尺は約30センチメートル。季語:雪(冬)

 

咲きみちて 庭盛り上がる 桜草

山口青邨

桜草が、いっせいに咲いて、庭全体が盛り上がっているように見える。
春まっさかりのすばらしいようすに感動している。季語:桜草(春)

さじなめて 童(わらべ)たのしも 夏氷(なつごおり)

山口誓子

夏の暑い日に、一口すくってはさじをなめ、また一口すすってはさじをなめして、子供がかき氷を食べている。そのようすがほんとうに楽しそうだ。 
「わらべ」=幼い子のこと。季語:夏氷(夏)

五月雨(さみだれ)や 大河(たいが)を前に 家二軒

与謝蕪村

五月雨が降り続いて水かさを増した大河がごうごうと流れている。その大河の前に家が二軒建っているが、水の勢いに今にもおし流されてしまいそうだ。 季語:五月雨(夏)

五月雨を 集めてはやし 最上(もがみ)

松尾芭蕉

降り続く五月雨を集めて、最上川はまんまんと水をたたえ、ものすごい勢いで流れていることだ。 最上川は、山形県にあり、富士川・球磨川とともに日本三大急流の一つ。季語:五月雨(夏)

残雪や ごうごうと吹く 松の風

村上鬼城

松に当たる風がごうごうと音をたてている。その背景には、残雪をいただいた山が春を待っているようだ。 「残雪」=春になっても消えずに残っている雪。季語:残雪(春)

(しず)かさや 岩にしみ入る 蝉(せみ)の声

松尾芭蕉

あたりは、ひっそりと静まり返って物音一つしない。その静かさの中で鳴き出したせみの声は、岩にしみ入るように感じられることだ。 
「静かさ」ではなく、「閑かさ」と表現して、さびしく物静かな情景を強調している。季語:蝉の声(夏)

しずかなる 力満ちゆき ばったとぶ

加藤楸邨

何かの気配を感じたのか、草の葉にとまったばったの手足に静かに力が満ちてきて、今にも飛ぶかと思う瞬間、ぱっと勢いよく飛んだ。 「力満ちゆき」=力がみなぎって。季語:ばった(秋)

島々に 灯(ひ)をともしけり 春の海

正岡子規

おぼろにかすむ春の海に夕やみがせまり、沖の島かげも黒くなり、やがて見えなくなろうとするとき、島々でともす灯火(ともしび)が見え、それが波にゆれていっそう美しい。 季語:春の海(春)

涼風(すずかぜ)の 曲がりくねって 来たりけり

小林一茶

路地のおくのつきあたりの長屋に住んでいる。気がつくと、こんな所にもすずしい風がふきこんできた。曲がりくねってやってきたのだなあ。 季語:涼風(夏)

すずめの子 そこのけそこのけ お馬が通る

小林一茶

道に遊んでいるすずめの子よ、そこを早くのけよ。お馬が通るからあぶない。
季語:すずめの子(春)

大根(だいこ)引き 大根で道を 教えけり

小林一茶

大根を引きぬいている農夫が、道をたずねられて、大根で方角を教えている。
おかしくてほのぼのとした光景をよんだ句。季語:大根引き(冬)

たたかれて 昼の蚊(か)をはく 木魚(もくぎょ)かな

夏目漱石

うす暗く静まりかえった寺の本堂。お坊さんが木魚をたたけば、昼だというのにあわてて蚊がとび出してきた。 
「木魚」=お経をあげるときに、調子をとるためにたたく道具。季語:蚊(夏)

旅に病(や)んで 夢は枯(か)れ野を かけめぐる

松尾芭蕉

旅の途中、病気でたおれて床にふしていても、夢の中で心は枯れ野をかけめぐっている。 季語:枯れ野(冬)

玉のごとき 小春日和(こはるびより)を 授かりし

松本たかし

冬の初めの小春日和を、貴重な宝石のように大事に思って、喜びにひたっている。
「小春日和」=冬の初めのころ、春のように暖かくておだやかな日。季語:小春日和(冬)

遠山に 日のあたりたる 枯野(かれの)かな

高浜虚子

あたりは日がかげって、寒寒とした枯野であるが、遠い山にだけ冬日があたっていて明るい。
「遠山」=遠くに見える山。季語:枯野(冬)

長々と 川ひとすじや 雪野原(ゆきのはら)

野沢凡兆

雪の朝、野も畑も道もすべて雪の原になってしまっている。その中をひとすじ、川だけが長々とうねり続いている。 季語:雪野原(冬)

夏川を こすうれしさよ 手にぞうり

与謝蕪村

ぞうりをぬいで手に持ち、素足のまま夏の川をわたる。何ともうれしく、気持ちのよいことだ。 季語:夏川(夏)

夏草や つわものどもが 夢の跡(あと)

松尾芭蕉

かつて戦場だったこの地に来てみると、功名を競った義経や藤原氏一族の夢のあともなく、ただ夏草がしげっているばかりだ。 
「つわものども」は、勇ましい武士たちのこと。季語:夏草(夏)

菜の花や 月は東に 日は西に

与謝蕪村

菜の花畑が見わたすかぎり広がっている。今まさに春の一日がくれようとして、月が東の空にのぼり、日は西の空にしずもうとしている。  季語:菜の花(春)

初時雨(はつしぐれ) 猿(さる)も小蓑(こみの)を ほしげなり

松尾芭蕉

山中で時雨が降ってきた。冷たい時雨にぬれる猿のすがたは、小さい蓑をほしがっているようだ。 「小蓑」は、今で言うかっぱのこと。季語:初時雨(冬)

花散るや 耳ふって馬の おとなしき

村上鬼城

満開のサクラの木の下に馬がつながれている。散る花びらが耳にふりかかるのを気にすることもなく、おとなしくしている馬のようすがのどかだ。 季語:花散る(春)

春の海 ひねもすのたり のたりかな

与謝蕪村

春の海は、一日中ゆったりとうねっていて、まことにのどかなことだ。
「ひねもす」=一日中。季語:春の海(春)

万緑の 中や吾子(あこ)の歯 生え初(そ)むる

中村草田男

草木がしげって緑いっぱいの中で、わが子がにっこり笑ったひょうしに白い歯がのぞいた。
子どもの成長ぶりを喜んでいる句。季語:万緑(夏)

冬の浅間(あさま)は 胸を張れよと 父のごと

加藤楸邨

冬の浅間山が、寒風が吹きすさぶ中、たくましく立っている。まるで、父が励ましてくれているようだ。
「・・・のごと」=・・・のようだ。季語:冬(冬)

富士ひとつ うずみ残して 若葉かな

与謝蕪村

あたり一面、見わたすかぎり若葉にうずめられている中に、まだ雪の残る富士山だけがうずめ残されて、ぽっかりと顔を出している。 
「うずみ」は「埋み」で、うずもれるという意味。季語:若葉(夏)

古池や 蛙(かわず)とびこむ 水の音

松尾芭蕉

古池にとつぜんかえるが飛びこんだ。その水音が一瞬あたりの静けさを破ったが、またすぐもとの静けさにもどった。ほんとうに静かだ。
「かわず」=かえるの古い言い方。季語:蛙(春)

ぼたん散って うち重なりぬ ニ三片(にさんぺん)

与謝蕪村

さきほこっていたボタンの花も散り始め、黒い土の上にニ、三片の花びらが散り落ちて重なっている。 季語:ぼたん(夏)

ほろほろと 山吹(やまぶき)散るか 滝(たき)の音

松尾芭蕉

ごうごうと音をたてて落ちる滝のひびきにさそわれるかのように、山吹の花びらがほろほろと散り落ちることだ。 季語:山吹(春)

名月や 池をめぐりて 夜もすがら

松尾芭蕉

空には名月があり、池にも月影がうつっている。その美しさに心を奪われて、池のまわりを歩きながらながめているうちに、つい一夜を過ごしてしまった。 季語:名月(秋)

名月を とってくれろと 泣く子かな

小林一茶

名月を取ってくれとわが子が泣いてねだる。それにこたえてやれない親のじれったさと、子どものかわいらしさがうかがえる。
「くれろ」は、・・・・・・してほしい、の意味。季語:名月(秋)

目には青葉 山ほととぎす 初がつお

山口素堂

夏が近づくと、周囲が若葉の青い色にそまり、山ではほととぎすが鳴きだす。初がつおからみずみずしさも伝わってくる。
季語:青葉・ほととぎす・初がつお(夏)・・・季語がいくつもあり、「季重なり」という。

やせ蛙(がえる) 負けるな一茶 これにあり

小林一茶

かえるがけんかをしている。やせたカエルよ、がんばれ負けるな。おれ(一茶)がここについているぞ。 一茶はかえるを自分に見立ててはげましている。季語:蛙(春)

山路(やまじ)きて 何やらゆかし すみれ草

松尾芭蕉

春の山道を歩いてきて、ふと道のかたわらに目をやると、小さなすみれの花がさいている。その色・形がつつましく何とも心ひかれることだ。 
「ゆかし」=心が引かれる、おくゆかしい、という意味。季語:すみれ草(春)

やれ打つな はえが手をする 足をする

小林一茶

あれあのようにはえが手足を合わせて、命乞いをしている。かわいそうだから打たないでやっておくれ。 季語:はえ(夏)

夕立や 草葉をつかむ むら雀(すずめ)

与謝蕪村

夏の午後、急に夕立が降ってきた。雀たちはこまって草葉のかげにかくれて、ちぢこまっている。 夕立のすさまじさを詠んでいる。「むら雀」=雀の群れ。季語:夕立(夏)

雪だるま 星のおしゃべり ぺちゃくちゃと

松本たかし

寒い冬の夜の、さびしそうな雪だるま。しかし、晴れた夜空には星がちかちかとおしゃべりをしているようで、雪だるまもそれを聞いているみたいだ。 季語:雪だるま(冬)

雪とけて 村一ぱいの 子どもかな

小林一茶

春になり、雪がとけて外に出られるようになると、家々から子どもたちがいっせいに飛び出してきて、ゆかいに遊び回る。 
春になったことの喜びを感じている句。季語:雪とけて(春)

六月や 峰(みね)に雲置く 嵐山(あらしやま)

松尾芭蕉

夏、嵐山の上に入道雲がもくもくと立ち上がっている。力強さを感じる嵐山の夏景色もいいものだ。 季語:六月(夏)

(わか)あゆの 二手(ふたて)になりて のぼりけり

正岡子規

流れの速い瀬を、はつらつとした若あゆが二手に分かれて、列を作ってのぼっていくよ。 季語:若あゆ(春)

われと来て 遊べや親の ないすずめ

小林一茶

親のない子すずめよ、私も親のないさびしさは、おまえと同じだ。こっちへ来て、さあいっしょに遊ぼうじゃないか。 「われ」=わたし。季語:すずめ(春)

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俳句について

俳句とは
 俳句は、四季おりおりの自然の美しさや、それによって引き起こされる情感を、5・7・5の17音にまとめた一種の定型詩である。江戸時代に完成し、世界で最も短い詩である。

俳句の形式
@基本形=5・7・5の3句、17音を基本とする。
字余り」「字足らず」といって、音数が17音より多いことや少ないことがある。
A上の句・中の句・下の句=5・7・5音で表された3つの部分を、それぞれ上の句・中の句・下の句という。または、初句・第二句・結句ともいう。
B句切れ=俳句の途中で流れを切って、感動を強く表すことをいう。
C切れ字=句切れのときに、「や」「かな」「けり」「なり」などの感動を強めるために使うことばをいう。切れ字は1句に1つだけ用いる。

(参考)
 室町時代には、上の句(5・7・5)と下の句(7・7)を別々の人がよんでつなぐ俳諧連歌というものが広く行われていた。江戸時代になり、俳諧連歌の最初の5・7・5(発句)が松尾芭蕉によって独立した文学に高められた。俳句という呼び名は、明治時代に正岡子規がつけたもの。

季語
 俳句には、ふつう「季語(季題)」がよみこまれる約束がある。ただし、1句の中に季語を2つ以上入れるのはよくないとされている。
 季語(季題)は、短い音数の中で、豊かな感情をもっとも効果的に表すために用いられる、季節感を表す言葉。しかし、むかしと今では、暦が約1ヶ月ずれているので、今の感覚ではとらえにくいものがある。



(正岡子規)

おもな季語

【春】〜2・3・4月
暖か 朝寝 うぐいす
梅 うららか
朧月(おぼろづき)
かえる かげろう 
霞 桑 東風(こち)
桜 残雪 すずめの子
すみれ 卒業つくし
つばめ 鳥の巣
野焼き 種まき
たんぽぽ つつじ 椿
なだれ 苗代 菜の花
ねこの子  ねこやなぎ
のどか藤 野焼き
八十八夜 畑打ち
花つみ 花見 はまぐり
彼岸 ひな ひばり 花
花曇り ふじの花
水温む 麦踏み
桃の節句 柳 やまぶき
雪解け 行く春 よもぎ
若草 若菜

【夏】〜5・6・7月
青田 青葉 暑さ
雨がえる あやめ
いちご うちわ うり
扇 風かおる
かたつむり かみなり
行水 金魚売り 草取り
氷水 衣がえ 五月雨
五月晴れ 新緑 せみ
田植え たけのこ 端午
梅雨 登山 土用 にじ
西日 入梅 はえ 葉桜
日傘 日盛り ひまわり
昼寝 風鈴 蛍(ほたる)
ぼたん ほととぎす
短夜(みじかよ) 麦刈り
めだか 夕立
夕凪(ゆうなぎ)
夕焼け ゆり 若葉

【秋】〜8・9・10月
赤とんぼ 朝顔 天の川
十六夜(いざよい)
いなずま 馬肥ゆる
かかし 柿 雁(かり)
刈田 菊 きつつき 霧
桐一葉 栗 小鳥来る
木の実 さわやか 残暑
しか 障子はる すいか
すすき 台風 七夕 月
つた 露 とんぼ
二百十日 野分き
萩 ばった 
初紅葉(はつもみじ)
花畑 ひぐらし ぶどう
星月夜 星祭り 虫
明月 むかえ火 もみじ
夜寒(よさむ) 夜長
りんご 渡り鳥

【冬】〜11・12・1月
あられ 息白し
いのしし いろり
晦日(おおみそか)
落葉火事 風邪 門松
枯れ尾花 枯れ草 
枯野(かれの) 元日
寒すずめ 北風 氷
こがらし こたつ 小春
さざんか 寒さ 時雨
七五三 霜 霜柱 障子
除夜 新年 スキー
スケート すすはらい
炭 炭火 せき 節分
大根引き たき火 たび
千鳥 つらら 年の暮
ねぎ 白菜 初詣
初雪 春待つ ひいらぎ
火鉢 水鳥 麦まき
山ねむる  行く年
鷲(わし)

おもな俳人

飯田蛇笏
1885〜1962
山梨県出身。早大に学ぶ。高浜虚子の指導を受けた。
句集『山廬(さんろ)集』『山響(こだま)集』など。

河東碧梧桐
1873〜1937
愛媛県出身。中学時代、同級の虚子とともに正岡子規の指導を受ける。「ルビ俳句」をつくった。

小林一茶
1763〜1827
信濃国の農民の長男として生まれる。『おらが春』

高浜虚子
1874〜1959
同郷の先輩・正岡子規に傾倒、子規没後、雑誌『ホトトギス』編集。

中村草田男
1901〜1983
高浜虚子に入門。句集『長子』『火の鳥』『万緑』など。

松尾芭蕉
1644〜1694
伊賀上野(三重県)の下級武士の次男として生まれる。
『笈の小文』『更科紀行』『奥の細道』など。

水原秋桜子
1892〜1981
東京都出身。東大医学部卒・医学博士。高浜虚子に師事。はじめ『ホトトギス』の中堅。のちに俳誌『馬酔木』を主宰。

村上鬼城
1865〜1938
鳥取藩江戸藩邸で生まれる。正岡子規の指導を受ける。一茶以後の”境涯の俳人”。

山口誓子
1901〜1994
京都府出身。高浜虚子に入門。句集『凍港』『黄旗』など。

与謝蕪村
1716〜1783
摂津国に生まれる。

P R

小中学生の俳句

ねるまえにもう一ど見る雪だるま

化石掘る手で氷河期にふれている

ベートーベンにらんでばかりおそろしい

さんかんびあたまのうしろあつくなる

寒い朝ゴジラの気分でいきを出す

とびばこで足をひらくと空にいる

鳥がみんな風の形をしている春

雪のさか道ペンギンになって下りる

飛行機が空のチャックをとじている

参観日いつものオレが出てこない

とうさんのひげで大根おろせそう

きもちよく飛んでる鳥とねてるぼく

めだまやき食べないわたしをにらんでる

妹は歌って歩くきもだめし

ねたきりの祖母の口びるふれてみる

手にのせてこんなに軽いかぶとむし

貝殻の中にも一つ海を見る

赤い実がパチンとわれた十四歳

冬の山えんぴつだけで絵を描ける

ふゆの本よみおわったらあたたかい

ふゆのかぜぼくをおしてるぼくもおす

暖房で先生の声遠くなる

マフラーに除夜の鐘の音入れて編む

友の手の大きさ知った仲直り

えのぐにはないお日さまがのぼってる

信号機てんめつしながら年をこす

眠たいと思った瞬間鳥になる

受験票紙ヒコーキにして飛ばしたい

水てきがかけっこしてるガラスまど

体そう着ばんざいしたらへそが出た

弟の手を引き急ぐ盆踊り

風邪ひいて時計の音がよく響く

かれ木には次の時代がつまってる

転校を打ち明けられた二人乗り

オニヤンマ何か用事を思い出し

いっぱいの星座の中にぼくがいる

冬休み朝礼台がさみしそう

土だけの庭の凸凹春匂う

教室を二度もまちがう新学期

毎日が嫌になっても空は青

二人乗り重いと言わない君の汗

ひまわりの自信たっぷり午後一時

耳の中プールの水がさわがしい

日なたぼこ石といっしょにあったまる

ふるさとに電話する母若がえる

わたり鳥やっぱりはみ出るやつがいる

霜柱そこだけふんでみたくなる

朝起きて足跡がない雪の国

通学路みんな横向く猛吹雪

にいちゃんをよびすてにするぼくのいじ

いつからか僕を見上げて叱る母

球根をしっかりうめて春を待つ

水仙を見るたび背筋伸ばす朝

通信ぼムンクのさけび並んでる

〜伊藤園おーいお茶俳句大賞作品から